another 06
「はぁ」
人――プレイヤーとNPCが行き交う中、一人溜息を吐くプレイヤーがいる。
歩みも何処か力無く、上の空で辺りに対する意識も散漫になっている。
「はぁ」
もう一度、溜息を吐く。
そのプレイヤーが今の所人にぶつかっていないのはプレイヤー、NPCともに当たる前に避けているからだ。
結局、自分の所為だと言うのは分かっているが、それでもあそこまで非難しなくてもいいではないか、と心の中で愚痴を零す。
自分の不注意。何時もと同じようにしてしまっただけ。
もう直ぐ終わりで、大丈夫だと思ってしまった。それが慢心、油断だと気付きはしている。同じ過ちは二度としないと誓っている。
それでも……他者からの信用は自分が思っている以上にない。
そこまで自分は信用ならないだろうか? と勘繰ってしまう。
「……はぁ」
重い重い溜息が漏れる。
こうしてシンセの街を一人で歩いているのは気晴らしにと言う想いが強いが、結局の所そう言った成果は全くなく、一人になる事で余計に頭が回ってしまい気が滅入っていく。
「どうしたらいいんだろ?」
ぽつりと呟くが、それは空気に溶けて誰の耳にも残らない。
このままではいけない事くらいは自分でも分かっている。非難され過ぎだと思うが、それは自分の所為だからとしっかり受け止めてもいる。もう同じような過ちをしないと誓っている。
しかし、それだけでは足りない事は分かっている。しっかりと行動で示さない事には、他者には伝わらない。口だけで言っても、所詮は口先だけと一蹴されてしまう。
自分自身で評する事になってしまうが、それなりに貢献は幾度となくしてきた。しかし、それらを差し引いても、マイナス部分が大きくなってしまっている。
「どうしたら……きゃっ⁉」
目をつむり、溜息を吐いた瞬間に強い衝撃を前方から受け、そのまま吹っ飛ばされて背中と後頭部を強打してしまう。それが引き金となり、涙が込み上げてきた。涙で視界がぼやけても鮮明に表示される生命力のゲージがほんの僅か減っているが、それは特に大した事はない。
「悪い。怪我は……ないけど痛かったよな」
目を開け、上半身を起こすと、そこには藍色の服を着て、腰に包丁とフライパンを引っ提げた男性プレイヤーがすまなさそうな顔で後頭部を掻き、片手を差し伸べている姿があった。
その手をただ眺めていると、男性は涙目だった事も考慮して両の手で助け起こす。
「急いでたとは言え、ここに出た時は周囲確認しなきゃな……」
そう呟きながら、男性は優しく背部を払う。が、そこでここが現実世界ではなくVR世界だと気付いたようで、埃一つなく綺麗なままの服を見て直ぐに手を引く。
ただ、男性は顎に手を当てて思案顔を作る。
「……えっと、こういう時はどうすればいいんだ? 痛いの痛いの飛んで行け? いや、VRでそれが実際効果あるかなんて分からないし」
暫く目を閉じていたが、直ぐにメニューを開いて何やら操作していく。すると、上から液体がいきなり降り注ぎ、プレイヤーがずぶ濡れに……ならなかった。代わりに痛みが直ぐに引いた。
「取り敢えず、効果ありそうだよな、これ」
視界の上部を見ると、先程吹っ飛ばされた事でほんの僅かに生命力が減っていた分が回復していた。
「あ、いきなり悪い。君に生命薬を掛けた。これで痛みが和らいでくれるといいんだが」
男性は遅れながらも説明をする。
「本当、悪かった」
そして頭を下げて謝罪をしてくる。
「……打ち所、悪かったか? まだ痛むか? 怖かったよな」
顔を覗き込み、更に心配してくる男性の言葉に首を横に振る。怖さ自体は無かった。何せ、前方を碌に確認もせずに歩いていたので、恐怖する瞬間を目にする事も無かった。
また、ぶつかっただけで恐怖する程、やわでもないとそのプレイヤーは自負もしていた。
男性がそう思ったのは多分、未だにそのプレイヤーが涙を流している事が心配の種となっているからだろう。男性は立ち去る事もせず、目線を合わせる。
「もしかして、迷子?」
更に問い掛けてくる男性にまた首を横に振る。一人で歩いていたが、決して迷子ではない。そう見られる理由は察しているが口には出さない。
「えっと、じゃあ……………………どうしたんだ?」
