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一言、ぽつりと零す。
「追い付けるのか? これ」
開始早々、少し立ち止まってしまったが怪盗を追い駆け始めた。その結果、いや関係ないかもしれないが怪盗と自分の力量の差を見せつけられてしまった。
怪盗はどんどんと俺を引き離していき、もう二十メートルくらい開いている。可笑しい。これ程まで速度に差があったか? 確かに怪盗は前回のイベントで本気で走っていなかったのは分かっている。けど、これはありなのか? と言うか、クリアさせる気あるのか?
『00:09:47』
まだ十三秒しか経ってないが、このまま曲がり角へと行ってしまったら、そこで終わりだ。その角を俺も曲がったとしても、怪盗が次に何処に向かったのか分からなくなってしまう。
夜と言う事もあって、街灯の光に照らされているがあまり離されてしまうと視認さえもしづらくなって追い駆けるのが困難に。
様子見と言うのが目的だったが、それ以上に驚きが胸の中にひしめいている。何でここまで速いんだよ? 怪盗は? ここまで速くないと盗んだ宝を持って逃げられないとかか? もう敏捷極振りのプレイヤーくらいしか追い付けないんじゃないか?
「あ」
そうこうしているうちに怪盗が角を曲がってしまった。これで俺が追い付ける確率がほぼゼロになったな。
「……逃がすか」
リタイアと言う単語は彼方に吹っ飛ばし、怪盗の曲がった角へと一気に向かう。
流石に体力は減っていくので、追い続ける俺は全力では走れず、更に所々で休憩を挟まないといけない。体力回復の料理アイテムもあるが、今回は様子見なので使わなくていいだろう。
角を曲がれば、やはりと言えばいいか怪盗の姿は無かった。
「何処行った?」
俺は立ち止まって奥の方に視線を動かす。
この先は真っ直ぐ伸びる道の他に路地裏へと向かう道が何本も横に伸びている。どれか適当に選んで走っても怪盗に遭遇する可能性は低い。
どうする? どうやって見失った怪盗の後を追う?
少なくとも、これは現実とは違って、ゲームの中だ。そしてクリアが出来るクエスト。クリア出来るような救済措置のようなものが用意されてても可笑しくはない。
これは追い駆けっこだ。それも、シンセの街全体を舞台にした大規模な。駿足の一人に対して見失ってしまったら次に出逢えるのは偶然を待つしかないようなものだが、あの驚く顔が見たいと信条を掲げている運営がそんなの用意してくれているか甚だ疑問だ。しかし、一回目のチェインクエストでは五人いれば確実にクリア出来る裏技が存在していたから可能性はゼロじゃない筈だ。
現実とゲームの違いと言えば、ステータスがある事。体力が表示されているからバテる前に休息を取る事が出来る。あと、魔法が使える。魔法で【初級風魔法・補助】を使えば敏捷が一時的に上がり、追い駆けるのも容易になるけど、万人向けじゃない。俺みたいに魔法自体が使えないプレイヤーもいる筈だからな。
他にはスキルアーツが使えるが今回は意味がないと思う。アイテムも使えるのは体力回復で持久力をある意味で底上げ出来るな。……他にはメニューが開けて、そこで様々な項目を選べるが……。
「……マップ」
俺はそこまで考えを巡らせると、メニューを開いてマップを表示させる。
縮小して自分の周りだけ映していたマップを徐々に拡大させていく。
すると、現在進行形で動いている【怪盗ドッペン】と表示された白半分黒半分のマーカーが映り込んだ。今少し奥にある路地裏を進んで、別の道に出た所だ。
思った通り、マップに怪盗の現在位置が表示される。これを頼りに追い掛ければ、少なくとも見失う事はなくなる。
それどころか、先回りも可能じゃないかこれ? 角で待ち伏せして、出会い頭にタッチすればそれだけクエスト達成だ。
「……やってみる価値はある、か」
俺はマップを表示させたまま怪盗は追わずに、怪盗の進路から行きそうな場所へと先回りする。
路地裏を進んで別の道へと出て、また別の路地裏へと入る。
怪盗の速度は変わらずに一定で、所々で曲がって進行方向を変えていく。
法則性が無く、完全にランダムに動き続けているから先回りも容易じゃない。運よく同じ道に行ける確率もあんまりないなこれ。怪盗の動きが分かるから余計に焦りが出て来るな。
マップを見て追い駆けるもしくは先回りするのは必勝法ではない事は分かったけど、今の俺には頼るのがこれしかないので、めげずに先回りをしようと怪盗とは違う道を駆け巡る。
怪盗と巡り合う事も無く、刻一刻と時間が過ぎ去っていく。
『00:01:09』
残り一分を切ろうと言う所で、漸く怪盗に不意を突ける位置に出た。
