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 軽く引き摺られて十数メートル。ロッカード二体とエンカウントした。早くエンカウントしてよかったよ。こいつの握る力が痛くて手首が痺れて来た所だし。

「では、始めるぞ!」

 手を放して、俺の眼前に立ってスラリと背中の大剣を抜き放つ緑髪。で、何故かその緑髪の隣ではなく、俺の隣に居座る蜥蜴。お前は主人を手助けしなくてもいいのか?

 緑髪は大剣を正眼に構え、僅かに腰を落とす。

「おっと、訊くのを忘れていたよ!」

 が、直ぐに大剣の構えを解いて、切っ先を地面につけて楽な姿勢を作り俺に顔を向けてくる。おい、注意しなさ過ぎだろ。ロッカードが二匹ともゆっくりと近付いて来てるぞ。

「オウカ君!」

「何だよ? 後ろ来てるぞ」

「そんな事はどうでもいいのだ!」

 どうでもいいのかよ。おい、もうロッカードの一匹が攻撃態勢に入ってんだが。

「オウカ君! 君はどのスキルのスキルアーツを持っているんだい⁉」

 それを今訊くか?

「【初級小槌術】と【初級蹴術】だけど」

「成程! と言う事は、【シュートハンマー】と【蹴舞】を覚えたんだね!」

 緑髪はにかっと笑いながらまだ告げてもいない俺の習得したスキルアーツの名前を口にする。何で知っている? って疑問には思わない。こいつは俺よりも一週間前――正式サービス初日からSTOをプレイしているプレイヤーだ。自分のスキルでなくとも共闘したりPvPした他プレイヤーの扱うスキルアーツを見たり情報交換などを行って、そのくらいの情報は知っているのだろう。俺も情報収集をするべきかもしれないな。

「さて、訊く事も訊いたので、スキルアーツの発動をお見せしよう!」

 そう言うと、緑髪は突進を繰り出そうとしていたロッカード二体に視線を向ける。

「なので、君達は動かないでいてくれるかな?」

 何時ものような大声を出さず、ロッカード二体に緑髪は静かに告げる。

 一瞬、緑髪から重圧のようなものを感じ、背中が大きく見えた。が、それも直ぐに感じなくなり、目の前には何時もの緑髪が立っているだけだ。

 が、変化が生じていた。緑髪に攻撃を仕掛けようとしていたロッカード二体は動きを止めていた。二体のみ開かれた目は瞳孔が収縮しており、震えていた。三本足で体を持ち上げてはいるが、その足さえ地面に体を落とさないようにするだけで必死に見えた。

 これは、スキル【威圧】か? 【威圧】は自分よりもレベルの低い相手の動きを一時的に封じる能力で、相手のレベルが低ければ低い程硬直時間が増大する。逆に相手のレベルが高ければ自分の動きが封じられてしまう。使用するには体力と精神力の両方を最大値の半分消費するとても燃費の悪いものだが、一度決まれば戦局を有利に持っていけるようになる使い所が試されるスキルだ。

 これはモンスターだけではなくプレイヤーにも作用されるので、先程感じた重圧の正体は俺が【威圧】に反応したからだろう。だが、硬直しないのは緑髪が俺を対象に発動しなかったからだ。機会はないかもしれないが、緑髪とPvPをするとなると、【威圧】の存在からこいつと同レベルかそれ以上にしなくてはいけなくなるだろう。

「……行くぞ」

 正眼に構え直した大剣を左に持っていき、刃が地面と水平になるようにする。

 すると、大剣の刃が淡い青色の光を放ち始めた。それは収束と拡散を繰り広げ、剣の先から柄元へと波打っていく。

「……はぁ!」

 緑髪の裂帛。それと同時に大きく足を踏み出し、体をやや低くする。その一瞬の間に左に持って来ていた大剣を右にまで振り抜かれていた。瞬きをしていなかったから視認出来たが、降り抜く瞬間を下手をすれば見逃していたかもしれない。剣の軌道も斜めになる事無く、真横に一閃。ふらつく事も無くビシッと振り抜かれた大剣はロッカードの瞳孔の丁度中心を捉えており、まるでコンピューターが行うような正確さが滲み出ていた。切られたロッカードの体には、今は光が消失してしまった大剣の光が横一線に刻み込まれている。

