18
サクラが震えて怯えなくなるまで、それからあまり時間は掛からなかった。震えが完全に無くなると、ゆっくりと俺から離れて行った。
「ご迷惑、お掛けしました……」
顔を伏せながら謝ってくる。
「…………」
それからずっと無言で地面を向いたままになる。落ち着きはしたのだろうが、何かしらまだ精神的にきているのだろう。
「…………」
俺も何と声を掛ければいいのか分からずに無言になる。
痛い程の沈黙が、木の根のようなもので作られた小さなドーム内を満たしていく。
こういう時って、どうすればいいんだ本当に?
今までの俺の人生を振り返り、打破出来るような行動や言動が無かったかを模索していく。こんな経験はなかったが、似たようなものはある筈だし。
相手は泣き止み、それから少し沈んだ気持ちになっている? もしくはナイーブな感じになっている? 気持ちの整理を付けている? って考えるだけでも結構な可能性があるし、そんな状態の人を相手にした事なんてない。
相手にしたのは子供だけで、それも泣きじゃくった子供が体力を使い果たして眠り、その後に起き抜けに、もしくは泣き終えた直後に腹が空いたと言ってきたから食べ物を与えた事くらいだ。
パターンは二つあり、喧嘩して泣いた子供相手には市販の菓子とか、丁度作ってみたクッキーを食べさせて仲直りのような事をさせたりした。
もう一つは迷子の子供をあやして涙を止めた後、飴とかジュースを与えて交番とか迷子センターに連れて行った事だ。そういう時は警官とか迷子センターの人に完全に任せる事無く、親が来るまで話し相手とかになったりしたが。
…………この場合は話し相手は違う気がする。下手にまた思い出すとそれこそ収拾がつかないだろうし。なら、何だ? 気晴らしか? やはりこう言った場合は何か気晴らしをさせるべきなのか? それとも気が紛れるような何かを与えるのか?
心の中でうんうんと唸りながら、考えていくが、結局の所、安易な考えに落ち着いてしまった。
……食べ物でも与えるか、と。
何か口にすれば少しくらいは余裕が生まれるだろうな、と。
まるで子供扱いしているようにも思えるが、他に考えなんて浮かばない。相手が子供でも大人でも同年代でも知るか。食べれば気晴らしになるだろう。きっとそうだ。そうに違いない。
と言う訳で、食べ物をサクラに渡そうとするも、ここはゲームの中。そして俺は現在料理アイテムは持っていない。食材アイテムは二種類持っているが。
一つはアギャーの胸肉。もう一つはアギャーの腿肉だ。これらをそのまま渡すのは流石に駄目だろう。現実でもゲームの中でもな。だって、これら生肉だし。現物は見ていないから定かではないが、モンスターを倒して手に入れたものなので、火が通っている事は有り得ない。なので、生肉と断定。
そうなると、ここでスキル【初級料理】の出番となる。あと、ファッピー。
俺はサクラに背を向けながらメニューを呼び出してアギャーの腿肉を一つ実体化させる。食材や素材のアイテムは項目に『取り出す』とある。これを選択すれば光が収束して眼前に落ちてくる。個数指定も出来るので全て出て来るなんて事はない。
アギャーの腿肉は羽毛が抜き取られて足の先もなくなっている、所謂骨付きフライドチキンの形状をしていた。これなら骨の部分を持って食べればいいだろう。因みに、一部骨の部分が露出しているので持ちやすい筈だ。
さて、これをどう調理するのかと言えば、ただ焼くだけ。塩も胡椒も無いが、それは仕方ないだろう。買ってないし。肉って焼いただけでもそこそこ食べられるし。
あと、料理の際にはフライパンは使用しない。モンスターを攻撃しまくったフライパンだ。落としていないとは言え、流石に洗わずに料理に使う気になれない。雑菌とかそこら辺はゲームだから気にしなくてもいいだろうが、気分的にいいものではない。今回は使う必要がないが包丁も同様だ。これからは料理用と武器用の二種類を持ってた方がいいかもな。
「ファッピー」
「……ふぁー?」
俺は実はさっきから俺の横に浮いているファッピーに声を掛ける。半眼は解除されているが、それでもまだ視線はいくらか冷たい。その理由も今となってはあの状態のサクラを放ってモンスター狩りに出かけていたからと分かるが、俺にだって考えがあったんだよ。
それは今は置いておくとして、だ。
「ちょっと火を吹いてくれないか? この肉を焼きたいんだが」
「…………」
ファッピーは眉間に皺を寄せて返事をしてくれない。もしかして、どうしてこんな時に悠長に料理なんかしようとしてるんだ? とか思っているのだろうか? それとも単に俺のパートナーではないから言う事聞いてくれないとか?
