表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鵺の森  作者: イヲ
第十一章・琥珀の蝶
97/129

十一、

 八龍は巨大な剣を振りかざし、鴉たちを次々に葬っていった。

 ほぼ、瑞音と藤の出る幕はなかった。

 瑞音は諜報を得意とし、藤は門番だ。

 ほかの妖を「殺す」ための式神は、八龍と数人しかいない。

 

 20人の鴉は、もうすでに全てが息絶えていた。

 

「那由多様はいかがされている、瑞音」

「問題などありましょうか。――今のところは、ですが」

「私は一応、那由多どのの部屋へ戻ります。月虹姫の気配もありませぬし」

「そうですね。また鴉が襲ってくるかもしれませんが、八龍もいますし、大丈夫でしょう」


 藤が背をむけ、屋敷に向かっている最中、八龍は油断なく周りを見ていた。

 彼の性格をよく分かっている瑞音は、それでも索敵をし始める。

 鴉の全容は分かっていないし、何人いるのかも分からない。

 そして――那由多の精神力がなくならないかぎり、八龍たちは「死なない」。

 何人来ようと同じことだ。

 だが、だからといって自ら傷つくような攻撃もしない。それは那由多の精神にかかわることだからだ。


「那由多どの。20人の鴉どもは全て消しました。八龍と瑞音は、まだあの場にいます。そのまま待機でよろしいでしょうか?」

「ああ……。そうだね。そのままにしていておくれ。……月虹姫の気配はまだのようだね」

「ええ。私にも、分かるほどの気配です。それは間違いないでしょう」

「心配なのは、占部と銀子だが……。どうしている?」


 藤はすこし遠くを見るように目を細め、うなずいた。


「落ち着いているようです」

「そうか。ならいい。藤。悪いがふたりの様子を見ていておくれ。銀子は今、まだ不安定だ」

「承知いたしました」


 ふ、とそこから消えた藤を見送ってから、のこった那由多は丸窓を見上げた。

 そこは黒く塗りつぶされている。鴉がこちらを覗いているのだ。

 しかし、入ることは出来まい。

 那由多はのぞき込む鴉から視線をそらして、目を閉じる。

 糸が、ぴん、と張る。

 鴉が十数人侵入してきたようだ。


 八龍と瑞音だけで十分だとおもうが――。

 那由多はもう一枚、札を取り出した。


夜霜(よしも)。頼むよ」


 札から実体化した式神は、妖艶な女だった。

 白い着物に黒い帯。凍えそうに冷たい色の瞳。

 俗に言う、雪女が夜霜だった。


「那由多様。久しゅうございますね。この夜霜、どれほど待ちくたびれていたか」

「それは悪かった。だが、今回はきみ好みの鴉がたくさんいるだろう。それで許してはくれないか」


 真っ白な髪をゆたかに結った夜霜は、考えるそぶりをして、妖艶にほほえんだ。


「ようございます。許して差し上げましょう」

「先に瑞音と八龍が行っている。そこで落ち合っておくれ」

「承知いたしました」


 優雅に腰を折ってかしづいてから消え去った夜霜を見送る。

 くら、とめまいを感じたが、気づかぬふりをした。


「頼むよ……」







 

 銀子と占部がいる場所にも、鴉は襲ってきた。

 

「占部……大丈夫?」


 鴉はおおよそ10人ほど襲ってきただろうか。

 だが、すべて占部が片付けてしまった。

 死体がそこらじゅうに散らばっているが、銀子は決して目を背けようとはしなかった。

 これが「現実」だからだ。

 「欺き」ではない。

 

「ただの雑魚だ。しかし、月虹姫はなにを考えているんだかな」

「……月虹姫……。……ん」


 今まで感じたことのないめまいを感じ、手で頭をおさえる。

 なにかが地面を這っているような、不気味な感覚が彼女を襲う。


「銀子? どうした」

「すこしめまいがしただけ。それに……なにか、いやな予感がする」

「……月虹姫か?」


 背筋が凍るような感覚。

 銀子自身の足が動かすことができないほど、すくむ。

 

「気配は……月虹姫一人だけ。ほかの鴉たちはいない」

「そうか。おそらく、那由多が検知して瑞音のところによこしたんだろ」

「無事だといいんだけど……」

「あのな。私たちが相手をするのは鴉の親玉だぞ。自分の身を守ることも考えろよ」

「う、うん……。……!!」


 さく、と、葉を踏みつぶす音がする。背中に氷をあてられたように体がふるえた。


(来た……。怖がってはおわりだ。すべてが開けてしまう。)


 無意識のうちにおもう。

 月虹姫の「ねがい」が叶ってしまったら、鵺の森は滅んでしまうだろう。

 鵺の森は、銀子の居場所だ。大切な居場所だ。

 それを守るのは当たり前のことだろう。


 占部はその音がする方向を睨み、銀子の前に足を踏み出した。

 夏のはずなのに、風がつめたい――。


「ごきげんよう」


 あきらかに少女の舌足らずな声なのに、銀子の背は冷たく震える。

 千早に緋袴を身につけた少女――月虹姫は、まるで親しい友人に出会ったようにほほえんだ。


「結界に阻まれたけれど、それほど苦労しなかった。わたしが一番恋しい人の結界だもの。そっと、傷つけないように抜けだしてきたの」

「恋しい人……?」


 銀子が問うと、月虹姫はにこりと再び無邪気にほほえんだ。


「わたしが一番愛している人は――那由多よ」

「……!」

「だから、わたしにとってもあなた、邪魔なの。だから、死んでちょうだい」


 足を踏み出したのは、占部が先だった。

 札をとりだし、それに息を吹きかける。

 それは炎でできた、自らの眷属のような――龍二匹をうみだした。

 銀子が見た占部の龍の姿とおなじ大きさだ。


「あら。邪魔をするの、守護龍。まあ、そうじゃなくちゃ面白くないけれど」

「これは遊びじゃねぇ。本気の殺し合いだ。そっちもその気にならなけりゃ、那由多の所に行く前に死ぬぞ」


 炎の龍二匹は咆哮をあげ、月虹姫を威嚇する。

 だが少女はくすっと少女らしく笑っただけで、赤い瞳を占部へむけた。


「もちろん、わたしは本気よ。だから、那由多の場所へ行く前に、銀子と占部。あなたたちの首を手土産にしなくちゃ」


 おぞましい――ひどくおぞましい笑みで、瞳をほそめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