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鵺の森  作者: イヲ
第十一章・琥珀の蝶
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八、

 月江はすでに準備をするために屋敷から出て行った。那由多も疲れたのだろう、休んでしまった。

 銀子たちが眠るにはまだ早い時間帯だ。


「那由多をどうやって起こしてくれたの?」

「口止めされている。あまり聞いてやるな」

「? うん」


 カガネから口止めされているのは本当だ。

 おそらく、王の義務から外れているからこそ、口止めされているのだろう。


「でも、よかった。那由多、戻ってくれたから」

「まあな。言っただろ。殺しても死なねぇ奴だって」


 夜、すこし蒸し暑い外。

 伊予姫のいる中庭で、銀子は空を見上げた。

 星々がきらめく夜空は、彼女を見下ろしているようだった。

 さみしくない、と思う。

 けれど、さみしくないのは星々があるからだけではない。

 となりに、占部がいるからだ。


「私、半妖だからって、占部にまた距離を置かれるのかと思った」 

「……悪かったよ。もう、そんなことはしない」

「半妖は、鵺の森にも人間の世界にもいないんだね……」

「どこにもいない。半妖は、強い力を持つ妖と見る力を持つ人間がいなければ、生まれない。それぞれが中途半端なら、その半妖はすぐ死んでしまうからな」


 縁側に占部が座ると、銀子もそれに倣った。

 銀子の存在――自分の存在をどう受け止めていいのか、まだ分からない。


「私は……私をどうやって受け入れればいいのかな」


 呟いた言葉は、銀子自身がずっと思っていたことだった。

 人間だと思っていたときも、見ることができた自分をどう受け入れればいいのか、それさえ分からない子どもだ。

 自分で考えろ、と言われるのがおちだと思っていたけれど、占部は不器用に銀子の頭に手を置いた。


「受け入れることは難しい。それが半妖であればなおさらな。私にとってはおまえがおまえであれば、それでいい。受け入れることができないのなら、私が受け入れる」

「え……」


 すでに銀子の頭には彼の手はなかった。

 ただ占部はそっぽを向いて、赤い幣がゆれた。


「どういうこと?」

「分からねえ奴だな!」


 彼はなぜかひとりで怒っている。

 それでも、銀子の手を握りしめた。


「!」


 その手はとてもあたたかかった。

 痛まないほどの強さで握られた手。そこに占部の気遣いがうかがえる。

 それが、とてもうれしい。

 その手を見下ろしてから、占部の顔を見上げる。

 もう、どこか違う場所を見てはいなかった。

 銀子をまっすぐ見据えている。


「おまえはそのまんまでいいんだよ。無理に心から変わろうとすることもない。私は、今のままのおまえが――」


 占部の声が、だんだんと小さくなってゆく。言いづらいことだったのだろうか。

 わざとらしい咳払いをして、すっとたちあがる。


「そろそろ寝ろ。おまえも疲れただろう」

「あ、うん……」


 そう言って、占部は立ち去ってしまった。

 呆然とそれを見送ってから――伊予姫の幹にそっとふれる。

 声は聞こえてこなかったけれど、銀子のなかで何かが芽吹いた。

 さんごではなくて、あたたかい何かが。




「何を言っているんだ、私は……」


 自室に戻って、片手で顔をおおう。


「馬鹿な。まだ、十数年しか生きていない少女だぞ」


 ひとり畳の上に座り込んで、無意味に背中をまるめる。

 ふいに、襖のむこうがわにだれかがいることに気づいた。

 ――那由多だ。


 嫌な予感しかしないが、もう一度立ち上がって開けてやると、予想通り那由多が立っていた。


「なんだよ。もう体はいいのか?」

「ああ、またいたずらな式がわたしを起こしてくれてね……」

「ああ!?」


 まさか、あの言葉を聞いていたとでも言うのだろうか。


「まあ、座って話そう。わたしも、立ちっぱなしはまだ辛い」


 座布団を投げてよこすと、那由多は特別怒らずに受け取った。そして律儀に座布団の上に座る。


「素直に問おう。きみは、どう思っているんだい。銀子のことを」

「……別に、どうも」

「嘘はきみらしくないね」

「なら聞くな。これは私の問題だ。おまえが口を出すことじゃねぇだろ」

「そうだね。だが、わたしは銀子が心配なんだ」


 白い前髪からのぞくエメラルド・グリーンの瞳は、どこか憂えているようにも見えた。

 銀子のこと。

 彼女は、まだ自分のことを受け止め切れていない。

 だからこそ、不安定なのだ。

 そこにつけこむことをするな、と那由多は暗に言っているのだろう。


「言うつもりはねぇよ」

「言うなとは言わないよ。ただ、銀子を頼みたいだけだ。彼女を、どうか哀しませないでくれ。わたしが言いたいのはそれだけだ。……たとえ孤月の君の呪術のせいだとしても、わたしは彼女を守りたいとも思っていた。けれど、その役はわたしではない。――きみだ。辛い力を受け継いだ銀子を守れるのは」

「……ああ」

「似ているのかもしれないね。きみの心と、銀子の心は」

「……」

「あの子は、誰かに認められたいと思っている。そして、純粋だ。心が澄んでいる。つぐみの湖のように。だから、どんな心でも、受け入れるだろう」

「何が言いたい」

「銀子のことをおもうのなら、素直にきみの思いを告げたらいい」

「私は……」


 那由多はすべてを知っているようだった。

 言うべきか言わざるべきか、迷うことはない。

 なぜなら、占部はだれかを恋うことなど、初めてだったからだ。

 

 那由多の式神は、「かわいいところもあるものですね」と笑っていた。


 けれど、ことはそう簡単なことではあるまい。

 占部は、守護龍だ。

 鵺の森を守るという使命がある。

 その存在が「だれかのもの」になってもいいのかどうか、迷っているのだろう――。

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