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 東門を抜けた先。もう暗くなり始め、徐々に星が浮かび上がっていく空で心地よい風が吹き抜ける。道が続き、その両脇には草原が広がり、マップで名称を確認するとクルル平原東部と表示されている。

「で、見た目はほとんど北と同じだな」

 ここから見える場所だとプレイヤーは皆草原に向かって早速モンスターと戦っているのがちらほらと確認出来る。ホッピー……みたいだけど暗いから遠目だとよく分からないな。ただ、額に角のようなものが見えるから亜種か何かか?

「まぁ、出て直ぐは平原ってのは予想出来てたよ。だって北の方から東側見ても平原が続いてたし」

 隣りに立つツバキが後頭部で手を組みながら辺りを見て呟く。

「違う所は……奥の方に森が見えない代わりに山が聳えていますね」

 ツバキとは反対方向、俺の隣りのアケビの横にいるサクラが目の前を指す。そこには星空を切り取るようにそびえる黒い山。そこへと向かう為に道が続いている。

 今回のアップデートで追加された場所は山、か。森、雪原まだクリアしてないけど、俺達は踏み入る事が出来るのか? 順序とかは関係ないと思うけど、その……。

「新しいエリアは山……今更だけど私達のレベルで先に進むのって無謀?」

「まだ全員レベル20台ですしね」

 俺の心の疑問をアケビとサクラが代弁した。

 そう、東門の門番に止められなかったから進める筈。だが、あの山のモンスター達と渡り合う為のレベルになっているかと言えば、そうじゃない。

 俺達はレベル20台。雪原クリアの目安レベル55……まではいかなくてもクルルの森クリア目安の40はないとキツイかもしれない。あくまで、雪原をクリアしたプレイヤーを基準としていた場合だけど。

「まぁ、今回はあくまでどういう所か見るだけだし、セーフティエリアから出なければ大丈夫じゃね? 少なくとも、モンスターとの戦闘になっちまった場合は俺等がフォローするし。なぁ?」

「えぇ」

『もちろん』

 ツバキ、アケビ、カンナギが頼りになる事を言ってくる。俺達よりもレベルが高いし、戦闘面でも俺達より場数を踏んでるから、もしそうなった場合は遠慮なく頼らせて貰うとしよう。ただ、大丈夫そうだと思ったら俺も戦闘するが。

 尚、カンナギに至っては俺にだけメッセージを送っての言葉だった。サクラとアケビとはまだフレンド登録を行っていないらしい。

 流石に俺経由でパーティーメンバーへとメッセージ内容を読み上げるのは面倒なのでカンナギに二人とフレンド登録をしてもらった。

「山ってぇと、山道とか傾斜とかあるだろうから戦闘も平地と違うって意識しねぇと行けねぇな」

 その間に隣りのツバキが独りでそんな事を呟いていた。確かに、傾斜があるとないとだと結構違うしな。平地と同じように戦ってたら下手すると一方的な戦局に立たされるかも。ただ、傾斜の具合にもよるけど。

「取り敢えず、一回山の方行ってみる?」

「この道歩いてれば少なくともモンスターに遭遇はしないし、真っ直ぐ行けばいいと思う」

 カエデの提案にアケビは頷きながら道を一瞥する。文字通りに道は曲がりくねっておらず、そのまま山へと向かっている。まぁ、あんなにデカい山なんだから見失う方が難しいか。

 ただ、行くにしても問題はあるんだよな。

「でも、結構な距離がありますよ?」

 マップを開いているサクラはやや眉を寄せながらそれを見る。全体マップではあたかも歩いて直ぐに見えるが、それをどんどん縮小していくと自分達の点が小さくなり、俺達と山との距離を現実的にあらわしていく。

 これって、VR故の弊害だよな。現実に近くするのに距離も大事になって来るけど……移動距離が長いとそれだけで時間を取られるからな。STOは仕様上最大で六時間しかいられないからな。

 シンセの街からクルルの森へ行くのも三十分くらい、だったか? セイリー族の里を開始地点に設定してないと、攻略の時間を三十分無くしてしまう事になるし。

 これからエリアがどんどん広くなっていくとなると、何か措置が必要になって来るよな。流石に実装しないとかは考えにくい。いくらプレイヤーの驚く顔が見たいと言う開発運営とは言え、そこら辺はちゃんとしないとプレイしてる側に不満が積もっていく。下手すると離れていく原因になるし。