いや、俺とファッピーいは友情が芽生えた筈だから、そんな事はないと思いたい。
「頼む」
「……ふぁー」
ファッピーは一鳴きすると、ふよふよとドームから出て行ってしまう。駄目だったか……。となると、これをどう調理するか? 今ならSLも30以上溜まっているので【初級炎魔法・攻撃】とか【初級炎魔法・補助】とかを覚えれば自力で火を熾す事が出来ると思うが……あ、駄目だ。SLはあってもSPは全部消費してしまっている。俺のステータスは精神力も魔力も0なので、魔法を習得しても使う事が出来ない。
「ふぁーぁーっ」
「ん?」
と、先程出て行った筈のファッピーが俺の服の端を口で掴んで引っ張ってくる。何だ? こっちに来いって?
俺はファッピーに引っ張られてドームから出て行く。と、直ぐにファッピーが口を離す。
「ふぁーっ」
そして、何もない場所に向けて火を吹き始めた。火力としても、先日ロッカードに向けた大火力ではなく、焚き火と同じくらいの大きさの火を出し続けている。
「あ、その火使っていいのか?」
そう尋ねると、ファッピーはこくりと頷いてくれた。あぁ、成程。あのドームの中だと火が燃え移って大炎上。そのまま火災に巻き込まれて死亡……と言う事も有り得るからな。ファッピーもきちんとその辺りを考えてくれたらしい。
「ありがとな」
礼を言うとファッピーはいいから早くと目で訴えて来るので早速肉を焼きに掛かる。
ファッピーが吹く火の上にアギャーの腿肉を持っていく。それをくるくると回して表面を焼いていく。……何か、ハンティングゲームで肉を焼いている気分になってきたな。あれって、タイミング間違えると黒焦げになるんだよな。あとは生焼け。上手に焼けましたになるまで結構練習した記憶がある。
っと、そんな事思い出してる場合じゃないな。あれは前世代ゲーム機だから、所謂ボタン押しのタイミング系だ。これは……いや、これもタイミングだろうけど匂いとかもきちんと判断基準とされてるから、流石に丸焦げにはならないだろう。余程よそ見していたりしない限りはな。
表面が焼かれ、少々焦げ目がつき、脂が滴る。骨を掴んでいる手が熱気に当てられて熱い。現実だったら火傷しているかもしれないな。熱伝導で。流石に串とかに刺して焼くべきだったか? 今更だが。
肉が焼ける香ばしい匂いが鼻孔をくすぐってくる。滴った脂が火に当たり煙を上げる。……表面はよさそうだが、生焼けではないかどうかの確認が出来ないな。串とか本当にあればいいのに。戦闘で使った包丁で切る……はなぁ、気分的に無しで。
まぁ、取り敢えず一旦これで終わりにしよう。で、試しに自分で食べてみて大丈夫なら次も同じようにして焼けばいいだろう。
表面は焼けた肉を火から下ろす。
『こんがりアギャー肉(骨付き)が出来た!』
そしたら、急にウィンドウが表示された。STOだと調理が終了すればお知らせ的なウィンドウが現れるのか。そして手に持っているこんがりアギャー肉は光となって俺の胸に向かって入り込んでくる。あ、作り終えると自動でアイテム欄に収納されるのか。
メニューを開いて、先程出来たこんがりアギャー肉の説明文を見てみる。
『こんがりアギャー肉(骨付き):中までしっかり焼けたアギャーの腿肉。味付け無し。体力が10%回復する』
どうやら一回できっちりと出来たようだ。運がいいな。
さて、肉も焼けたので、サクラに渡すとするか。肉でも食えば気分もよくなるだろう。多分。きっと。絶対。
「サクラ、ほら」
ドームの中に入って、こんがりアギャー肉をサクラに渡す。サクラは俺と肉を交互に見て首を傾げる。どうして自分に? と言わんばかりの表情で。
「取り敢えず、食え」
俺はサクラの手を掴み――その際にビクッとしたが気にせずに肉の骨部分を握らせる。手に握らされたアギャー肉をじっと見つめて食べようとしないサクラ。……肉嫌いだったとか?
「ふぁー」
と、ファッピーが俺の横腹に頭を擦り付けてくる。
「何だ?」
そちらに顔を向けると、ファッピーはサクラの持つ肉をじっと見た後、俺に視線を向けてくる。
「……お前も食いたいのか?」
「ふぁー」
頷いた。どうやらファッピーは肉もいけるらしい。あ、だったらリトシーにも焼くか。
「リトシーも食べるか?」
「……しー」
未だに外にいるリトシーに訊いてみるが、顔を横に振って拒否してくる。あれ? お前は食わないのか?
「肉は嫌い、とか?」
「しー」
頷くリトシー。どうやらそのようだ。まぁ、見た目植物のモンスターだしな。食虫植物とかでもない限り肉は食べないか。
だが、そうなるとリトシーが食べられるものを作れない。今の手持ちの食材アイテムは全部肉なので。流石にリトシーにだけ作ってあげないってのはいけないのだが、今回ばかりは我慢して貰うしかない。
「悪いな。今はリトシーの食べられる奴作れないんだ。またケーキ食べさせてやるから我慢してくれるか?」
「しー」
リトシーは不満を表す事も無く了承してくれた。本当悪いな。あの喫茶店の苺のショートケーキまるまる一つ食わせるから。
また外に出て、ファッピーに火を吹いて貰い、新たにアギャーの腿肉を取り出して調理を開始する。さっきと同じようにすればいいだろう。
……同じにしたんだが。
『生焼けアギャー肉(骨付き)が出来た』
……あれ?
