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 信号待ちの間に椿の家から出る際に電源を入れ直したタブフォで時刻を確認。

 午後七時を少し過ぎ。この信号を過ぎればもう家だから連絡は不要か。

 信号が青になり、俺達は自転車を漕ぎ始める。

「んっ?」

 家の前に着くと、丁度呼び鈴を押そうとしてた所だった。呼び鈴上の灯りで顔が照らされていて、俺の顔を見るなり少し驚きの表情を浮かべている。

「桜花? 出掛けてたのか?」

「あぁ」

 目をパチクリさせながら軽く首を傾げたので、俺は首肯する。

「でも、部屋の電気点いてるんだけど……」

「ん? …………あ」

 言われて二階の方を見ると、カーテンはしてるけど部屋の中が明るいのが確認出来る。俺の部屋の電気が、どうしてだか点いたままだった。このままアリバイ工作してたら、下手すると居留守をかましてたと誤解される所だった。

 いや、まぁ。やろうとしてた事はある意味でそれ以上に最悪なものなんだけどさ。

「こいつ、急いで俺ん家に来たからさ。消し忘れたんじゃねぇか?」

 自転車から降りて、ストッパーを掛けた椿が飄々とそんな発言をする。

 おい、椿? 普通に事実を話してないか?

 椿の声に反応して椿と、そして自転車から降りた楓の方に目をやる。

「えっと……後ろの二人は?」

「高校の友達と先輩だ」

 三人とも、それぞれ初対面同士なので、俺はそれぞれに軽く紹介する。

「椿、楓。こいつが中学の頃からの友達で、七瀬(ななせ)颯希(さつき)だ。颯希、こいつは香坂椿で、こっちが立町楓。椿の方が俺と同じクラスで、楓が一個上の先輩だ」

 まずは颯希に。そして次に椿と楓に。

「ども、初めまして」

「あ、どうも」

「こちらこそ」

 三人は軽く会釈をする。颯希の方は少し不思議そうな顔をしてたけど。

「で、さっきの話だけど」

 軽い紹介が終わったので、椿が事実暴露の続きを――――。

「実は今日桜花と俺ん家で遊ぶ約束しててよ。こいつ寝坊して約束の時間過ぎて俺ん家に来たんだよ」

 ――――暴露じゃなくて、俺へのフォローだった。

「息切らして来てたよね」

「そうそう。『悪い、寝坊した』って言ってな。急いでたから部屋の電気消し忘れに気付かなかったんじゃねぇか?」

 椿と、そして楓がアドリブでそんな援護射撃をしてくれる。別にここに来るまでに打ち合わせをした訳ではないが……これは感謝の極みだ。

「そうだったか。でも、用事あったんなら持ってくんの明日にしたけど」

「あー……」

 やや眉を寄せながら訊いてくる颯希。アリバイ工作をしてまで、会わないようにした。とは口が裂けても言えない。さて、どうしたものか……。

「二度手間させる訳には行かねぇって言ってたぞ」

 椿は素知らぬ顔でそんな事をのたまう。

「……そっか」

 少し頬を綻ばせ、颯希は僅かに俯く。

 ヤバい。何か罪悪感が胸の中で犇めき始めてる。ただ、本心は言えないので罪悪感に苛まされる事を選択するしかない訳だが。

「そう言えば、二人はどうしているんだ?」

 と、ここで颯希が根本的な事を訊いてくる。そうだよな。普通この二人がここにいる理由はないよな。

「いやぁ、折角だからさ。好奇心で一目合おうかと」

「右に同じの好奇心」

 笑みを浮かべながら答える椿と、椿の言葉に便乗する楓。

 おい、好奇心って……もう少し言い方があるだろ言い方が。

「好奇心、ねぇ……」

 二人の発言に颯希はやや目を細めながら睥睨するも、直ぐに俺の方へと顔を向き直す。

「あ、これ苺一箱。中に八パックあるから」

 と、手に持っていた箱を俺に渡してくる颯希。中を開けると、確かに苺が八パックも入っている。

「そんなにいいのか?」

「いいって。家にまだ四箱あるからさ」

 そんなにあるのか。送って寄越し過ぎなんじゃないか? 颯希の親戚は。

「早いうちにジャムとかにした方がいいんじゃないか?」

「それも検討中だけどな。……よかったら、二人もいるか?」

 颯希が二人に顔を向けて訊き、初対面の相手にそんな事を訊いてくるとは思っていなかったらしい椿と楓は軽く目を見張る。

「え?」

「いいの?」

「いいっていいって、どうせ生で食べきるのは不可能に近いし」

 確かに、四箱も残ってればなぁ。毎日食べてても流石に飽きが来るか。

 で、いるのかいらないのか? と言う颯希の再度の質問に椿と楓は首肯で応じる。

「じゃあ、家に来てもらっていいか?」

「そりゃ勿の」

「論で」

 と言う訳で、椿と楓は颯希の家に行く事になった。俺もついて行くので一度家の中に入り、苺を居間のテーブルに置いて、自分の部屋に戻って結構大き目なリュックを二つ引っ張り出す。