泣いている理由を訊いて来るが、プレイヤーは口を一文字に閉じて答えようとしない。原因は分かっているが、これは自分でどうにかするべきだと思っているから、見ず知らずに男性に吐露すべきでないと口を閉ざしている。それでも、誰かに訊いて貰いたいと言う気持ちはある。男性には知られずにいるが、胸の内では葛藤している。
「何も言わないと、分からないんだが……」
困り顔を作り、頬を掻く男性。これ以上ここにいても男性を困らせるだけで、そして自分の葛藤も収まる事はないと判断し、その場から立ち去ろうとする。
「友達と喧嘩でもしたか?」
が、そんな男性の一言でつい肩を震わせてしまう。
「……そうか」
男性はその挙動で何かを察したらしく、目を数秒閉じた後、改めて目を真っ直ぐと合わせてくる。
「この後、時間あるか?」
先程までと違う質問に少し驚くも、涙を拭きとりながら頷く。
「じゃあ、ちょっとついて来てくれるか?」
男性は優しく微笑みながら手を差し伸べてくる。恐らく手を繋ぐ為だろうと思いゆっくりと手を近付ける。別に無理矢理連れていかれようとしても、対処は出来ると言った理由も勿論あるが、この男性がプレイヤーに対して全く害意がない事が一番の理由だ。
あくまでも、直感での話だが。
手と手が触れると、男性が優しく握り、目配せをしながら歩いて行く。
何処に連れて行くのかと思えば、食材アイテムが売っている店であった。中では野菜は勿論の事、肉類や調味料までも置いてある。
男性はその中から小麦粉、砂糖、卵、牛乳、苺、林檎、バター等を買い、店を出る。
「……そう言えば、他プレイヤーを招待するのは初めてだな」
店を出て直ぐに男性はそう呟きながらメニューを開いて操作していく。
「対象は……そうだ、自己紹介がまだだったか。俺はオウカ。よろしく、モミジちゃん」
どうして自分の名前が分かったのだろう? とプレイヤー……モミジは首を傾げながら男性――オウカの顔を見ていると目の前にウィンドウが表示される。
『プレイヤー:オウカから招待されました。
オウカの拠点への招待を受けますか?
はい
いいえ 』
拠点への招待。モミジは目をパチクリさせてウィンドウに書いてある文字を読む。
「あぁ、君の名前は生命薬を掛ける時と招待する時に表示されたから、分かったんだ。で、来てくれるか?」
オウカの問い掛けにモミジはウィンドウの『はい』をタップする事で答えた。その行動にオウカは一瞬目を見開いて驚くが、直ぐにそれは鳴りを潜める。
ウィンドウが消えるのと同時に視界が暗転し、モミジはオウカと一緒にシンセの街から洞窟の中へと移動した。
ぽっかりと空いた天井から日が差し込み、青く光る壁がとても綺麗な場所だ。小川が流れ、太陽が当たる場所には草が生えている。特徴的なのは空間の中央に巨大な岩が聳えている事だろう。
モミジはオウカに手を引かれながらその岩へと歩いて行く。その岩の付近では二人の女性プレイヤーとパートナーモンスター達が遊んでいるのが見て取れた。
「ただいま」
ある程度岩に近付き、オウカが帰ってきた旨を告げると、そこにいた全員の視線がオウカに注がれる。
「しー!」
「びー!」
「うぐっ」
オウカの胸に球根のようなパートナーモンスターと蜂のパートナーモンスターが突っ込んでいき、そのまま後方へと突き飛ばした。突き飛ばされる瞬間にオウカはモミジの手を離して二次災害が起こるのを防いだ。
「おかえりなさい。オウカさ……」
「おかえり、オウカく……」
倒れるオウカへと近付いて行く二人の女性プレイヤーは、はたと立ち止まるとモミジへと視線を向け、そしてオウカへと戻す。その眼は半分閉じられていた。
「その子は?」
「もしかして、誘拐してきた?」
その言葉にパートナーを横に退かしたオウカがややむすっとした表情を作りながら否定をする。
「俺を犯罪者にするな。ちゃんと同意の上連れて来たんだから」
まぁ、そう思われても仕方のない事だろう。なにせ、モミジの外見は小学生なのだから。モミジとしても、女性の一言でいくら害意が感じられないとは言え、これがVRではなく現実世界だったら危ない事だと分かり、少し顔を青くする。
「取り敢えず、皆と遊んでてくれ。今菓子作って持ってくるから」
そう言って、立ち上がったオウカは岩へと進み、扉を開けて中へと入って行った。
モミジは見知らぬプレイヤーとパートナーに囲まれ、仲間が一人もいない状況に陥り、漸く独りの不安が募っていった。