「歩いて一時間以上かかりそうだな……ん?」

 さて、このままのんびりと歩いて行くのか? と頭の隅で考えようとした時背後からドタタタッと言う何かが走ってくる音が聞こえてきた。

「何だ?」

 振り返ろうとしたら、首筋を掴まれてそのまま持ち上げられた。

「うおっ?」

「びーっ」

 ずっと頭に乗ったままだったスビティーが即座に離れ、リトシーの近くへと飛んで離れた。俺は逃れる事も出来ずに宙ぶらりんのままだ。首を回して後ろを見れば、そこには鳥の頭があった。

 ……鳥? にしては顔がデカいな。俺の顔よりも大きい。目がぎょろっとして蜥蜴みたいだな。鶏冠が印象的だな。

 いや、そんな事よりも、だ。俺の足を地面につける事を優先させなければ。

 攻撃……してもいいんだが、如何せんこの鳥からは殺気を感じないんだよな。どちらかと言えばイベントの時の鳥と同じような感じ。そもそもまだセーフティエリアにいるからモンスターが襲って来るって事はないし。

 あと、ツバキ達が全く攻撃しようとしてないからな。ツバキは腕組んで物珍しげに見て、サクラとアケビ、カエデにカンナギの女性陣も静々と鳥を見ている。パートナー達も同様。

「おい、離せ」

「こけー」

 なので、攻撃ではなく言葉で話すよう意思表示をすると、鳥は一鳴きして俺を離してくれる。

 着地して直ぐに後ろを向けば、鳥の全体が目に入ってくる。……いや、こいつ鳥か? 白い羽毛があるにはあるけど四足歩行で腹這い。翼はなくて前脚、後脚がしっかりしてて蜥蜴という印象が強い。尻尾ぶんぶん振ってるし。

 そして、一匹だけじゃなく後ろに更に二匹もいる。どいつもこいつも鶏冠がいやに立派だ。あとデカい。かなりデカい。巨大蛙モンスターセレリルよりもデカい。人が余裕で三人は背中に乗れる程にデカい。

「こけ」

「こけっ」

「こけけ?」

「こけー」

「こけけーっ」

「こけぇ?」

 で、こけこけうるさい。鶏飼ってるとこんな感じになるのか? とどうでもいい事を思ってしまう。

「何だこいつら?」

「コケゲ」

 俺の呟きに答えたのはツバキだった。

「お前、こいつ知ってんのか?」

「いや、名前は事前調べで知ってたけど、実際に見るのは初めてだ。つーか、横に名前含めて色々書いてあるし」

 ツバキが頭を掻きながら鳥蜥蜴を指差す。俺は覗き込むように上体を横にずらして鳥蜥蜴――もといコケゲの体の横を見る。


『コケゲのタクシー

 シンセの街⇔キリリ山

 一回100ネル   

 ※パートナーモンスターは無料です』


 確かに、何か色々書いてあるのが貼り付いている。それにプラスして募金箱のようなものが一回100ネルの下に取り付けられてる。って、タクシー? こいつら金取って人乗せて移動するのか? と言うか、往復するんだからタクシーよりもバスって感じなんだが。

「タクシー……なんですか?」

「一回100ネル」

 サクラとアケビもコケゲの横の文字を見て、首を捻る。

「移動時間の短縮にアップデートで追加した無人タクシー、らしいよ。あと、北の方でもクルルの森とクルルの横穴へと行くコケゲタクシーが出現したみたい」

 補足説明をカエデがしてくれる。あぁ、移動時間短縮の対策か。きちんと開発運営は考えてたみたいだな。

「しー」

「しー?」

「こけ」

「れにー」

「びー」

「こけっ」

「こけけ」

 で、リトシー達もちょっとずつコケゲに近付いて行く。興味はあるらしい。コケゲ達の方は首を傾げたりしている。ただ、俺にやったように首根っこを掴んだもせず、嘴で突いたりとかもしない。何で俺だけ首根っこを掴まれたのか不明だし、釈然としない。

『これで移動しよう。時間短縮』

 と、カンナギがそんな事をメッセージでのたまってきた。

 コケゲに乗って移動? 言っては何だが、勘弁だ。

 極度に酔いやすい俺としては絶対に乗りたくない。あ、いや。俺は乗らずに走って行けばいいか? でもそうするとまた待たせるような事になるしな……。

「そう言えば、言ってなかったね」

「あー、カンナギ。実はオウカはな」


『コケゲに乗りますか?

