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カンナギの身体能力と、カエデの召喚獣の能力でクエストをクリア出来たそうだ。カエデの召喚獣――シェイプシフターでカーバンクルが苦手とするものに変化し、動きを抑制したからだと今なら思う。
そして、カンナギの身体能力はこの偽者との戦闘に於いてかなり優位に立ったんだろうな。スキルアーツや魔法が使えなくても、その身のこなしで普通に戦えたんだと思う。
スキルアーツや魔法が使えなくても、戦える事は戦える。魔法職でもなければ魔法が使えなくても関係ないし、スキルアーツは隙もあって動きも固定されるから、隙を作らず柔軟な動きが出来るようになると逆に考えられる。
それでも、やっぱり戦術の幅が狭まってしまうのは無視出来ない。魔法による補助や牽制が出来ない。スキルアーツに含まれる追加効果や高威力による攻撃が出来ない。それだけでも何時もと勝手が違くなる。
常に魔法やスキルアーツに頼らずに戦っているプレイヤーならば、枷にすらならないがまずそんな輩はいないだろう。
故に、この偽者との戦いは辛いものがある。かれこれ十五分は戦っているが、未だに倒せていない。
「ほらほらぁ! 避けてばかりじゃつまんないだろぉ!」
偽者が四連フック、そして跳び上がりながらアッパー、最後に落下しながら拳を繰り出してくる。これら一連の動作はただの攻撃じゃなく、スキルアーツだ。
スキルアーツ発動中にこちらが攻撃も加えても、偽者はよろける事もせずに攻撃を続行してくる。これがスキルアーツの厄介な所だ。発動を中断するには威力の高い攻撃を喰らわせないといけないが、こちらに重量武器持ちはいないし、高威力を放てるスキルアーツも使えない。
遠距離攻撃が出来るなら恰好の的になるが、現在のメンバーの殆どが近距離攻撃主体なのでダメージ覚悟で突っ込まないと相手にダメージを与えられない。
生命力は【生命薬】で回復すればいいが、あまり猪突猛進を繰り返しても【生命薬】自体が切れてしまえばおしまいだ。更に、レベルは結構上がったと言っても相手の攻撃によるダメージが半端じゃないので、向こうもこちらに合わせたレベルに変化している可能性がある。
下手をすれば、威力重視のスキルアーツを一発喰らえば耐久が低い俺とアケビは即死してしまうかもしれない。全くと言っていい程耐久のステータスを上げていないツケがここに来たか。一応防具で底上げされているけどさ。それでもごっそり減らされるのに変わりない。
いっその事、怪盗が戻した展示品の位置を変えたり、どれか一つを壊したりして封印陣を解除しようと試みた。けど駄目だった。どんなに攻撃しても展示品は微塵も動かず、掠り傷一つ付く事は無かった。
「土よ、我が言葉により形を成し、大地を盛り上げよぉ! 【アースウォール】!」
更に、土魔法も使ってくる。前にローズが使ってた【アースウォール】が床からせり上がり、俺達を分断してくる。
「土よ、我が言葉により形を無し、彼の敵に降り注げぇ! 【ロックバレット】!」
更に、偽者は土魔法を発動する。目の前に魔方陣が出現し、そこから直径八十センチくらいの岩が出現し、弓なりに飛んで行く。それが頂点に達した時、砕けて石の礫となり、俺達に降り注いでくる。
避けようとしてもまだせり上がっている【アースウォール】が邪魔で上手く動けずに何発か喰らってしまう。カーバンクルの光線よりも威力は低いが、それでも無視は出来ないダメージだ。
俺達は【生命薬】を使って、減った生命力を回復させる。
「そらそらぁ!」
その間に、偽者は【流星脚】を俺目掛けて放ってくる。俺は僅かに後退して直撃を回避する。が、以前戦ったドッペルゲンガーの時のように隆起した岩盤にもダメージ判定があり、俺は打ち上げられる。
