表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鵺の森  作者: イヲ
第十一章・琥珀の蝶
93/129

七、

「力は人を堕落させる。だが、おまえは決してそんなことはない。無理に押しつけられた力だ。哀しむなとは言えない」

「……」


 銀子は後ろを向いたまま、肩をおとした。

 カーヴをえがく髪の毛が、ゆっくりと風に揺れる。


「だが、哀しまなくてもいいように、私がおまえを守る。今度こそ、おまえの心も守る」

「……占部」


 波達羅盈のいる「かがり」にあった銀子のこころは、銀子自身で取り返した。

 母である孤月の力で。

 それが助けになるとは皮肉だと思う。

 けれど、それがなければ心は取り返せなかった。

 それが辛いのだ。


「もう、なくさなくてもいい」


 すべて嘘だった。

 虚像だった。

 母も、祖父も。

 そしてほんとうの母も、銀子にとって、虚像にしか過ぎなかったのかもしれない。

 そう思っていたほうが、彼女にとって救いになるだろう。

 だが、おそらく銀子はそれさえ――道具として扱われることさえも、事実として飲み込むのだろう。

 逃げなかったのだ。

 自分から。真実から。

 それでも、力を得てしまった。

 「欺く」力を。


 そうっと、銀子はなにかを恐れるように振り返った。

 目は赤く、長い間泣いていたのだと知る。


「やっぱり、泣いていたんじゃねぇか」

「……」

「おまえに、渡したいものがある」

「……なに?」


 占部は首にかけていた琥珀の首飾りを銀子の手においた。

 

 飴色にかがやく琥珀は、銀子の手の上でかすかに熱を持った。


「あたたかい……。これは、なに?」

「おまえの父親の、形見だ」

「お父さんの!?」


 なごりの涙が、すっとほおを抜けた。

 大きな瞳が、琥珀をじっと見つめる。


「どうして……。お父さんは人間なんでしょう? どうして、占部が持っていてくれたの?」


 占部は言いづらそうに、そっぽを向いた。

 そして、暁暗と共に人間の世界におりたのだと、伝える。


「暁暗と……。じゃあ、お父さんの家はあったのね? 誰かいたのね?」

「ああ……。おまえのばあさんがいたよ」


 彼のすこしだけ嫌そうな口調を聞いて、やはりあの「虚像」だった祖母と同じく、銀子を否定していたのだな、と理解した。

 それでも、それ以上にこの手の上の琥珀の、あたたかさが嬉しかった。

 まるで肉親で唯一、父が銀子を認めてくれているような気がしたからだ。


「ありがとう。占部。うれしいよ」

「……そうか」

「暁暗にも、お礼を言わないと」

「……那由多も待っている。もう入れるだろう(・・・・・・)

「那由多!? 那由多がいるの!?」

「ああ、まあな」


 占部は銀子に背をむけて、目を細めた。

 まだ、これでおわりじゃない。

 波達羅盈もまた、なにか術を張り巡らすかもしれない。

 そして、今回の件で月虹姫も動き出すだろう。

 コトという撒き餌が失敗したのだから。


「那由多! それに、月江も!」

「銀子。ほんとうに、無事でよかった」

「ほんとうに。私もそちら側に行った甲斐があったよ」

「ありがとう。ふたりとも。心配をかけてごめんなさい。私……」


 那由多はふらつく体をひきずるように立ち上がって、銀子の前に立った。

 すぐにでも倒れてしまいそうな那由多だったが、彼女に心配をさせないように、細心の注意を払った。


「いいんだよ、銀子。きみはなにも変わってはいない。力を得ても、なにも」

「まだ、私分からないよ。この力を、どうすればいいのか……」

「この力は、きみのご母堂から受け継がれた力だ。酷だが、それは自分で考えねば。その力は、銀子。きみのものなのだから」


 銀子の瞳は、まだ揺らいでいる。

 不安なのだろう。重すぎる力を受け継いでしまったことが。


「銀子」


 ふっと、風のような声を出したのは占部だった。

 琥珀の髪飾りを握りしめたままの彼女に、ことばを紡いだ。


「これからは、私は私の意思でおまえを守る。だから、もう手の届かない場所に行くんじゃねぇぞ」

「……うん!」

「おやおや、私たちはお邪魔だったかしら。那由多?」


 那由多はそっとほほえんで、銀子の頭をしずかになでた。

 そして彼女の視線にあわせるように膝を折る。


「きみはひとりきりではない。きみはきみのために生きるんだ。忘れてはいけないよ。もう、きみの命はきみだけのものではないのだから」


 そうだ。

 銀子の命を大切にしてくれるひとたちがいる限り、ひとりだけの命ではないのだろう。


「いいかい、銀子。これからおそらく、鴉たちが押し寄せてくるだろう。きみの力がより増す前に消すために。月虹姫も動くはずだ」

「……うん」

「きみは、強くなったね。かがりからここにきたときより、ずっと。強い意志を感じる」

「ほんとう?」


 彼は再びほほえんで、すっと立ち上がった。


「占部。銀子を頼むよ。おそらく、彼らが襲ってくるのはそう遠くはないだろう」

「ああ、分かってるよ」

「月江。きみに、ひとつ頼みがある」

「なんだい?」

「このあたり一帯に、糸を張り巡らせて欲しい。いつ何時、襲ってくるか分からない。もし、きみの糸にふれる鴉がいたら、わたしは即座に結界を張る。誘い込むんだ。ここへ」

「いいのかい。そんなことをして。この屋敷、バラバラになってしまうかもしれないよ」

「なに、構わない。また建て直せばいい。銀子は占部が守ってくれるだろうから、わたしはなにも心配はしていないよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