 ゲーム内補正のある動きとは言え、俺は少々見惚れてしまった。今の緑髪は普段の暑苦しく、ウザい印象は全く見受けられない。落ち着いていて、貫禄があり、頼りになる。何時もとは違う印象が俺に植え付けられた。

「これが大剣のスキルアーツ【レイトラル】」

 振り抜き終えたままの姿勢からゆっくりと身体を起こし、まるで汚れを払うかのように大剣を片手で上から下に振るう。それが合図であったかのように、緑髪の一閃――【レイトラル】を受けたロッカードは光となって消失した。

「そして、次に行うのが」

 緑髪は大剣を背負って手ぶらになり、【威圧】の効果が解けたロッカードへと走り出す。ロッカードも迎え撃たんとばかりに一旦体を後ろに引き、その勢いを利用して緑髪に突撃していく。

 が、その攻撃が緑髪に届く事は無かった。

 ロッカードの攻撃が当たる瞬間、緑髪はロッカードの頭を踏み、その勢いのまま空中へと躍り出る。空中で後転し、捻りを加えて着地すると言う新体操選手ばりの身のこなしを見せた緑髪は自分に後ろを見せたロッカードを見下ろす。その際に、大剣と同じように両足に光が集まり、波打つ。

 緑髪が動く。

 ロッカードの不揃いの足の内、一番長いものの関節部分に蹴りを食らわす。ロッカードは膝にダメージを受け、その場に崩れ落ちる。緑髪はそれでも手を緩めず――いや、足を緩めずに次々と蹴り技を繰り広げる。

 関節部分に蹴りを入れた段階で未だに密着している足の甲を支点とし、勢いを殺さぬまま体勢を崩したロッカードの眼前へと回り込み、背中を相手に見せたまま踵で蹴り上げ、その場で空中前転をする。着地時に足ではなく両の手を使い、弓弦から解き放たれた矢のように両足の底をロッカードの目玉に当てる。また宙に浮いた緑髪はその場で捻ってから前転をし、遠心力を得た踵落としを繰り出す。

 その後、一度ロッカードの上で飛び跳ねて地面に着地した緑髪は身を屈めて、両手を地面に着き、それだけで体を支えて相手の足を狙うかのように両足をぴったりと揃えた状態で一撃を喰らわせる。足を引き戻し、今度はバック転を行いながら両の爪先でロッカードを蹴って打ち上げる。

 宙に浮いたロッカード。それに狙いを定め、バック転で勢いをつけた緑髪は地面に着地した瞬間にそのまま跳び上がり、ロッカードの芯を捉えるかのように跳び蹴りをかます。更に宙へと打ち上げられたロッカードは光となって消え去った。

「蹴術のスキルアーツ【蹴舞】」

 着地と同時に緑髪は非常に落ち着いた声を出す。

 そのままくるりと俺に顔を向ける緑髪の表情も、何時ものようににかっと笑って暑苦しさを倍増とさせるものではなく、口を閉じ、目もキリッとさせ、引き締まった絵になる表情をしていた。

 が、それも直ぐに瓦解して、何時もの表情に戻り、恒例の腰に手を当てて胸を張った仁王立ちになる。

「どうだい⁉ これがスキルアーツさ!」

 声も何時ものようにデカくてうるさいものに戻っていた。俺の横にいた蜥蜴も緑髪の下へと戻っていき、主人のポーズを真似る。

「凄かったな」

 俺は率直に感想を述べた。【レイトラル】はそのまま技の鮮麗さと正確さに。【蹴舞】はその動きに。【蹴舞】の動きは実際に行ってみて効率的かと言われれば否だろうが、それでもあれだけの動きを淀みなく、そして休みなく行うのは至難の業だと思う。予想とは違った動きであったが、現実の俺では再現出来そうにもない。動きの内の何個かは台所戦争で姉貴の防壁を崩そうと実際に試した事がある。当時は成功しなかったが、今だと一個ずつなら可能そうだ。

