153
152の最後の方少し書き加えました。
俺達のやる事は、先手必勝。俺とアケビの戦法は似通っている。低い耐久を補うように回避を主体とした接近戦。俺の場合は更にそこに手数が加わり、アケビの場合はヒットアンドウェイで翻弄する。
俺はローズの方へ、アケビはツバキの方へと向かう。アケビは一度もローズと相対した事が無いので、この場合は少しでも共に行動した事があるツバキの相手をした方が負担が少ないと思い、PvPのカウントダウン中に向こうに聞こえないよう小声で軽い打ち合わせをした。
取り敢えず、一対一に持ち込めば相互の援護は期待出来ないが、それは向こうも同じだ。魔法による援護は攻撃で詠唱を妨害出来れば脅威じゃないし、二人共通常の攻撃での遠距離攻撃は持ち合わせていない。
距離を離してしまえば、邪魔される事無く一対一に集中出来る。タッグ戦だけど、わざわざ相手に連携を取らせる必要はない。
俺はローズへとフライパンを振り下ろす。ローズは僅かに横に避けると軽く拳を放ってくる。牽制のつもりだろう。俺は僅かに後退して回避し、抜き放たれた腕へと包丁を切り上げる。
ローズは素早く拳を戻し、もう片方の手でジャブを繰り出してくる。俺は当たるすれすれで避け、フライパンと包丁で連撃を繰り出して前進する。ローズは迎え撃つように包フライパンには拳で迎え撃ち、包丁はに手の甲で僅かに軌道を逸らして直撃を回避している。俺は無言のまま攻撃の手を緩める事無く前進する。ローズは俺に押されるように徐々に後退を始める。
「成程、以前よりもキレが増したように思えます」
攻防を繰り広げていても、ローズには余裕があるらしく話し掛けてくる。
「では、そろそろ私も攻勢に移ります」
そう告げるとローズは包丁をいなし、手を反転させて俺の腕を掴もうとしてくる。俺は慌てて腕を引くが、その隙をついて俺の右の脇腹目掛けてミドルキックを放ってくる。間髪入れずにフライパンで蹴りをガードしようとするが、フライパンに触れる直前で軌道が変わり、蹴りは俺の太腿に直撃する。
「ぐっ」
生命力が一割持って行かれた。そして、太腿に衝撃が走って体勢を崩してしまう。崩れた勢いに任せてそのまま地面を転がる。先程まで俺がいた場所にローズが踵落としを繰り出す。
「よく避けましたね」
ローズは間髪入れず、地面に伏している俺へと向かって拳を振り上げる。慌てて飛び退るが、それが悪手だったようだ。
「風よ、我が言葉により形を成し、風の刃を生み出せ。【エアカッター】」
俺が避けた隙にローズは詠唱を済ませ、【エアカッター】を俺目掛けて放ってくる。先程の攻撃よりも素早く進む風の刃を避けようと動くも、完全には避けれずに右腕を掠る。
「風よ、我が言葉により形を成し、身体を包み込め。【ウィンドアクト】」
更に【初級風魔法】の補助【ウィンドアクト】を発動してローズは敏捷を上げてきた。
「無よ、我が言葉にっ」
「させません」
俺は風による補助を相殺する為に【ウェイブグラビティ】を発動しようとするが、動きが素早くなったローズの攻撃を避ける為に、詠唱を中断させられてしまう。再度詠唱しようにも、熾烈さが上がったローズの攻撃を避けるのに集中しなければならず、そちらにまで意識を割けない。
「……やはり、惜しいですね」
俺の右胸部を狙った拳を半身を捻って回避すると、ぽつりとローズは呟く。
ローズは拳を引く事無く、そのままの勢いで反転し、延髄目掛けて蹴りを放ってくる。避けようとするも間に合わず、生命力をまたも一割も持っていかれる。そして蹴りの衝撃で視界がぶれ、思わず片膝をついてしまう。
「わざわざ私とツバキを離して、一対一の構図を作ろうとしていたようですが、甘いですよ」
ローズは容赦なく、立ち上がれない俺を後方に蹴り飛ばす。これで生命力は残り五割弱になった。
「うっ」
「痛っ」
蹴り飛ばされた先にはツバキと交戦中のアケビがおり、俺はアケビの背中に衝突して巻き添えにしてしまう。
俺達は地面に強か体をぶつけたが、無理矢理身体を起こし、改めて状況を確認する。
俺とアケビは、ツバキとローズに挟み撃ちにされている。対面すれば一対一だが、互いの背後で戦闘を繰り広げられれば、そちらにも気を配らねば互いに邪魔をしてしまったり、相方が戦っている相手の攻撃を喰らってしまう危険がある。
「おらよっと」
「くっ」
