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目が覚める。外を見れば快晴……とまではいかないが清々しい晴れの空が広がっている。
「まぁ、流石に本番当日に雨模様なんてする訳ないか」
軽く伸びをし、俺は体操服へと着替える。
イベント初日に変態コート女とエンカウントするというアクシデントがあったが……まぁ、それについてはもうどうでもいい。済んだ話だ。
あれから誰がどの種目に参加するかを話し合い、各種目に参加する者同士で練習したり作戦を考えたりと、練習に当てられた四日間は直ぐに終わりを告げた。
「取り敢えず、散歩でもしてくるか」
現時刻を確認すると午前五時半。開会式は午前九時なのでまだまだ時間はあるので少し外の空気でも吸って来よう。ルーネ達は未だに夢の中だし。あ、いや。カゲミだけは起きている。ここでは俺の姿ではなく拠点にいる時と同じマネキン姿だ。
「お前も行くか?」
俺の問いかけにカゲミは少し考えるそぶりを見せ、首を横に振りルーネ達を見て、俺に手を振る。どうやらルーネ達の様子を見てるから行って来いという事らしい。
「分かった。朝食までには戻る」
ルーネ達をカゲミに任せ、俺は朝の散歩に出かける。
俺が……と言うよりも俺達が今いる場所はクルル平原の森付近に出来た各組の練習場。そのすぐ近くに気が付いたら何時の間にか出来ていた木造のコテージだ。コテージ一つにつき、プレイヤーが六名入れるようになっており、そこで寝泊まりする形となっている。
軽く準備運動を済ませ、何棟も連なるコテージの隙間を縫って、俺は森へと足を踏み入れる。イベント期間中は森の中でモンスターと遭遇する事はないので、ゆったりと散歩を楽しむ事が出来る。
因みに、このクルル平原の森付近では白組だけが存在している。他の紅、青、黒の面子は別の所にいるようで、この四日間で全く目にしていない。
朝焼けの空から降り注ぐ柔らかい陽光が葉を照らし、木漏れ日となって地面へと降り注ぐ。風は涼しく、鼻孔には新緑の匂いが吹き込んでくる。
朝が早い時間帯と言っても、俺と同じく早く起きてしまったか、それともこの時間に起きるのが日課となっているのか、意外と他のプレイヤーも森の中にいる。俺と同じように散歩していたり、ジョギングしていたり。この四日間でもう顔見知りにはなっているので、目が合えば挨拶を交わす。
「やぁ、オウカくん」
ふと、後ろから声を掛けられたので振り返る。燃えるような紅い短髪にがっちりとした体躯のプレイヤーと赤く燃える二足歩行の蜥蜴が片手をあげながらこちらへと走ってきているのが見えた。
彼の名はアカギ。現在この白組のリーダーを任されているプレイヤーだ。隣りにいる人間サイズの歩く燃える蜥蜴はアカギのパートナーであるリザーダムのダンだ。
イベント初日に各パーティーのリーダーとソロプレイヤーを集め、色々と話し合った末にまとめ役に適してるのでは? と集まった面々からの推薦から白組のリーダーとなったアカギはこの四日間、色々と動き回っていた。
それはアカギ個人の出る種目の練習であったり、ちょっとしたいざこざが発生しそうになった時の緩衝材となったり、作戦立案で悩んでいるチームの相談を受けたりと、それはもう色々と。
「どうも」
「おはよう。いやぁ今日もいい天気だね。絶好のジョギング日和だ」
「そうだな」
「オウカくんも一緒に走らないかい?」
アカギ達が俺に追いつくとその場で足踏みをし、問うてくる。
因みに、アカギとは毎朝顔を合わせている。朝のジョギングがリアルでの日課となっているらしく、VRアクセラレーターで加速して実際の時間と違うとはいえ、イベント時の朝もこうしてジョギングをしているとか。
「悪い、今日はゆったり森の中を眺めたい気分なんだ」
アカギとはこうして朝毎回出逢うので、こうしてジョギングの誘いが来たりする。毎回一緒に走ってたりするが、今日は気分が乗らないので遠慮しておく。
「そうか。確かにこの景色をゆっくり歩いて楽しむのもいいものな」
「悪いな」
「気にするな。では俺達はこれで。行くぞ、ダン」
アカギの言葉にダンは首肯し、走りを再開して去っていく。因みに、ダンは燃えているが特に森の木々に引火して火災が発生する事はないそうだ。何でも任意で燃やす対象を選択出来る火なのだとか。なのでダンに燃やす意思がなければ、例え紙でも燃えやすい着火剤だろうとあいつの火で燃え上がる事はないらしい。
アカギ達と別れ、暫し森の空気を吸いながら歩いていると見知った人物と遭遇した。
「……あっ」
「よぅ、颯希」
リアルでの知人……颯希は俺の顔を見ると何とも言えない表情を作る。
「あぁ、おはよう」
「お前も散歩か?」
「まぁ……早く目が覚めたし」
「そうか」
「……一緒に歩いてもいいか?」
「……別にいいぞ」
断る理由はまぁ……特に無かったので颯希と一緒に散歩する事となり、横に並んで歩く。特に会話などもせず、ただ黙々と歩くだけ。
前なら雑談交わしたりしながら歩いたりしただろう。俺が颯希に対しての、そして颯希が俺に対しての意識があれ以来変わってしまった。別に不仲とまではいかないが俺は颯希に対して煩わしさを、颯希は俺に対して申し訳なさを胸に抱いている。
気にするなと何度も言っているのに、こいつは自分の所為だと言って聞かない。顔を合わせる度にそんな事の繰り返し。
昔のように他愛ない話で盛り上がったりと言うのは……この間のように椿や楓と言った第三者が間にいないと無理なんだろう。
妙に気不味い空気が流れる。
「なぁ、桜花」
そんな中、神妙な顔をした颯希が口を開く。
「リ「オウカくんとナナセさんではないか!」っ!?」
颯希の声を遮る程の大音声と共に、突如風騎士リースが近くの木から飛び降りて来た。