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鵺の森  作者: イヲ
第二章・すゞね
9/129

三、


「……?」


 銀子が書いた札を、つまむように取り上げられる。その目は、まるで見えないものを見るように目を細めて、じっと札に穴が開くほど見つめていた。


「どうしたの」

「那由多のやつ、分かってて私に託したんだな……」


 どこかいらいらとしたような口調で、赤い札を空中に放り投げた直後、その札がいきなり燃えはじめた。ちりちりと音をたてながら燃え、そうして一度大きく燃えひろがったと思うと、跡形もなく消える。


「私、なにかしたの?」

「……。別に、なにかしたってわけじゃねぇ」

「はっきり言ってよ。気になる」


 何故燃えてしまったのか銀子には分からない。占部とおなじように燃えたのだが、どこか違うような気がするのだ。彼の火は燃え広がることもなくおとなしくしていたが、銀子の炎はちがう。


「たしかにおまえの思いはこもっている。しかし、こりゃまた難儀だなぁ……おまえ」

「どういうこと?」

「おまえ、覚悟しとけよ。おまえの火は鴉どもを寄せ付ける」

「からす?」


 質問ばかりだが、占部はさして気を悪くすることもせず、銀子のとなりにすわった。

 占部の長い髪は、まるで畳に火が燃え広がるように見える。おもわず手が出て、畳の上に流れている占部の髪の毛をすこしつまんだ。

 それに気づいていないらしい占部は、頭をかいてあぐらをかきなおした。


「鴉とは、妖や人間を襲う妖のことだ。そいつらのことを総じて鴉と呼んでいる。まあ、奴らもネットワークってやつがあってな。犯罪者の集まりみたいなもんだ」

「その妖たちを寄せ付けるって……」

「おまえは、どうやら力がある代わりに引き寄せちまうみたいだな。なんでかは分からんが」

「……」


 目の前にある、赤い札。おそらくこれは書けば書くほど、薬にも毒にもなるということなのだろう。身を守るための札にもなるが、引き寄せる札にもなる。

 なら、それでも札を書かなければいいのではないかと問うも、占部はそれでは身を守ることもできないと答えた。

 銀子は人間だ。

 そのせいでもあるのだろう。

 

「まあ、おまえは力があるんだし、プラマイゼロってところなんじゃねぇの」

「龍なのに、プラマイゼロって言葉知ってるんだね。へんなの」

「ああ? 変!? この私が変だと!?」


 子どものように怒っている占部を無視して再び指に墨をつけ、赤い札に印を描いていく。

 そのうちに、占部は声を上げることはなかった。気配を消すように、じっとあぐらをかいている占部は、ただ銀子の背中を見つめている。


 音が聞こえてくるような気がした。

 この部屋は窓がなく、閉ざされている。それでも、鳥が羽ばたく音や、椿の花が落ちる音。魚がはねる音や、風の音。

 その音たちが銀子の力になってくれている気さえ、した。


 それからどれほどの時間が流れただろうか。

 人差し指の爪の間に墨が入り込んだころ、札にすべて印を書き終えた。畳の上には真っ赤な札が散乱していて、まるで血だまりのようにも見える。


「おわったよ、占部」

「そうみたいだな。これを切らさないようにしろ。切れそうになったら、私に言え。しかたがねぇから用意してやる」

「うん」


 うなずき、乾いた札をひとつにまとめた。両手で持てるのが精一杯の厚さになっている札を占部がよこせというので、そのまま渡す。彼は受け取った札一枚にピンで穴を開け、銀子の胸元に留めた。


「こうすりゃ、少なくとも心臓は守れる」

「……心臓は……」

「手足がもげても、心臓が残ってれば死にはしないだろ」

「……」


 そう言う問題ではないと思うのだが。手足が取れてしまっても、いくら心臓だけ守られるとはいえ、死んでしまうこともあるだろう。

 まるで名札のようで不格好だが、最小限守れるのなら、文句は言えない。


「じゃあな。そろそろ私は自室に帰る。ここでじっとしてろよ」

「う、うん」

「いいか。おまえは鴉どもにいつ襲われるか分からない。力があるがまだ力の使い方は分からないだろ」


 そう言い残し、部屋から出て行ってしまった。ひとり残された銀子は、文机のうえに置かれている札を見下ろす。赤い札は燃えることなく、ただ静かに鎮座していた。


「……」


 ふかく深呼吸をして、立ち上がる。畳の上をゆっくり歩いて、長持のなかを見下ろしてみるが、なにも入ってはいなかった。

 桐箪笥の中を見ると、水銀のような色のポットのようなものを見つけて、それをそっと取り出す。たくさんの文様が刻まれているそのポットは、何に使うのだろう。お茶や水を入れるにしては、形がおかしい。とてもゆがんでいる。

 たぶん、これはポットではないのだろう。何に使うのか分からないから、箪笥にふたたびしまった。

 箪笥のなかに、他にもうなにも入ってはいない。


「ひまだなぁ」


 行儀悪いが、畳の上に両足を放り投げる。せめてここに窓があったら、すこしの気晴らしになるのだろうけど。

 ふと、襖の向こう――廊下を何かが歩く音が聞こえてきた。まるで、四つ足の動物が歩いているかのような音をしている。

 襖をそっと開くと、暗い廊下を歩く何かが見えた。


「……たぬき?」


 たぶん、あれは狸だ。ちいさくてまるまるした狸が、急ぐように歩いている。

 銀子はそっと音を立てないように部屋から出て、そのあとを着いていくが、狸の目的がなんなのか分からない。足音をたてないように追っていくと、かすかな光が見えてきた。

 たぶん、あれは玄関だ。


「出たいの?」


 玄関の下駄箱のあたりで戸をがりがりと掻いている狸に問うと、首を上下に振って、肯定している。

 こちらの言葉が分かっているのだろう。ずいぶん利口な狸だ。

 引き戸を引いてやると、狸はその隙間からするりと出て行ってた、と思われたが、石畳のうえでこちらをじっと見つめている。


「なに?」


 見つめている狸は一回飛び跳ね、またたく間にヒトのかたちに変化した。

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