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 そのまま奈落の底に真っ逆様……とはいかなかった。

 直ぐに尻餅をついたが、どうやら傾斜が付いていたらしく、そのまま更に下へと滑って行く。

 滑り台……にしては長いな。ウォータースライダーでもここまでのはないし。何か左右の壁に松明が灯っていて明かりが確保されているのが気になる。

 これは……意図的に作られた場所か? 落ちた奴を死に戻りさせるだけならここまでする必要はないし。それこそ文字通り奈落の底へと突き落としてゲームオーバーの文字をつら憑かせれば済む話。

「ったく、一体何なん」

「ぁぁぁぁぁああああああ」

「ん?」

 後ろから声が、と言うか絶叫のようなものが聞こえたので首を後ろに回す。

「きゃぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼」

「は? サクラ?」

 そこには、俺と同様に下っているサクラがいた。少し体を縮めて。しかも、スピードは何故かあっちの方が速い。

 このままだと、俺にぶつかるんじゃないか? 幅は結構あるから、三人くらいはならべるとは思う。けど、ああやって目をつむって叫んでいたら、そして結構な速さで滑ってるなら俺を躱せずに衝突する可能性が高い。

「おっ」

 とか思っていたら、空中に放り投げられた。前方を見てなかったから終わりが見えなかったのが原因で、そのまま空中で一回転してから地面に激突する。

「っと」

 痛みが少し走るが、直ぐ様体を起こして後続のサクラをキャッチする。やや体を縮めていた体勢のまま頬り出されたのをキャッチしたら、偶然かお姫様抱っこの形になった。

「…………ん」

 恐らく、予想してた衝撃がなかったのを不思議に思い、固く閉じていた瞼を恐る恐る開けて俺の顔を見たサクラは安心したように軽く息を吐く。

「あ、ありがとうございます……」

「何でお前まで落ちてきた?」

「その……つい」

「ついって何だついって」

 何がついで落ちて来たんだよ? 下手すれば死に戻りだぞこれ。

「びーっ⁉」

「れにーっ⁉」

「お前達も来たのか」

 で、スビティーとフレニアの二匹も俺達が放り出された穴から飛んで出てきた。こいつらはもともと飛んでるから地面に激突する心配もないか。二匹は心配そうに俺とサクラを交互に見たが、無事を確認すると安堵の息を吐いた。

 で、最後に。

『私、参上』

 カンナギもどうしてだか落ちてきた。俺とは違って華麗に空中で二回転半捻り、そして重さを感じさせない軽やかさでやんわりと着地。その後すぐに俺とサクラにメッセージを寄越してきた。

「そうだな。お前も何で落ちて来たんだよ?」

『楽しそうだったから』

「落ちるのが楽しい訳ねぇだろが」

 無表情でそんなメッセージを送り付けてくるカンナギにそう突っ込みを入れておく。

 ……と自分で言ってみたものの、絶叫系のアトラクションが好きな奴もいるので一概にも言い切れないか。勿論、俺は絶叫系アトラクションは嫌い……と言うよりも大の苦手だ。

 あんなのにのったら……はく。

 ただ、ウォータースライダーは平気なんだよな。自分で調節出来るからか? 兎にも角にも何にもならずにただ滑るだけなら酔う事も無いので今の俺は至って平常だ。

『所で、何時までお姫様抱っこしてるの?』

「ん?」

「えっ」

 小首を傾げたカンナギの疑問に、そう言えばまだサクラを抱えたままだった事に気付く。

「~~~~~~~~~~っ‼」

「悪い。直ぐ下ろす」

 俺は顔を赤くしたサクラを直ぐに降ろして立たせる。だがサクラは直ぐ様顔を手で覆い隠してその場にしゃがみ込んでしまった。

 これは……俺がお姫様抱っこした時に変な場所でも触ってしまったからか? 咄嗟のキャッチだったからそこまで気が回らなかったな。ただ、こういうのは面と向かって謝るべきか? そのままストレートに言葉にしてしまったら、更に顔を赤らめてしまう可能性があるから、言葉を濁しながら謝るか、それとも遠回しに謝るか。あ、いや。もう謝ってはいるんだが。

『青春してるね』

「びー」

「れにー」

 一人考えていると俺にだけカンナギがメッセージを送って寄越し、何時の間にか隣りに来ていたスビティーとフレニアが目を閉じて何度も頷いている。いや、別に青春してないと思うが? ただ純粋にゲームを楽しんでいるだけだし。

「悪かったよ」

「~~~~」

 俺は一人と二匹を無視してしゃがみ込んでいるサクラに再度謝るが、反応が返ってこない。これは……時間を置いてもう一度謝った方がいいか。

「それにしても」

 と、俺は改めて落ちてきた場所を見渡す。

 言ってしまえば、明るい。天井に明かりが点々と設置されていて、それがここを照らしている。

 円形の場所で、周りには深い濠が。その先に切り立った岩が幾つも並んでいる。道は二本あり、一つは上の方へと進んでおり、切り立った岩の一つに続いている。もう一つは逆に下って行っている。

 これから考えられるのは、切り立った岩はここと同じように円形……とまではいかないまでも少し広めの場所になっている筈だ。この場所からだと向こうの方が高いのでどうなっているのか分からない。下の方は同じように円形で更に上りと下りの道が三本伸びている。

