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鵺の森  作者: イヲ
第十一章・琥珀の蝶
96/129

十、

 鴉や波達羅盈からの強襲は、今のところないと月江が那由多に伝えた。

 約7日、なにもないことになる。

 なにもなければないでいいのだが、静かすぎるのが不気味だ。


「早く仕掛けろとは言わねぇが、嫌なもんだな」

「……周到に用意しているのだろう。すでに孤月の君の力が継承されてしまったことも鴉たちは知っているだろうしね」


 那由多の体調はだいぶ回復したようだ。

 カガネに礼を言わなければならないねと笑っていた。

 そのおかげか、那由多の敷地内全体に結界を張ることも出来たという。

 大抵の鴉は、那由多の屋敷にさえたどり着けないという代物らしいが、四六時中張ることができるとは、末恐ろしい男だ、と占部は思う。


「銀子はどうしてる?」

「ああ――。伊予姫の所にいるみたいだよ」


 占部は無言で立ち上がり、那由多の部屋から出て行こうとすると、彼に呼び止められた。


「なんだよ」

「きみにも礼をしなければね。ありがとう。占部」

「おまえに礼を言われる筋合いはないが」

「銀子を守ってくれただろう。心も、体も」

「……おまえから言われたからじゃない。私が決めたことだ。銀子を守ると」


 ふ、と那由多はほほえんだ。

 まるで、そのことばを待っていたかのように。


「重ねて言うけれど、銀子を頼むよ」

「分かっている」

「死なせないでくれ」

「……」


 以前から、分からなかったことがある。那由多がなぜ、これほどまでに銀子の心配をするのか。

 だが、おそらく――聞いても、無駄だろう。

 那由多はそういう男だ。

 彼の部屋を出て、伊予姫の木がある中庭へむかった。




 中庭には、銀子が伊予姫にふれて、なにかを語りかけているようだった。

 占部はいったん立ち止まり、その姿を見つめる。

 うっすらと、昼の月が出ていた。

 

「あれ? 占部、どうしたの」


 ようやく気づいたのか、銀子がこちらに振りかえる。


「なにを話していたんだ」

「……いつくるんだろうって……。伊予姫も、まだ分からないみたい」

「おまえはそんな心配しなくていいんだよ」

「でも、ほかの妖たちにも危害が加わってしまうかもしれない。不倶戴天のときみたいに、早めに分かればいいのに……」

「だから、月江に糸を張らせたんだろ」

「どういうこと?」


 銀子は、いまだ月江の力のことも知らないのだろう。

 もっとも、彼女の力はむざむざ言うことでもない。

 糸を張り巡らせ、だれかがそれに「触れる」ことで、月江が検知するという至ってシンプルなものだ。

 だが、那由多の式神の術式で、ふれたものを「転移」させることができるという。

 それ故に、ほかの妖に危害が加わることはないだろう。おそらく、だが。


 それを説明すると、銀子は目に見えてほっとした表情をした。


「そうなんだ。よかった」

「おまえな、ちっとは自分のことを考えたらどうだ。鴉共に殺されるかも知れないんだぞ」

「……殺されるかも知れないけど、でも私のせいでほかの妖たちが傷つけられることがないなら、それでいいよ」

「よくない」


 この娘はやはり、いまだ――自分の命を軽く見ているのだろう。

 母に道具とみなされた銀子の傷はいまだ癒やされていないのだ。


「おまえの命はおまえひとりの命じゃないと言っているだろう。おまえが、おまえの口で言ったはずだ」

「そうだけど――でもね、私は私のせいでだれかが死んでしまうのが怖い。それは私がいちばんゆるせないこと」

「そうさせないために私がいる」

「――うん」


 ありがとうと笑う。

 それが、壊れてしまわないようにと願う。


「……?」


 その表情が瞬時に疑問に変わる。

 どうした、と問うひまもなかった。


 地面がゆれる。

 びりびりと、足に振動が伝わる。


「きたか!」


 占部は低い声で唸り、空をみあげた。鴉が――大量の「鴉」が空を覆いつくしていた。

 遠くからでもみえる。

 目は白く濁り、狂気をたたえている。

 ぎゃあ、ぎゃあ、と、耳障りな声で鳴く鴉たちは、なにかを探しているようだった。


「私を探しているの……?」

「十中八九そうだろうな。見つかるのも時間の問題だ。那由多の所に行くぞ」

「うん」


 急いで屋敷の中に入り、那由多の部屋へ向かう。

 そこには、那由多が難しい表情をしてすわっていた。

 だが、ひとりきりではない。

 久しぶりに見る瑞音(みずね)と、兜をかぶり、鎧をまとった大きな男性、そして藤がそばに控えている。


「ああ、気づいたみたいだね。幸い、いまだ鴉たちは銀子を見つけられていないようだ。だが、それもいつまでもつかわからない。わたしの敷地内に――20人の鴉が侵入した。見つけられる前に仕掛けよう。瑞音、八龍(はちりょう)、藤。行けるね?」

「承知」


 三人の式神は深くこうべを垂れ、すうっと消えてしまった。

 占部と銀子にすわるように促した那由多は、険しい表情でくちびるを開けた。


「まあ、噂をすれば影と昔から言うしね。……いいかい、よく聞くんだ占部、銀子。月虹姫も動き出したようだ。おそらくこれが月虹姫を打ち倒す最後の機会だろう。彼女も焦っている。そして――喜んでいるだろう。自らをも騙せた、孤月の君の力をも手に入れることができる、と」

「お母さんの力もほしがっているの?」

「――一番(・・)ほしいものは別だ。だが、手に入れたいと思っているだろうね。彼女は鵺の森、そして人間の世界の境目をゼロにするために、動いているのだから。言霊の力、夢見の力、そしてすべてを欺く力――。それがあればその境は簡単に没落する」

「……」


 ぞっとする。

 そんな恐ろしい力が、銀子のちいさな体の中に渦巻いているとは。


「だが、それは最悪の結果だ。そうさせないために、占部がいる」

「で? 私はなにをすればいい。月虹姫の相手か?」

「きみでさえも荷の重い相手だ。できるかい?」

「やらなきゃやられるだけだ。愚問だろ」


 それは悪かった、と那由多がほほえんで、銀子に視線をむけた。

 彼女は背をのばして、彼のいうことに耳をかたむける。


「きみは占部のそばにいてほしい。危険だろうが、もし、可能なら――その力を発揮させて欲しい。きみにとっても、辛いことだろうけれど」

「やる。私は、もう恐れない。鵺の森を守るためだもの」

「……わかった。ありがとう、銀子」


 占部は立ち上がり、銀子の手をとったが、銀子はひとりで立ち上がった。

 少しあきれたような顔をした占部だったが、すぐに歩き出す。

 銀子がいる場所に月虹姫は現れる。

 ならば、すこしでも広い場所がいい。


 ふたりは、竹林のなかの開けた場所へむかった。

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