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拠点に招待したモミジちゃんは俺が菓子を作っている間、最初は見知らぬ人に囲まれて(と言ってもサクラとアケビの二人だけだが)萎縮してしまってたらしい。が、サクラとアケビの接し方とリトシー達の誘いで直ぐに緊張を解いて一緒に遊んだそうだ。
で、俺が作った苺のショートケーキとプリンを旨そうに食ってた。プリンはカラメルソースではなくホイップクリームと砂糖で煮た林檎を乗せたもので、スビティーが特に気に入ったようで一気に食ってた。
拠点に招待したのは気分が落ち込んでしまった時は甘い菓子を食べ、楽しく遊べばそれだけで気を紛らせる事が出来るんじゃないか? と思ったからだ。取り敢えず効果はあったが、食べ終えると直ぐに表情を暗くしてしまった。食べてた時や遊んでいた時は笑ってたのにな。
流石に小さい子には人見知りを発動しないらしいサクラがモミジちゃんにどうしたのか訊いてみると、どうやらパーティーメンバーといざこざがあったらしい。
喧嘩、と言う程でもないらしい。そして自分に非があったと分かっているから心から謝り、次からはそうしないようにするとも言ったそうだ。が、パーティーメンバーはあまり信用していないとか。
ここまで訊くと今までの行いがそうさせてるんじゃないか? と思いそれとなく訊くと味方の罠に掛かったり、落とし穴に引っ掛かったり、モンスターを攻撃してる最中に味方も攻撃してしまったりしていたそうだ。本人は注意をしているが、それでもそうなってしまうとか。
また、サクラとアケビからも遊んでる最中に転んだりぶつかったりを結構な回数していたという話を聞いたから、実際そうなんだろうな。
とんだドジッ子だな、と思ったし、何か引っ掛かる部分があった。が、特に考えずにモミジちゃんの言葉に耳を傾けた。
「私、どうしたらいい?」
知り合って間もない俺達に訊いてしまう程モミジちゃんはかなり気にしていて切羽詰まってたんだろうな。恐らくモミジちゃんと同年代だと思われるパーティーメンバーからすれば苛立つだけの行動だろうし。改善が見られなければ堪忍袋の緒がどんどん引っ張られて……終いにはぶち千切れる。
「……まず、【気配察知】や【観察眼】【重心移動】とかのスキルでも習得したらどうだ?」
で、そんなモミジちゃんへと俺の口から出た言葉がそれだった。
「少なくとも【気配察知】があればプレイヤーやモンスターの気配が分かるようになるからある程度はぶつかったりも間違って攻撃したりもしなくなるんじゃないか? あと【観察眼】があれば罠が分かるようになるし、【重心移動】は本来武器の振りをよくする補助スキルだけど移動にも影響するらしいから転ぶ事も少なくなる筈だ」
多分、モミジちゃんが求めてる答えとは違ってたと思う。けど、俺から言えるのはそれくらいだった。
いくら仲がよくても足手纏いになり過ぎるとストレスが溜まりまくる。パーティーメンバーの信用を回復させる為には行動を改善しないといけない。幸いにもここはSTO――ゲームの中の世界だ。ある程度の行動はスキルで改善、補助する事が出来る。
目をパチクリさせた後、モミジちゃんはおもむろにメニューを開いてそれら知覚系、補助系のスキルを習得していった。言っては何だが、SLの消費が軽く200以上だったのが気になる。スキルをあまり習得してなかったんだろうか? と一瞬頭を過ぎったがそれよりもそれくらいのSLを手に入れるくらいレベルが高い事に驚いた。
まぁ、単に俺よりもやり込んでるからレベルが上なんだろうと思ってあんまり深く考えなかった。
それらのスキルを習得して装備し、実際に効果があるかどうか確かめる事となった。とは言っても、俺達と一緒に遊ぶだけだったが。
結論から言えば、効果はあった。
転ぶ事は無かった。転びそうになったのは何回かあったが、それでも手を付いてそのまま前転したりして無事に着地。ぶつかりそうになったら華麗に跳び越えたりスライディングして股下を潜ったりした。