「高校での桜花ってどうだ?」

 きちんと自分の部屋の電気を消して俺が玄関の扉を少し開けると、颯希は椿に何やら俺の事を尋ねているのが聞こえた。

「どうだって、まぁ。普通だな。俺と駄弁ったり飯食ったり、宿題写して貰ったり、サッカーで無双したりって感じだ」

「……そうか」

 扉の隙間から様子を窺うと颯希は何処かほっと安心したような表情を薄ら浮かべている。

 タイミングを見計らって扉を開けて三人の下へと向かう。

「悪い、待たせた」

「んじゃ、行くか」

 全員自転車に乗って七瀬宅へと向かう。俺と颯希の家は結構離れてるからな。大体自転車で十分って所か。

「なぁ、桜花」

 信号待ちをしていると、隣に来た颯希が話し掛けてくる。

「何だ?」

「お前、サッカーで無双してんのか?」

「無双は椿の誇張表現だ。……まぁ、サッカー部員とはいい勝負はしてる」

 サッカーは体育の授業で行っているが、基本俺はオフェンスやったりディフェンスやったりとオールマイティにフィールドを駆けまわってる。しかも、一度の試合で。フィールドの端から端まで駆けずり回るのは体力がごっそり持っていかれるが、結構いい運動になってる。

 まぁ、俺がやってるのは単にボールを追っ掛け回してるだけなんだよな。チームメイトには「取り敢えず、好きにやってくれればこっちは楽」と言われたので、好きにやってる。とは言え、独断プレーはしてない。きちんと周り見てパスしたり味方がボールを取るアシストしたりしてる。

 ただ、ゴールキーパーはやらない。どうも癖でボールがこっちに来るとキャッチじゃなくて紙一重で避けてしまう。一度キーパーやった際に二回も紙一重でボール避けて得点入れられて以降、俺にキーパーはやらせないと言う暗黙の了解が出来た。

 その事を簡略的に話すと、颯希は少し微笑む。

「キーパーなのにボール避けるとか、相変わらずだな桜花」

「ほっとけ」

 信号が青になったので話は途切れ、そのまま自転車を漕ぐ。

 以降は信号に捕まる事も無くすんなりと七瀬宅へと着く。

「ちょいと待ってろ」

 颯希は玄関の扉を開けて苺を取りに行く。

「なぁ、桜花」

「何だ?」

 颯希が家に入ると、椿が話し掛けてくる。

「何か、七瀬って口調が何処となくお前に似てね?」

「そうか?」

 そう言われても、ピンと来ないんだが……。まぁ、確かに昔の颯希の口調とは変わってるけどな。変わった時期は……あの時か。思い出して少しブルーになる。

「ん? どした?」

「何でもない」

 頭を振って記憶を霧散させると、扉を開けて苺が入った箱を二つ持った颯希が現れる。

「悪い、待たせた」

 そう言いながら颯希は椿と楓に苺を渡す。

「いやぁ、本当ありがとな」

「美味しくいただくわ」

 礼を述べ、二人は箱を受け取って自転車の籠に……入れる事と振動で苺がぐちゃぐちゃになってしまう。と言うよりも、そもそも籠に入る大きさではないので俺が持ってきた大き目のリュックを二人に貸す。

 少なくとも、まだ背負った方が苺の原型は保つ筈だ。取り敢えず、明日午前中に椿が返しに来ると言う事になった。

「じゃあ、時間も時間だから俺達はもう行くな」

 椿と楓がリュックに苺を入れ終え、流石に夜も遅くなってきたのでもう帰る事にする。あまり長居しても三人に迷惑だろうし。

「あぁ。またな桜花」

「あぁ、またな」

 颯希に別れを告げて、俺達は七瀬宅から離れる。

「……ふぅ」

 少し離れて、俺は軽く息を吐く。

「本当、悪かったな二人共」

「気にすんなって」

「うん」

 俺は改めて二人に礼を述べる。確かに、椿の言った通り、椿達がいた御蔭か颯希は身体の調子を訊いて来る事は無かった。それ故に煩わしさを覚える事はなく、昔と同じように会話をする事が出来た。

「にしても、少し子供っぽい顔つきだったな」

「そうね」

「あと、何か高い声だったな。声変わりまだとか?」

「え?」

 椿の発言に、最初は同意していた楓は驚きの声を上げる。

「椿、颯希は男じゃないぞ?」

「…………え? マジで?」

「マジで」

 俺の言葉に椿は軽く口を開けて驚く。

 まぁ、背が俺よりも高いし外観も中学時代とがらりと変わってたからな。中学の頃は髪も長く伸ばしてツインテールにしてたし、普通に女子の制服着てた。今の颯希は髪をバッサリ切ってベリーショート、そしてジーパンにTシャツだったから男に見えても仕方ないか。

 まぁ、それでも楓は颯希が女だってきちんと分かったようだけど。俺だったら椿と一緒で初対面なら男と勘違いしたかな。

「…………お前って、男の友達ちゃんといるのか? 俺以外で」

「いるぞ?」

 と言うか、普通にクラスに椿以外に男の友達がいるだろう。それは椿自身も知ってるんだが。寛太とか、圭太とか、慎太とか。

「…………まぁ、いいや。じゃあ、明日これ返しに行くから。大体十時くらいになると思う」

「分かった」

「じゃあ、また明日な」

「またね」

 椿と楓とは交差点で分かれ、それぞれ帰路に着く。

 取り敢えず、帰ったら貰った苺五パック分をジャムにするか。



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