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「本当に! 本っ当に私は君達に謝りたいの! あの時の私は確かにちょっと……いや、ちょっと以上にかなり有頂天にもなってたし暴走もしてた! けど! 今はもうあの時の私じゃない! もうサクラちゃんやアケビちゃんに無理矢理私の作った装備を着させようとしないし追い駆けようとも抱き着こうともしない! だから、あの時の事を謝らせて!」
縋りつきながら。と言うよりも俺の両腕を動かないようにがっしりと掴みながら口早にそんな事をのたまう変態コート女。
そんな変態コート女に俺は一言。
「辞世の句は終わりか?」
「辞世の句っ⁉」
「言い方変えるぞ。言い残す事はもう無いよな」
「既に断定されたっ⁉」
今ので俺の腕を掴んでる手の力が緩んだ。その隙をついて俺は一気にフライパンと包丁を抜き放つ。俺の二つの得物が目指す先は変態コート女。
が、変態コート女は直撃する直前に尻餅をついて偶然回避した。ちっ、外したか。
「待って‼ 本当に待ってって‼」
「うるさい」
変態コート女は直ぐに体勢を整えて俺の脇をすり抜け、俺との距離を取りつつ顔の前に手を持って来て静止を促してくるが、それを訊いてやる道理はない。
「俺はもうお前の顔を二度と見たくないんだよ。そしてサクラにも二度と近付けさせたくない。お前の所為でサクラは物凄く怯えたんだぞ? それも、モンスターにやられそうになった時以上に」
「……え」
「人見知り関係なしにガタガタ震えて、見動き一つ出来なくなって、縮こまって、涙流して、お前がいなくなってもか細い声で何度も助けてって言ってきて。お前が俺達を見付けた時の大声でも顔青くして、涙目になって震えたんだ。だから絶対に近付けさせない。何処か行けと言っても、ここにいる限りは出遭う可能性がまだある。俺達はまだログアウトする事が実質出来ない。だから……PKしてでもいいからお前をこの場所から消す」
捲し立てるように一息で言い切り、距離が遠ざかった変態コート女へと包丁とフライパンで制裁を加える為に一直線と駆け出す。
「きゅー」
「うおっ」
が、足を動かした瞬間、脛辺りに何かが擦り寄って来て俺の動きが止められた。バランスを崩して転ぶ事は無かったが、今も尚何かが俺の脛辺りに擦り寄っている。
「何だこいつ?」
見た目は犬もしくは猫。物凄く毛むくじゃらで眼が何処にあるか分からない。耳は後ろに流れるように長く、尻尾もふさふさとしている。
この洞窟に潜むモンスターか? いや、モンスターなら普通に俺や変態コート女に攻撃を仕掛けてる筈だ。こいつは俺の動きを妨害? したが攻撃自体はしてこない。
……いや、今はこいつの事を考えるよりも変態コート女を屠るのを優先させないとな。あいつは今逃げもせずに呆けて突っ立ってるだけだから、簡単に逝ける筈だ。
『メッセージを受信しました』
毛むくじゃらを退けようと手を伸ばした瞬間にメッセージを受信した。
この場所で俺にメッセージを送れるのはサクラとカンナギだけだ。俺にメッセージを寄越すとなると何か異常事態が発生したのかもしれない。もしそうだとしたら無視出来ないので手早くメッセージを開く。
送信者はカンナギで、件名は『ストップ』とあった。
『いろいろ複雑な関係らしいけど、手を出すのはストップ。多分メッセージだけ送っても駄目だと思ったから私の召喚獣に止めに行って貰ったから。頭に血が昇ってちゃ、短絡的な事しか出来なくなるよ? 冷静になりましょう。というか、一度カムバック』
本文にはあたかもカンナギがこの場を見ていたような事がずらりと並んでいる。そしてこの毛むくじゃら――あ、今消えた――がカンナギの召喚獣か。召喚獣を放って、短絡思考になってる俺が変態コート女を葬るのを防いだ、だ。
でも、俺は別に頭に血が昇ってる訳じゃないし、短絡的になってる訳でもない。ただ単にこの場を安全に進む為に障害を取り除こうとしただけだ。単なるモンスターなら向こうにいる皆と一緒になって戦うか、逃げるかすれば済むが、こいつはそんな事をするよりもここで絶対に出遭わなくする方法をとらないと駄目だ。