『生焼けアギャー肉(骨付き):外側しか焼けておらず中が生のアギャーの腿肉。味付け無し。体力が3%回復する』
生焼け肉の完成だった。あれ? 可笑しいな? 先程と同じように焼いた筈で、香ばしい匂いもしてたし大丈夫だと思ったんだけど。流石に生焼けの肉をファッピーに上げる事は出来ないので収納された生焼け肉を再度取り出してまたファッピーの火で焼き始める。
が、火に当てた瞬間真っ黒焦げになってしまった。
『黒焦げアギャー肉(骨付き)が出来た……』
何故に? そして光となって俺の中に収納されていく黒焦げ肉。
『黒焦げアギャー肉(骨付き):かなり焦がしてしまったアギャーの腿肉。味付け無し。体力が5%減少する』
しかもメニューを開いて確認して見たら、食べたら体力が減ってしまうと言うデメリットが付加されてしまっていた。どうしてだ? 俺はただ生焼けになってしまった肉を焼き直そうとしただけなのに、一瞬にして黒に染まってしまった。
…………もしかして、食材アイテムじゃなくなったからか?
生焼けアギャー肉のカテゴリは料理となっていた。その前段階のアギャーの腿肉は食材アイテム。料理アイテムを調理しようとすると、必ず失敗するとかか? それなら一瞬で墨色に染まるのも頷けるが……流石にこれくらいは現実に遵守して欲しいものだ。現実なら普通に焼き直し出来るのに。
と思っても仕方がないので、新たに腿肉を取り出して焼き始める。今度は生焼けにならないように細心の注意を向ける。結構タイミングがシビアなのか、また生焼けの出来上がりだった。火を一度止めたファッピーから白けた目を向けられる。何やってんだよ? といいたげな眼だった。
今度こそと思い四度目のチャレンジ。流石に最初の一回はビギナーズラックとして成功したのだろうか? いや、それでもそろそろきちんと焼けて欲しいものだ。脂が滴り、火に落ちた音、表面がじりじりと焼けていく音、表面の焼き色、焼き始めてから経った時間に気を配りながら、いいだろうと思って肉を火から下ろす。
『こんがりアギャー肉(骨付き)が出来た!』
「よしっ」
二度の失敗を経て二度目の成功を掴み取る。その肉を早速具現化させてファッピーの口へと持っていく。
「ほら、待たせたな」
「ふぁー」
ファッピーはにっこり笑いながら小さな口を大きく開けて肉に齧り付く。
「……ふぁー♪」
どうやら味に対して不満点は無いらしく、そのまま食い進めていく。塩とか振ってないけどな。に戻ったら調味料とか他の調理器具を買っておかないと。
ふと、ドームの中にいるサクラに視線を向けると、はむはむと肉を食べていた。どうやら肉は嫌いではなかったようだ。でも、そうするとどうして最初は食べなかったのだろうか? 分からん。
取り敢えず、今は栗鼠のようにちまちまと食べている。無言で。だが先程よりも顔色が優れているので不味いと言う事はないようだ。まぁ、不味くはないのはファッピーでしょう証明済みだが。
……じゃあ、俺も食べてみるとするか。自分への戒めとして黒焦げを。
生焼けは一応体力が回復するのでそのまま残しておいても大丈夫だが、黒焦げは体力が減ってしまうので残しておく意味はない。かと言ってそのまま捨ててしまうのは勿体ない。あくまでゲーム内の食べ物なので現実の体に影響ないし、捨てるのは食べ物に対して失礼だろう。それに、今は体力マックスなので5%減ってもそこまで痛くない。
メニューを開き、黒焦げアギャー肉を取り出す。
眼前に持ってきたアギャー肉から発せられる焦げた臭いが鼻孔をくすぐってしまい、少し顔を顰める。
一口、食べる。
「…………」
肉の味が全くない。代わりに焦げて苦い味が口全体に広がっていく。肉の中の方も見事に真っ黒焦げ。噛む感触も肉の弾力なんて存在しない。ガリッと浅蜊の貝殻を誤って噛んでしまった時のような、そしてジャリッと砂抜きし切れなかった蜆を食べてしまったような感覚が伝わってくる。呑み込めば、いがいがと喉を傷付けていく。しかも全部呑み込めずに黒い欠片が口内に残る。
ここまでの失敗は、現実でもなかった。料理は失敗した事はあっても一応食べられるレベルでの失敗だったから、今回のこれは結構堪えるな。
空しくなりながらも、今後は黒焦げは作らないと誓い責任を持って黒焦げアギャー肉(骨付き)を食べ進めていく。
あ、体力減っていってる。