 少なくとも、この場所に閉じ込められた訳ではない事に安堵する。

 で、俺達が落ちてきたのは後ろの方にある円筒形の岩からだ。五メートルくらい高い所にあるあれに開いてる穴から放り出されて、現在に至る。円筒とはいっても真っ直ぐじゃなくてグニャグニャ曲がりくねってるけど。あれって形状的に自重で崩壊したりしないのか? と疑問に思ってしまうが、ゲームの中でそう思うのは野暮か。

「他の奴等は滑り落ちて来るのか?」

 視線をサクラ達に戻してそんな事を訊いてみる。次々と同行者が穴に落ちて入ったし、そしてそれぞれのパーティーメンバーが死に戻りをしていないのはメニューを開けば確認出来るから無事だと分かる。

 なら、もしかしたらアケビ達もあのスライダーから滑り落ちてくるかもしれない。

『落ちて来ない』

 が、俺の質問にカンナギが即行で答えた。

「何でだ?」

『だって、もう穴が塞がってるから』

「は?」

 俺の後ろを指差すカンナギが無表情のままそう告げる。指された方へと目を向ければ、先程まで円形の穴が開いていた筈なのに、今はもう塞がってしまっている。これではここに滑り落ちる事は不可能。あと、外界へと続く道を閉ざされた事になる。まぁ、あそこを戻る気はさらさらないが。

「ならどうする? メッセージやボイスチャット送ってあいつらに現状を伝えるか?」

『それも無理』

 俺の提案にカンナギは首を横に振る。

『ボイスチャットは使用不可。メッセージは近くにいる人だけしか送れない』

 近くにいる奴にしか送れないのか。試しにと俺もメッセージをアケビに送ろうとするもメッセージの項目が灰色に表示されて選択出来なくなってしまっている。ツバキやカエデも方も同様でボイスチャットでも連絡不可能。近くにいるサクラとカンナギにはメッセージだけ送れる。

 何か、クルルの森のイベントの時みたいだな。

「……ん?」

 とか思っていると、前方の道からこちらに降りてくるプレイヤーの姿が。

「あ……」

 そのプレイヤーは俺を見ると口を軽く開けてそんな声を漏らす。

「あ、その」

「ちょっとこっち来い」

 俺は直ぐ様そのプレイヤーの方へと走って行き、手首を掴んでこいつの元来た道を戻っていく。

「……あー、スビティー、フレニア。お前達は来なくていい」

 俺の後ろについて来ていたスビティーとフレニアにそう言っておく。スビティーは俺が移動したからついてきただけだと思うが、フレニアは絶対にそうじゃない。目が血走ってる。

「……れにー」

「大丈夫だから。お前はサクラの傍にいてくれ。スビティーも」

「びー」

 フレニアは不服そうに鳴いたが、後は任せたとばかりに肩を胸鰭で叩いて戻って行った。スビティーも俺の言う事を訊いてくれたのでフレニアと並んで未だにしゃがみ込んでいるサクラの方へと飛んで行った。

「カンナギ。ここセーフティエリアじゃない可能性が高いから、悪いけどサクラ達のこと頼んでいいか?」

『任された』

 一人サクラの近くに立っていたカンナギにボディーガードを頼んでそのまま先に進む。モンスターが現れてもソロイベント一位がいればある程度は大丈夫だろう。

 俺は道の先にある円形の場所にまで来ると、そこの中心へと移動し、手首を掴んでいた手を離す。正直、振り解かれると思っていたのだが、こいつは案外すんなりと俺の後についてきたな。

「で」

 俺は振り返り、あからさまに敵意を向けながら尋ねる。

「何でお前がここにいるんだ?」

 変態コート女に。服装は前と変わっており、更にフードを深く被っているので一見すれば分からない。が、俺を見付けた時の声と、高低差から変態コート女だと分かった。幸いだったのはしゃがみっぱなしのサクラが気付かなかった事か。

「それは、偶然としか」

 で、変態コート女は以前とは違いよそよそしく答える。

「偶然……か」

 偶然にしても、もう二度と遭いたくも無かったがな。だが、スビティーのレベル上げが終了した時に一度遭ってしまったんだよな。直ぐログアウトしたけど。

 今回はログアウトはしない。というかしたくない。

 俺だけならするが、今はカンナギにサクラもいる。どうしてログアウトするのか? と訊かれた場合に正直に変態コート女と遭遇したから、とは言えない。カンナギなら首を傾げるだけだが、サクラには忘れかけていたトラウマを思い出させてしまうからな。

 だから、こうしてサクラ達から見えない場所まで来た。もう秘密裏に処理しよう。そうしよう。

 俺は腰に佩いたフライパンと包丁を抜こうと手を伸ばすが、それを阻止するが如く変態コート女が慌てて俺の両腕を掴んでくる。

「ちょ、ちょっと待って!」

「待たない。ここでPKしてでもお前を消しておいた方がいいからな」

 PKの汚名が被されようと構うものか。サクラのトラウマ発動するよりも何倍もマシな選択だ。力量差も以前よりない筈だから一方的な展開にはならない筈だし。最低でも相打ちに持ち込んでやる。

「御免! あの時の事謝るから本当に待って! サクラちゃんにもアケビちゃんにも謝りたいの!」

「誰がそんなの信じるか」

「信じて! お願い!」

 フライパンと包丁の柄を掴んだ俺に変態コート女は涙を浮かべながら懇願してきた。



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