だから、こいつはここで消す。
カムバックと書かれていたが、こいつの生命力を0にしてからでも遅くはない。と思っていると、またカンナギからメッセージが届いた。
『オウカ、ハウス』
要約すれば、戻って来いと言う文だった。ただ、人間に使う言葉じゃない。
「犬か俺は。と言うか、どうしてこっちの現状が分かるんだ」
今更ながら、この場にカンナギはいない。カンナギはサクラ達と一緒に下の方にいる筈。実際、辺りを見渡してもカンナギの姿は何処にもない。
『スキル「地獄耳」の効果さね』
そう思っていると、直ぐにメッセージが送られてくる。
スキル『地獄耳』って、確かにそんなのあったな。ゲーム開始時に選択出来るスキル一覧にも普通にあった。俺は特に使い道がないだろうというのと、現実の自分と同じような攻撃手段の確保に必要なスキルだけで初期スキル枠を全て埋まってしまったから選択しなかったが。
今も特に必要ないんじゃないかと思っている。モンスターの気配を感知するにしても、『気配察知』という上位互換のスキルが最初から存在するし。ただ、このスキルの御蔭でモンスター云々関係なく遠くの音が聞こえるから、一概に『気配察知』の下位スキルとは言い切れないか。
兎にも角にも、カンナギはその『地獄耳』スキルによって俺と変態コート女のやりとりを俺達の声で知った、と。
『いいから、戻って』
「あぁ、戻る。けど、その前にこいつを」
『だからストップってんだろが』
また送られてきたメッセージに対して言葉で答えようとしたら、間髪入れずにまたメッセージが送られてくる。どうしてそこまでして俺をこの場から直ぐに立ち去らせようとしてるんだ? と眉根を寄せているとまたカンナギからのメッセージが受信される。
『サクラと関わらないようにするには、一度リリィにログアウトして貰うか、こっちが通り過ぎるまで隠れて貰うかすればいいでしょ。無理矢理排除のPK行為は見過ごせない。これ以上同じ事言わせるなら有無を言わさずこっちまで連れ戻すから』
ある意味で脅しの文句が最後の方に書かれていたが、俺とカンナギの距離は結構ある筈だから、直ぐには駆けつけられない。つまり、ここで変態コート女を瞬殺すれば特に問題はない。
俺はやってみろとばかりに包丁とフライパンを持つ手に力を籠めて変態コート女へと一歩近づく。すると、直ぐにカンナギからメッセージ届いた。
『有言実行』
メッセージを確認した瞬間に、俺は誰かに首根っこを掴まれて足が地を離れる。そして振り下ろしたフライパンはギリギリで変態コート女に届かなかった。
攻撃が当たらずに苛立ち眉間に皺を寄せながら蹴りをお見舞いしようとするが、それすらも掴まれて無効化された。更にはこれ以上俺が変態コート女に攻撃させないようにと肩に担がれる。
俺を肩に担いだのは牛の頭をしている。これ、絶対プレイヤーじゃない。ゲームだとしてもあまりにも牛の顔がリアル過ぎる。瞼も動いてるから被り物じゃないし。
「そこの女子、邪魔したな」
二足歩行の牛は変態コート女に頭を軽く下げると、そのまま踵を返して俺が来た道を戻り始めた。
「離せおいっ」
「却下だ。離したらお前はあの女子を襲うだろうが」
ドスの効いた低い声で牛が溜息交じりに答える。そして俺が逃げ出さないようにとより強い力で抑え込まれる。
どう足掻いてもこの牛の拘束から逃れる事が出来ず、手足をばたつかせるしかない。そうしている内に変態コート女の目の前にウィンドウが現れた。変態コート女は一切メニューを呼び出す動作をしていなかったから、メッセージでも受信したんだろう。
変態コート女はメニューを呼び出して、恐らく届いたメッセージでも見て軽く目を伏せ、メッセージウィンドウらしきものを閉じる。
軽く頭を振った後に変態コート女はメニューを操作し始める。すると身体の動きが完全に止まり、光となって消えていく。
『Log Out』
その身体が完全に光となって消えた後には、ログアウトしたと言う旨を知らせるウィンドウが無情にも先程まで変態コート女がいた場所に浮かんでいた。