 はい

 いいえ       』


 ツバキとカエデが俺の体質の事をカンナギに告げようとしている最中にカンナギはコケゲの前に立つと表示されたウィンドウの『はい』を選択して颯爽と乗る。

「しーっ⁉」

「しーっ!」

 何故かリトシーとリークの二匹を抱えながら。いや、まぁ。もし乗るとしたら複数人で乗る必要があるし。けど、何故にその二匹をチョイスした?

「こけけー」

 とか思ってたら、コケゲが一鳴きして、一瞬で消えた。その少し後に風が吹き抜けた。

「「「「「…………………は?」」」」」

 その場にいた全員が、口を開いて一匹のコケゲがいた場所を見詰めていた。

「……えっと、確かに一瞬で目的地に到着するって書いてあったが、まさか、こういう意味だとは思わなかったな」

「せいぜい比喩的表現だと思ってた」

 ツバキとカエデの二人は事前にコケゲの情報を集めていたので、この現象についての予想を立てる。成程、乗ると一瞬で着くって情報があったのか。

『もう着いた。めっさ速い』

 で、カンナギからそんなメッセージが送られてきた事から事実だと認識させられる。

 流石はゲーム……非現実的な事を余裕でやってのけるな。

「え、えっと。オウカさん? どうします?」

 と、未だに目を見開いているサクラが俺の裾を引っ張りながら訊いてくる。

「一瞬なら、もしかしたら酔う前に着くかもしれない」

 アケビもそんな事を言ってくる。

 確かに、これだけ速いなら酔う前に目的地に着くかもしれない。ただ、その逆も有り得るんだよな。今まで以上の酔いに苛まされる可能性が。

「……乗る」

 だが、ここで悩んで時間を浪費するのは勿体ないので、逡巡する間もなく乗ると宣言する。一人だったら絶対乗らずに一時間かけてでも歩いて行くけど、今は団体行動中。我が儘を言ってはいけない。

「おい、本当にいいのか?」

「男に二言は無い」

 ツバキの心配をよそに俺はコケゲの前に立ち、ウィンドウを表示させる。


『コケゲに乗りますか?

 はい

 いいえ       』


 即行で『はい』をタップして乗る。

「あ、俺も乗るぞ」

「びー」

「れにー」

 と、俺の横に来てツバキもウィンドウを表示させる。ついでに空を飛ぶスビティーとフレニアも。あれ? 俺はてっきりフレニアはサクラと一緒に乗るのかと思ってたんだが? 何故だ?

 そんな俺の疑問を余所にフレニアとスビティーは一足先にコケゲに乗り込む。て、そう言えばフレニアがこういう移動するのに乗るのって初めてじゃないか? 四不象に乗ってた時もイベントの鳥の時も横にぴったりとついて飛んでたし。

「やめるなら今の内だぞ?」

 ツバキも背中に乗り、やや眉を寄せながら俺にそんな事を言ってくる。

「だから、二言は無いと」

 ツバキの心配をよそに、俺は一番後ろに乗り込む。前からツバキ、フレニア、スビティー、俺の順だ。

「こけけぇ」

 俺が乗ったのを確認すると、コケゲは一鳴きする。

 そして、本当に一瞬で目的地に着いた。

 …………と、思う。

 物凄く……気持ち悪い。

 一秒で何回も揺さぶられるような感覚があって、その所為で三半規管が今まで味わった事のないくらいにダメージを受けた。

 俺はコケゲが止まった瞬間に慣性の法則によって吹っ飛ばされ、スビティーとフレニアを巻き込みながらツバキの背中にぶつかり、そのまま口元を押さえる。

 もう、絶対コケゲに乗るもの…………かっ。


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