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鵺の森  作者: イヲ
第十一章・琥珀の蝶
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二、

 銀子のあとをついていくように、それは占部のかたちになったまま、歩いている。

 それはとてもいやだったが、やめてほしいと言ってもやめてはくれなかった。


(とても悪趣味だ。)


 こっそりため息をつく。占部はそんな陰険な目をしないし、口はすこし悪いけど、そんなに辛く当たらない。


「どうしてついてくるの」

「どうしてってそりゃ、ここは俺の居場所だし、そばにいなければ食いっぱぐれることになるだろう? せっかくのご馳走なのに」

「私はあなたなんかに食べられたりしない。岩戸を開けてみせる」

「ま、やってみることだね」


 ヨルの国という場所は、本当に真っ暗闇だった。ただ、ずっと向こうにある岩戸への入り口の光を頼ることができた。

 最初は歩いても歩いてもたどり着けなかったのに、この人がきてから、着実に近づきつつある。


「もうすこしだ……」


 占部の姿をしたものは、なにも言わなかった。ただにやにやと意地の悪い笑みを顔にくっつけているだけだ。

 今は、気弱になるときではない。

 ぜったいに開けるのだ。あの岩戸を。

 

「銀子。銀子はなぜ生きているんだい?」

「……口車にはのらない」

「ちょっと気になっただけなのになあ」


 ちぇっと、かわいくない舌打ちをして、それでも律儀に銀子のあとをついてくる。


(何で生きているのか、か……。)

(私は生きていたいから生きている。それでは答えにならないのだろうか?)

(そのほかに、なにか理由がいるのだろうか……。理由がなくてはいけないのだろうか……。)


 銀子にとって、それはまだ未知の領域だった。

 何のために、何故生きているのかなど銀子の若さの前では、まだとおい星のようなものだ。

 そう簡単に掴もうと思っても掴めるものではない。


「ついたね」


 それからどれほど歩いただろう。すこし不自由になった足でも、休みなく歩けたのは不思議だった。この体は実体ではないからだろうか――。


 岩戸への入り口をそっと開ける。

 その感触は、冷たい鉄のようだった。それを力一杯ひくと、そこは洞窟のようだ。

 まるで、光の御子がお隠れになった場所のようだ、と銀子はふと思った。

 そして、天手力男命がわずかに開いた岩戸を思いきり岩戸を吹き飛ばし、御子の手を引いたのだ。



 けれど、銀子は光の御子ではないし、ここは明るい。外もおそらく、明るい場所だろう。

 銀子はただの半妖の少女で、だれかが手伝ってくれるはずもなく、ひとりでうちがわから開けなければならない。


 岩戸まではそれほど遠くなかった。入り口から見える程度だ。

 もちろん名の分からないその人もついてきて、銀子の背中を見ている。

 その人はもう、なにも喋ることはなかった。無論、銀子からも何かを尋ねることもしなかった。


 岩戸にそっとふれる。

 それは、「岩戸」の名にふさわしく、ごつごつとしている。きっと、本物の岩なのだ。


「これが岩戸なの」

「そうだよ。銀子に開けられるかな? この岩戸を」

「開けてみせる」


 岩と岩の間に指を差し込もうとしても、そこには隙間もなにもなかった。ぴったりと、岩と岩がくっついてしまっている。けれど、ここにあるはずなのだ。外への出口が。

 銀子は慎重に、あるはずの隙間をさぐった。

 ここは、明るい。

 だから、岩に体をぴったりとよせて、わずかな隙間を探す。


(あるはず。外への入り口となる鍵が……。)


 占部に化けた人の視線が、銀子のせなかを突き刺す。それでも、銀子はその視線に負けずに、必死に探した。


(私は、ヨルの国から出なければ。出て、それから――。)

(私は占部に会いたい。)


 ふっと思ったことがきっかけかどうか分からないが、かすかな隙間が見当たった。

 銀子は体を岩戸にくっつけて、その隙間をのぞいた。

 外は光にあふれていて、鵺の森に違いなかった。

 かぐわしい、野のかおり。

 夏の木々の、濃いかおりがする。


「へえ、見つけられたんだ。えらいね。今まで数人しか見つけることが出来なかったのに」


 軽い口調でいう占部の姿をしたひとを無視して、隙間に手をあてる。

 けれど、そう簡単には動かすことが出来なかった。

 分かっていた。簡単には開けられないことを。





 占部は、首にかけた琥珀の首飾りを握りしめて、カガネの城にふたたびおとなった。

 暁暗は連れては来なかった。暁暗は暁暗で、やることがある、と笑っていた。

 おそらく、波達羅盈のいる「かがり」にいくのだろう。



 那由多を起こしたのは、ほとんど無理矢理だった。

 カガネの血を分け与えた意味は、那由多がカガネの始祖だったからだ。

 鵺の森ができあがって間もなく、那由多は鵺の森によって地に落とされた。

 やがて、那由多は「王」という存在を意思に則って創り出したのだ。


 王という存在を創り出し、そしてカガネの代まで延々と命を紡がせた。

 それがカガネにとって「あるじ」というゆえんだった。

 その子孫(子孫と言って正しいのかどうかは分からないが)の血を那由多のいる湖に溶かせば、栄養となって目ざめる手はずだった。

 そう、成功したのだ。

 那由多を目ざめさせることに。だが、無理矢理眠りから起こしたのだから、力が完全には戻っていなかった。

 故に、那由多の自室で安静にしている。

 精神を半分にして、かがりに行き、そして半分は鴉が屋敷に入ってこられぬよう、結界を施している。

 もしも、力が完全だったなら、波達羅盈から無理矢理にでも銀子のこころを取り戻すことが出来ただろう。



「また、ぼくに何か用か。占部」

「いいや。お前には用はない。用があるのはコトだ」

「コトだと? ぼくの妹姫に何用だ」

「あの女は、ヨルの国の住人と共謀しているだろう」

「なんだと!?」

「那由多が言っていた。コトはヨルの国に行ける、唯一の巫女(おんな)だ。疑って何が悪い。あの女は、住人と共謀し、銀子を喰おうとしている。岩戸を開けても開けられなくてもな。あいつらは餓鬼だ。いつも腹を空かしている。どちらにせよ喰ってもよいと言うのなら、喜んで喰うだろうな」


 占部の目は、カガネを食い殺そうとするほどに、怒りに燃えていた。

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