「そうだろう! そんなスキルアーツも、オウカ君も出来るのだ!」

 俺の肩をバシバシと叩く緑髪。蜥蜴も先程のように俺の足……ではなくわざわざ緑髪の背中を這って攀じ登り、腕に腰掛けて俺の肩を叩いてきた。そこまでするか普通?

「さて、オウカ君は気付いたかな⁉ 私がスキルアーツを発動する前に何かが起きていた事を!」

「……光ってたな。【レイトラル】の時は大剣が、【蹴舞】の時は足が」

「その通りっ! あの光こそが、スキルアーツを選択した際に出る光なのだ!」

「は? 選択?」

「そうだ!」

 まさか、スキルアーツの発動が選択式だとは。有り得ないと切り捨てた俺の予想がまさかの的中だった。

 ……だが。

「……メニューを開いて選択しているようには見えなかったが?」

「それはそうだろう! メニューを開いていなかったのだからな!」

 蜥蜴を降ろした緑髪は右の薬指と小指を閉じ、手の甲を俺に見せるようにして左肩付近に持っていき、右手と同様の指の形にした左手の先を右の指先につけながら豪語する。

「じゃあ、どうやって選択したんだよ? そんなウィンドウも表示されていなかったし」

「いや、ウィンドウなら表示されていた!」

 は? ウィンドウが表示された? それだったら俺にも見える筈だろう。実際、他人が表示させたメニューウィンドウは俺も見えていたし、俺のウィンドウも他プレイヤーに視認されていた。だから、緑髪の言っている事は可笑しい。が、こいつが嘘を言うようには思えない。

「ヒントを上げよう! 私にしか見えなくてオウカ君には見えない! そしてオウカ君に見えて私に見えないものがあるだろう!」

 頭を捻って考えていると、緑髪が右の人差し指だけを立てて天に向けながら助け舟を出してくる。こいつだけ見えて俺には見えないもの。その逆も有り得る。……もしかして。

「……常時表示されてるプレイヤーネーム、レベルとか生命力の事か?」

「その通り! スキルアーツや一部のスキルはそれらと同様に自分のみに見えるウィンドウ――コマンドウィンドウを表示させ、そこから選択して発動させるのだ!」

 どうやら正解したらしい。確かに、自分のプレイヤーネーム、レベル、生命力、体力、精神力は視界の端に常時展開されて確認が取れるが、他人のだけは分からない。そのコマンドウィンドウとやらも、これらと同じように他プレイヤーからは見えないようだ。

「さて、コマンドウィンドウの表示の仕方だが! いたって簡単だ!」

 親指だけを上げてサムズアップをする緑髪。蜥蜴も同様にする。指が三本なので少し違和感があるが、ぷるぷる震えながらも必死に作っているので何も言わないでおく。

「口に出さず、ただ念じればいいのさ! 『コマンドオープン』とね!」

 って、それだけかよ。そんなんで出たら苦労はしないんだが。が、言われた通りに『コマンドオープン』と念じてみる。

 すると視界の中央に半透明のウィンドウが八個円状に出現し、その方位で言う北の場所に【シュートハンマー】、その直ぐ右隣に【蹴舞】と表示されていた。

「……出たな」

「出ただろう! 因みに、コマンドウィンドウには合計で八つまでしかコマンドが登録出来ない! 該当するスキルやスキルアーツ等が八を超えた場合に、メニューに新しくコマンドセットの項目が増えるぞ!」

