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鵺の森  作者: イヲ
第十二章・朱夏
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一、

 風を切る音がした。

 だが、その前に動いたのは占部だ。

 銀子には、「なにが起きているのか」さえ分からない。

 ただ、風が吹いた。それだけだと思っていたけれど、銀子の後ろの木がひどい音を立てて切られ、倒れた。

 月虹姫が指をさしただけだ。

 ただそれだけなのに木が切られ、倒れたのだ。


「ふうん。すこしはやるね。一発で仕留めようとしたんだけど」

「銀子」


 銀子の腕をすこし乱暴につかみ、身を寄せさせる。

 二匹の龍は唸りをあげ、月虹姫を睨んでいた。


「いいか。絶対に(・・・)離れるなよ」

「う、うん」

「おまえ、なにをしたのか分からないのか?」

「え?」


 月虹姫はにやにやといやらしい笑みで二匹の龍を見上げている。

 まるで、銀子たちの話が聞こえていないように。


「やっぱ分かってねぇか。おまえは今、私の札の龍二匹が私たちに見えている(・・・・・)

「!?」

「それが、銀子。すべてを欺く力だ」

「そ……そんなことが」

「まあ、だが時間の問題だ。奴が気づくのは」


 そう言い、占部が一枚札を取り出した。


「その間に、ケリをつける」


 言っている間にも、月虹姫のまだ幼い指がこちらを指す。だが軌道がはずれ、後ろの竹が切り落とされた。

 二回、三回とも二人に当たることがないことにようやく月虹姫は眉をひそめた。


「なにをした?」

「言うとおもうか?」


 占部が吐き捨てると、札を放った。

 それは力なく、月虹姫の足もとに落ちる――が、彼女は目を剥いてその場から離れようとした直前に、炎が立ち上った。

 立ち上った、というよりも突き出た、と言ったほうがいいだろうか。

 槍のように、地面から突き出たのだ。

 彼女が「そこにいたのなら」ケリがついただろう。


 しかし彼女はすでにそこにいなかった。

 占部が舌打ちをしたことで銀子にも気づいたのだ。


変化(・・)もしないでわたしに勝てるとでも思っているのかしら。守護龍ごときが」


 月虹姫の姿がゆらりと陽炎のようにゆれる。

 その表情は――なかった。まるでのっぺらぼうのように、顔がなかったのだ。

 白いその面は、表情がないはずなのに笑った気がした。


 ふっと、占部の手が離される。そうして、肩をそっと押された。

 足がもつれ、転びそうになるも、なんとか踏みとどまって占部の姿を見たときにはもう、占部は龍のすがたになっていた。


「占部……」


 二匹の龍を連れだって、月虹姫に牙を向ける。

 顔のない月虹姫は、まるでそれを受け入れるように大きく両手を広げた。

 背筋がぞっと粟立つ。


「占部! だめ!!」


 占部の耳には届かなかったのだろうか。

 巨大な龍は風を、炎を、(いかづち)をうみだした。その光が、風が、銀子の耳と目を焼く。

 おもわず目を手でさえぎるが、それはすぐにおわった。


「ふ……っ、ふ、ふふ、ふ」


 不気味な笑声が銀子の耳朶にふれる。

 それはすぐ近く(・・・・)だった。

 銀子の体が、がくん、と地に沈む。

 それに気づいたのは、自身が体が地に叩きつけられた痛みを感じてからだった。


「う……っ」


 鋭い爪が土に埋め込まれるのを見た。


「無駄よ。無駄。わたしには伝わらない。すべてが」


 腕を月虹姫に掴まれ、まるで人形のように放り出された銀子の姿を見た占部は、怒りの咆哮をあげた。

 

「このまま殺してもいいんだけど……それじゃつまらないよね」


(この子は、ひとの命を本当になんとも思っていないのだ。そんなこと、許されない。命は、ひとつしかないのだから。)


 くるしい体勢で、顎をあげて月虹姫を睨む。


「“離して”」


 月虹姫の体が、びくり、とふるえる。

 そして、ふるえる手で銀子の手を離した。

 直後に素早く銀子は立ち上がる。月虹姫の体を視界から外さないように十分に注視した。


「ふうん……」


 彼女は面白くなさそうに息を吐いた。自分の手を握ったり開いたりし、表情がないまま、すうっと銀子を指さした。


「!」


 占部の龍が銀子の前に立ちはだかった直後、その龍は塵となって消えてしまった。

 

「ちぇ。先に喉を潰そうと思ったのに。言葉にできないように」

「……あなたは、どうしてひとの命をそんな風に軽く見ることができるの?」

「なにそれ? だって、命なんてすぐになくなっちゃうじゃない。だから、使い捨てなの。どうでもいいの。命とか、そういうの。だってどうせ、全部終わっちゃうもの」

「終わる……?」

「人間がいる世界。この鵺の森が一緒くたになって、鵺の森の因果律もなくなる。原因がなければなにも起こらないってこと。人間がいる世界には必ず因果律が発生しているけれど、鵺の森は違う。あなたがその発端だよ。銀子」

「え……」


 顔のない月虹姫は、まるで嘲るように喉の奥で笑う。


「半妖。それが鵺の森の因果律を壊れかけさせた。だから、不倶戴天もくることが出来た。そういうこと。不倶戴天がやってくることができたのは、あなたのせい。まあ、片足を犠牲にしたんだから、因果応報ってところかしら」

「銀子!」


 聞きたくない、と耳をふさぎたくなる。

 けれど、聞かなくてはいけない。月虹姫の言っていることは真実だろう。

 不倶戴天が簡単に鵺の森にこれたのは、銀子が生まれたから。

 かがりから、鵺の森に来てしまったから。


「……私が、生まれたから。だから不倶戴天が、人間がやってきてしまった。でも、私はもう生まれてしまった。私が死んで、すべてが元通りになるなら、簡単なことだよ。でも、私が死んだって、妖たちはもう、もどらない。だから、生きる。生きて、懺悔し続けるしかない!」

「因果律が完全に壊れた鵺の森と因果律のある人間の世界が一緒になったらどうなると思う? あなたは懺悔どころじゃなくなるよ。死んでも詫びることができないくらい! あはははは!!」

「――どうなるの」

「人間の世界に因果律のほころびができる。時空と時空がねじ曲がる。過去が未来に、未来が過去に。人間は発狂するでしょうね。そして、死ぬの。徐々に。ひびが少しずつ広がるように」


 楽しそうに、夢想するように彼女は両手を広げて声高らかに嗤った。

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