何か凄いアグレッシブな動きだった。そして避ける毎に活き活きとしていった。動きだけで言ったら俺よりも、そしてアケビよりも速く最小限の動きだけをしてた。
無駄な動きが無かった。とでも言えばいいか。絶対にそこらのモンスターではダメージの一つも与える事は出来ないと感じた。
その動き故に鬼ごっこでは終始鬼になる事は無かったし、ケードロではしつこい警官として追い駆けてきた。リトシーとサクラは即行で捕まって、脱獄させようと近付いても回り込んできて遠くへと追いやられる始末だった。
結局、その後は終始遊ぶだけで終わったけどモミジちゃんの心は晴れて自身が付いたみたいで、笑顔で分かれた。まぁ、これでパーティーメンバーとの仲が戻ればいいか。少なくとも今までと同じようなドジはしなくなったんだからな。もう大丈夫だろうと俺達もログオフした。
それが昨日の話。
で、今日。学校も終わり、家事も終了してSTOへとログイン。今日はリトシーを連れてシンセの街へと降りた。流石に二匹とも留守番にするのはあれを最後にしようと思い、今日から交互に一緒に外に出る事にした。始めに一緒に外に行くパートナーは紆余曲折あってリトシーと相成った。決めるまで結構時間が掛かってしまったが、まだ八時だからギリギリリトシー達が眠る時間じゃない。
因みに、今日はサクラとアケビでイベントで入手した素材アイテムで装備を作るとの事で、工房に籠っている。フレニアもそちらにおり、キマイラはスビティーと一緒に遊んでいる。
「じゃあ、行くか」
「しー♪」
シンセの街へと降りて、歩き回る。取り敢えずますはあの喫茶店に行ってケーキを食べた。その後はあまり行かない方面に足を延ばしたりして入った事のない店に入って見たりもした。
「しー……」
何件か回ってるとリトシーが欠伸をして目をうつらうつらさせる。
流石に九時過ぎたからな。もう寝る時間か。今日はこれでお開きだな。
「おい、ちょっといいか?」
俺が【青土の腕輪】に触れようとした時、横から声を掛けられた。そっちの方に顔を向ければ茶髪七三分けの眼鏡男が立っていた。背は俺よりも高くすらっとして、服装は襟付きシャツのボタンを上から二番目まで外して緩く結んだネクタイにスラックス、革靴と普通に現実世界にでもいそうな格好だ。
「何だ?」
腕輪に伸ばしてた手を下げ、体ごと男の方を見る。
「お前、昨日これくらいの身長でオレンジ髪の女の子を吹っ飛ばしたか?」
男は眼鏡の位置を直した後、手を胸より下の所に水平に翳す。昨日、オレンジ髪の女の子……あ、モミジちゃんの事か。
「あぁ、確かにぶつかって吹っ飛ばしてしまったが」
「そうか」
また眼鏡の位置を直すと怪しく光り、俺を睨んでくる。
「お前が団長を吹っ飛ばしたのか」
「団長?」
「我らが機甲鎧魔法騎士団団長モミジを」
機甲鎧魔法騎士団団長モミジ……って、モミジちゃんが機甲鎧魔法騎士団の団長?
……そう言えば、昨日モミジちゃんが口にしたのとツバキが言ってた団長のドジ行動が何個か一致してる。そうか、モミジちゃんが団長なのか。だったらあの動きには納得だ。
「お前だけは絶対に許さん」
怨敵を前にした時のように低くドスの効いた声を出す眼鏡。眉間には深い皺が刻まれ、目が細められて殺気が迸ってくる。思わず身構えて相手の出方を窺う。
が、恐らくモミジちゃん経由で眼鏡が得ただろう情報は間違ってないのでこちらが反撃する権利はなく相手が攻撃してきても逸らしたりして受け流すべきだろう。悪いのはこっちだし。けど黙って攻撃を受ける理由はない。きちんと謝ってけじめもつけたし。
「……と思っていた」
だが直ぐに殺気は鳴りを潜めて軽く息を吐くと、眼鏡は眉間の皺も伸ばしていきなり直立して九十度の角度で頭を下げてきた。
「が、そんなお前の御蔭で団長が無事に戻って来てくれた。ありがとう」
「お、おぅ」
取り敢えず、昨日のあれはきちんと成果が出たようでパーティーメンバーとの仲も取り敢えず修復……は出来たんだな。
いきなりの豹変ぶりに戸惑いを隠せないが、まぁ、何にせよ殴られる心配が無くなってほっと一息吐く。