「ぎゃう!」

 一人と一匹は俺に指をビシッと突き付けてくる。寸分の狂いもなく同時にやってのけた。今更ながら蜥蜴の信頼度はどのくらい溜まっているのだろうか気になる所だ。

「次に、コマンドウィンドウの選択の仕方だが、これも簡単だ! コマンドウィンドウを表示させた状態でスキルやスキルアーツの名前を念じればいい!」

 また念じるだけか。どうして念じるだけでこういう事が出来るのかと言われれば、恐らくはDGが影響しているのだろう。DGは脳波を感知してゲーム内の体を現実と同じように動かす。その脳波は声に出さずに物事を考える時にも当然出るだろうから、それを感知してこのようなシステムを成立させているのだろうな。全く、技術の進歩は本当に凄いな。

「さぁ! 実際にやってごらんオウカ君!」

 そう言いながら俺の後方を指差す緑髪。そこにはアギャーが一体こちらに向けて突撃している様が見受けられた。しまった。緑髪との会話に集中していて周りに気を配っていなかった。

 取り敢えず、フライパンを振り抜く。このまま迎え撃ってもいいが、緑髪の言う通りにスキルアーツを試してみよう。実際、コマンドウィンドウは開いたままだからな。

 俺は【シュートハンマー】と念じる。

 すると、コマンドウィンドウが視界から消え、フライパンに光が宿り、それが波打つ。それと同時に俺の体が勝手に動き出す。

 フライパンを体を後方に捩りながら大きく振り被り、右足を上げる。そして右足を大地に着ける反動を利用して振り被ったフライパンを前方へと投げる。フライパンは縦に回転し、円盤恐らく横から見れば円盤のようになっている事だろう。フライパンは突撃してきたアギャーの額に当たり、その反動を利用してなのか分からないが、跳ね返るようにして打ち上げられ、半円を描きながら俺の手元に戻ってきた。キャッチする際も俺の体は勝手に動き、フライパンが手元に戻ると同時に体に自由が戻った。

 額に【シュートハンマー】の一撃を受けたアギャーは目を回してその場にへたり込んでいる。先程見た時と同じように頭に星を浮かべて。まだ倒し切れていない。筋力の数値は上げていないのでそれも当然か。

 なので、このまま【蹴舞】も試す事にする。コマンドウィンドウを呼び出し、【蹴舞】を選択。足に光が集まる。

 身動きの取れないアギャーに向かって緑髪がロッカードに繰り広げた足技の連続攻撃をかましていく。自分で身体を動かしていないので、かなり違和感がある。漫画や小説にある、敵側に体を乗っ取られて好き勝手に動かされるのは、こういう感覚なのだろう。

 そして、それ以外に一つ思う。

 …………気持ち悪い。

 視界に映る光景が巡るめく変わっていく。それだけならいいのだが、自分の意思ではなく勝手に動いて変わっていくので目で追うのに疲れる。それに加えて重力が……。一般的にG? と呼ばれる反動が体にもろに掛かってくる。あっちこっちに引っ張られて頭が可笑しくなりそうだ。これはまるでジェットコースターとかの絶叫系のアトラクションに乗っているような、そんな感覚がする。

 俺は自分の意思で身体を動かす分には大丈夫なのだが、ゴーカートとかジェットコースターは無理な質だ。自動車も船も無理。乗ってグロッキーになるのが常で、その事でよく姉貴にいびられていた。それが姉弟喧嘩の発端になったようなならなかったような。馬とか生き物に乗るのも無理。例外は四不象で……。

 あ……駄目だ。吐きそう。でもVRだから吐く事はない。こういう時は吐いてしまった方が楽なのにな。吐きたいのに吐けないと言うこの辛さ。

「すまない! 言い忘れていたが【蹴舞】のような動き回って攻撃を行うスキルアーツは三半規管や視界の変動による所謂車酔いの症状が起きる可能性があるので、注意が必要だ!」

 それを早く言えっ!

 漸く最後の一撃を繰り出し終わった俺はアギャーを仕留めたかを確認せずにその場に膝と両手を付いてグロッキー状態となる。




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