アケビの方も椿の斬撃を短剣で防御したり身体ごと避けて当たらないように注意している。傍目で見れば、ツバキの斬撃は以前のPvPの時のように数秒軌道が残ったままだ。俺が厄介だ。斬撃が残っていてもツバキは平気で攻撃してくる。避ける際にはツバキが繰り出す斬撃と、残っている斬撃の二つに注意しなければならない。
そして、背後にいる俺の存在もあってかアケビは思うように動けないようだ。アケビは俺よりも敏捷特化だけど、同レベルならツバキの方も敏捷を俺くらいに上げているから隙を付いて脇をすり抜けて背後へと行く事が出来ない。行こうとしても、その道筋に斬撃を放って行く手を阻むからな。
「そちらに注意を向けている余裕があるのですか?」
ローズの言葉に、否応が無しにローズの方に意識を向けなくてはならなくなる。まだ【解放】はしていないのが救いか。俺の方も後ろに回り込もうとローズの機微を逃さまいと注視するが、攻撃に隙は見当たらない。
「水よ、我が言葉により形を成し、彼の敵を打ち抜け。【ウォーターシュート】」
俺とは違って余裕のあるローズは【ウォーターシュート】を顔面目掛けて放ってくる。反射的に俺は紙一重で避ける。
「あぅ!」
あ、しまったっ。俺が避けた先にアケビがおり、アケビの後頭部に【ウォーターシュート】が炸裂する。アケビは体勢を崩してしまい、その際にツバキが刀で切り付ける。
「アケ」
「だから、余裕はあるのですか?」
アケビへと加勢しようと駆け出す瞬間に、背中に重い一撃を喰らってしまう。
「ぐぅっ」
地面に投げ出された体を直ぐに起こし、改めてローズへと構えを取る。
「悪いなっと」
「がっ」
その際に、ツバキが俺の背中を切りつけてくる。直ぐに振り向き様に包丁を薙ぐが、刀で防がれてしまう。
「危ないっ」
アケビが俺の横をすり抜ける。アケビの短剣が俺を狙ったローズの拳を受け止める。そのまま流れでそれぞれ相対する相手が変わる。
俺はツバキと剣戟を繰り広げ、アケビはローズと鬩ぎ合いをする。ツバキの攻撃ならば包丁とフライパンの二つで程よく刀と残る斬撃を防ぐ事が出来、アケビの方も元の敏捷から【ウィンドアクト】で敏捷が上がっているローズといい勝負を繰り広げている。
……ミスったな。最初から俺がツバキ、アケビがローズを相手取った方がよかったかもしれない。相手の出方が分からない相手は戦い辛いかもと思って俺がローズの相手をしたが、得手不得手をきちんと弁えていれば、押される事も無かったかもしれない。ただ、それは結果論だし過ぎた事を悔いても意味がない。
「っと」
ツバキが攻撃を緩め、一気に後退をして刀を鞘に納める。スキルアーツ【抜刀一閃】をしてくるのかと思い、一気に距離を詰めようと駆け出す。しかし、ツバキは【抜刀一閃】をせずに一気にその場から飛び退く。
「水よ、我が言葉により形を成し、彼の敵を押し流せ。【ウェーブスプラッシュ】」
その時、背後にいるローズが水魔法【ウェーブスプラッシュ】を発動させた。俺はつい背後を見てしまい、押し寄せてくる波に呑まれてしまう。波の範囲は小規模だったが、俺とアケビは十メートル程流されてしまう。
そろそろ体力も生命力もヤバい。早く体勢を立て直さないと。
「土よ、我が言葉により形を成し、彼の者を繋ぎ止めよ。【アースチェイン】」
立ち上がろうとするとローズが【ウェーブスプラッシュ】によって隙だらけになった俺――ではなく隣りにいるアケビへと魔法を放つ。地面から鎖が飛び出し、アケビの手首と足首に絡みついて地面へと縫い付け――――
「……ぃ、おい」
椿に身体を揺さ振られる。視界はバイザーで少し見難く……。
「あれ?」
何故か現実世界に戻ってきている。何時俺はログアウトしたんだ? …………ヤバい。全く記憶にない。
「……何があった?」
「いや、逆に俺が訊きてぇよ。お前、どうしたんだよ?」
DGを外して椿に問い掛けるも、椿もやや困り顔をするだけで明確な答えを提示してくれない。いや、椿の方も理解出来てないのか。そして、この件に関しては俺が原因みたいだ。
「そんな事聞かれても、困るんだが」
「覚えてねぇのか?」
「……さっぱり。PvPをしてたって事は覚えてるが」
椿の問いに俺も肩を竦めるしかない。
一体何があったのか? 俺には分からない。
「……取り敢えず、お前がログアウトするまでの経緯を話した方がいいか?」
「頼む」
椿から、PvPの時に何があったのか語られる。