怪盗が走っている道は暫く一本道で、俺はその道の路地裏へと続く最初の道にいる。
「……チャンスだな」
様子見で始めたが、あわよくば捕まえてクエストを達成させたい。
……いや、よく考えたら俺だけがクリアしても意味無いんじゃないか? カーバンクルの召喚具を一番欲しているのはアケビだし、アケビのいない今たった一人でクリアしてもパーティーに反映されず俺だけ次のチェインクエストに進んでしまう。
「まぁ、いいか」
なったらなったで、俺がクリアした方法を二人に言えば。それで同じようにクリア出来るとは限らないが、何も情報が無い状態で始めるよりもしやすい筈だ。
と、そんなこんな思っているとあと二十メートルで怪盗がここまで来るな。
俺は足に力を入れ、残り二メートルになったら一気に出て行くつもりだ。道の真ん中を疾走しているから目の前に来た瞬間に駆け出しても触れる事は出来ないので、少しばかり早めのタイミングで出る必要がある。初速が速ければ触れる事くらいは出来る筈だ。
残り十五……十……七……六……五……って待ておい。
俺と怪盗の距離が残り五メートルになった途端、怪盗は踵を返して逆走し始めた。
ふざけるな。今まで逆走してなかったのに急にするんじゃない。
と愚痴を零しても意味がないので慌てて出て怪盗を負い始める。もう五十秒も切ってしまったから先回りは諦め、もう全力疾走で追い駆けるしか手段は残されていない。
が、追い付く気配は微塵もない。距離は開くだけで、駄目だ。
『00:00:00』
「残念だったね。この勝負は僕の勝ちだ。では、さらばだっ!」
十分と言う時間が経ち、クエスト不達成となった。前を行く怪盗は高らかに勝利を口にすると上空から舞い降りてきたドリットの脚を掴んでそのまま夜空の彼方へと消えて行った。
暫くして俺の視界が黒く染まり何も見えなくなる。視界が回復した時には、博物館の扉の前に突っ立っていた。
流石はゲーム。一度失敗しても直ぐにもう一度クエストに挑みたいプレイヤーへの配慮と言う訳か。
「でも、もう一回やっても触れる事が出来そうにないんだよな」
軽く息を吐いて先程の怪盗の動きを思い出す。
俺が隠れていた場所の前を通過せず、その手前で引き返した。それまでは引き返す事なんてせずに前を進んでいたのに、だ。つまり、怪盗の方も何かしらの方法で俺の位置を捕捉している可能性があると言う事か。
怪盗はNPCだ。俺達プレイヤーと違ってマップを開く事が出来ない。マップ以外の方法だと、何がある?
もしかしたら感知系のスキルとかを持っているのかもしれない。気配察知とか十里眼とか、そう言うスキルが無いと怪盗稼業は辛いだろう……と個人的に思ってしまう。
あと他に考えられるのは。
「……あの蝙蝠か?」
蝙蝠……ドリットは追い駆けっこ開始直前で怪盗から離れて空を飛んだ。もしかしたらあいつが怪盗に俺の位置を教えてたのかもしれない。
そうなると、ドリットをどうにかすれば俺にも勝機が見えてくる訳か。
「でも、どうやって動きを封じる?」
暫く考え、結局一つしか方法が思い浮かばなかった。取り敢えず、その方法を試してみて有効かどうか確かめる為に再度【怪盗からの再挑戦状】を始める。
開始前までのくだりは先程と同じで、怪盗は普通に扉から出て来る。その後の台詞も同じだ。
「さぁ、そう言う訳で準備はいいかい?」
怪盗は宝珠を抱え、ドリットが何故か翼をはばたかせて一匹だけで空を上って行く。
「スタートだ」
「くらえっ」
怪盗の合図と同時に、俺は空を上って行くドリット目掛けて【シュートハンマー】を繰り出す。最初に倒してしまえばこっちのもの。そう考えての行動だ。
宙をくるくると回転しながらドリットに向かって行くフライパン。追尾性能はないが、軌道を予想して放った御蔭で当たりそうだ。
が、当たる寸前でドリットはフライパンの方に向いて口を起きく開いた。
すると、フライパンは急に動きを止めてそのまま下に落ちていく。一体何が起きた? 訳も分からないでいる俺を余所にドリットは何事も無かったかのように上空へと消えて行った。
既に怪盗も見えなくなっており、慌ててマップを開いた所で倦怠感が襲い掛かってくる。
『スキルアーツの再現に失敗しました』
投げたフライパンをキャッチするのを忘れてしまった所為で【AMチェンジ】のデメリットが発生し、体力が全部なくなり、生命力が二割減った。
「……はぁ」
溜息を吐きながら、俺は踏ん張る事をせずにそのまま俯せになるように倒れる。
体力が回復し、先回りして今度は近付いた怪盗目掛けて【シュートハンマー】を放ってみるが華麗に避けられて失敗。
結局、またクエスト不達成となった。