「くっ」
「もう終わりかぁ?」
打ち上げられた俺に追い打ちを掛けようと偽者が接近してくるが、横からうねる炎の蛇と飛来した針に妨害される。
「ちっ」
「れにーっ!」
「びーっ!」
フレニアとスビティーが放ったそれらは大きく後ろに跳び退った偽者に当たりはしなかったが、御蔭で俺はこれ以上ダメージを喰らわずに済んだ。
「助かった」
地面に辛くも着地した俺は二匹に礼を述べ、偽者へと一気に距離を詰めて蹴りを一発お見舞いし、直ぐに距離を取る。
この戦いで救いなのは、パートナーモンスターの固有技は使える事だ。そして、それらが全て遠距離から攻撃出来るのも追い風となる。この御蔭で、二匹は偽者がスキルアーツ中でも気兼ねなく攻撃が出来る。
怪盗の最初のチェインクエストでもフレニア(その時はまだファッピーだった)は【炎の舞】を使っていた。故に今回もフレニアは【炎の舞】と【炎舞踏】を、スビティーは【ニードルラッシュ】を発動して遠距離から偽者を攻撃する。
そして、固有技が使えるのだからスタン効果のある音波を放てるドリットも回復させて一緒に戦って貰えば楽になるとも思った。だが、実際ドリットは回復出来ずに未だに地面に伏したままだ。
どうやらこの戦闘に於いて、ドリットと怪盗へアイテムを使用する事が出来なくなっている。なので、戦力として一人と一匹を頼る事は出来なくなっている。
怪盗とドリットは、偽者が俺に攻撃して来た時にアケビとツバキが纏めて部屋の端に避難させた。ぐったりとしている彼等は、俺達が偽者を倒さない限り目覚める事はないのだろう。
「お前等、邪魔だなぁ……」
蹴りを喰らってもけろりとしている偽者は、ふと空中にいるフレニアとスビティーに目を向ける。
そして、両手を袖の中に一瞬だけ隠し外に出す。すると、指と指の間にナイフが握られているではないか。片手四本ずつ、計八本だ。
「そらぁ!」
偽者は口元を歪め、フレニアとスビティーに向けてナイフを投げる。二匹は左右に飛んで避けるが、直ぐ様偽者は先程と同じように一瞬だけ袖に手を隠してまたナイフを取り出す。
「そらそらぁ!」
何本も何本もナイフを取り出してはフレニアとスビティーへと投げつける。更にナイフを投げながらも【アースウォール】や【ロックバレット】を発動して来る為に、二匹に意識が向いているうちに奇襲をかける、なんて真似が出来ない状況だ。
くそっ、せめて魔法さえ使わなければかなりマシになるんだが。スキルアーツも厄介だけど、今一番面倒なのは【アースウォール】だ。あれの所為で思うように動けず、攻撃を受けてしまう。
「れにー!」
「びー!」
「はっ!」
ナイフから逃げるフレニアとスビティーも合間合間に炎を吹いたり、【ニードルラッシュ】を仕掛けたりするが、炎は避けられ毒針はナイフで相殺されてしまう。
「ん〜、もうそろそろいいんだけどなぁ」
偶然俺の隣りに【ロックバレット】を避けたツバキが着地する。
「なぁ? あれどうにか出来ないか?」
ツバキが顎で偽者を指す。あれとはスキルアーツや魔法の事だろう。ツバキもこの状況に歯痒い思いをしているようだ。
「そう言われてもな。あいつもスキルアーツとか使えなくするしかないんだが、それをどうすればいいか分からん」
封印陣の効果を受けなくするアイテムを持っているとは思う、が、それをどうやればぶんどれるor壊せるか分からない。と言うか、あくまでそれは俺の憶測だから本当にそんなアイテムを持っているかどうかも怪しい。ただ、【破魔の朱水晶】を持っていた事だし、その可能性は高いが。
その事をツバキに伝えると、軽く眉根を寄せて偽者をねめつける。
「……多分、あいつの仮面じゃないか?」
「仮面?」
怪盗とは違って、口元の部分が欠けてるあの仮面が封印陣の効果を受けなくしてる?
「【観察眼】で違和感があったのか?」
「いや、もしそのアイテムをどうにかしないといけないってんなら、流石に分かりやすくしてるんじゃないかと思ってな」
確かに、ツバキの言葉に一理ある。
ただ、あの開発運営がそんな分かりやすくしているかと言われれば首を捻ってしまう。
でもまぁ、序盤のチェインクエストだから流石に分かりにくくはしてないだろうと思いたい。
「なら、あの仮面剥してみるか?」
「してみっか」
と言う訳で、俺とツバキは偽者へと駆けて仮面を剥す事にする。
「おっ?」
偽者は二匹にナイフを投げながらも、駆けてくる俺達を確認し、直ぐ様蹴りを放ってくる。俺は同様に蹴りで相殺し、その隙にツバキが肉薄するまで近付く。
「邪魔だっての」
ただ、偽者は拳を振るってツバキを吹き飛ばし、更にサマーソルトキックが俺の顎に決まって距離を開けられてしまう。
流石にそう簡単にはいかないか。でも、可能性があるならやっていかないとな。
「ったく、そろそろ沈んでくれないかなぁ?」
偽者は【流星脚】を放った後、【蹴舞】で俺にラッシュを仕掛けてくる。隆起した岩盤で撃ちあがった俺は面白いくらいに蹴りを全て食らってしまう。生命力が全損しても可笑しくなかったけど、誰かが【生命薬】を複数使ってくれたので、生き延びる事が出来た。
「おらぁ!」
偽者の【蹴舞】が終わると同時にツバキが切り掛かる。しかし、それを軽やかな身のこなしで避け、拳を振るって壁へと吹っ飛ばす。
「っと」
「あぐっ」
攻撃の隙をついて、アケビが偽者の背後から短剣を突き刺そうとしたが、偽者はアケビを見ずに後ろ蹴りを繰り出す。アケビはまさか反撃されるとは思っていなかったらしく、蹴りは無防備な鳩尾に打ち込まれその場に蹲ってしまう。
「そらっと」
「きゃっ⁉」
蹲ったアケビをまるでサッカーボールのように蹴り飛ばし、その先にいたサクラを巻き添えに展示品の一つにぶつかる。展示品はやはり壊れる事も位置が変わる事も無かった。
「ふっ」
俺は偽者にフライパンを振り下ろすが、偽者は軽く後ろに下がっただけで避け、包丁を突いても軽く払われるようにして軌道を逸らされてしまう。
「おらっと」
拳が顔面にクリーンヒットし、吹き飛ばされて俺も展示品にぶつかってしまう。
「くそっ」
めげずに偽者へと駆け出し、回し蹴りを繰り出す。
「そらぁ!」
偽者を挟むように、ツバキが逆側から駆けて鞘に仕舞った刀を抜き放つ。
「っとと」
軽く身体を屈めて偽者は回避し、俺達の攻撃は当たらない。そしてそのままカポエラのように繰り出した偽者の蹴りのカウンターを喰らってしまう。
「ぐっ!」
蹴りを胸に喰らったツバキはよろよろと後退りながらも、僅かに口角を上げる。
「…………これで、大体は大丈夫か?」
ツバキは刀を構えて、単身偽者へと躍り出る。
「いい加減諦めたら?」
偽者は嘆息を吐き、振り下ろした刀を半歩身を引いて避ける。そして、拳をツバキの顔面へと放つ。
だが、偽者の攻撃はツバキに当たる事は無かった。
ツバキは僅かに顔を逸らして拳を避けた。
「え?」
「っとぉ!」
一瞬だけ硬直した偽者へとツバキは刀を切り上げて仮面を狙う。しかし、仮面に当たる寸前に偽者が横に跳んで避けた為壊す事は出来なかった。
「さてっと」
ツバキは軽く首を回すと、一気に偽者へと距離を詰める。
偽者はツバキを迎撃するように蹴りを放つが、ツバキは刀の腹で受け止める。その隙にナイフを投げてくるが、ツバキはそれを屈んで避ける。
刀を引き戻し、偽者の体勢が僅かに崩れた隙に突きを放って仮面を攻撃するも、腕で軌道を逸らされ、僅かに髪を切る形に留まった。
完全に腕を伸ばし切ったツバキの腕を掴みかかろうとする偽者だが、ツバキは直ぐに掴みかかる手と同じ方に刀を薙ぎ、そのまま回転して偽者への攻撃に転じる。偽者は後ろに跳んで回避する。
偽者の攻撃は、何故かツバキに届かなくなっている。
「何で?」
「お前は技を見せ過ぎたんだよ」
偽者の呟きに、ツバキは答える。成程、もう充分みたいらしい。
ツバキは【観察眼】のスキルを持っている。この戦いはそろそろ二十分が経とうとしている。どうやら、ツバキは相手の初動でどのような攻撃を仕掛けて来るか分かるようになったみたいだ。
なら、俺はツバキのサポートに回るとするか。




