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鵺の森  作者: イヲ
第十章・ユキサの主
80/129

八、

 占部は、どこかで感じ取っていた。

 銀子がとらえられたということを。


 ぎしり、と歯が軋んだ。

 そして、後悔をした。あのとき、銀子を強く引き留めていれば。


 そして――目の前にあらわれた暁暗をにらむ。


「言い訳はしないよ、占部どの。銀子は波達羅盈さまに捕らえられた。おそらく、このままでは――」

「……」

「このままでは、彼女のいいように扱われるだろう。人形のように。そして、最初に言っておこう。占部どの。あんたを彼女がいる場所まで連れて行くことはできない」


 それは分かった。

 占部は波達羅盈がいる場所には行くことができない。

 占部は鵺の森に縛られている。魂をも。だからこそ、あの空間に行くことはできないのだ。


「……では、銀子を見殺しにする気か。暁暗。おまえ、私が言ったことを忘れたとは言わせねぇぞ。その喉笛、食いちぎってやる」


 暁暗はだらりと手を下げて、「わかっているよ」と囁いた。

 そういう男だ。占部という龍は。


「その前に、すべてを打ち明けさせてくれ。銀子のご母堂のことを。父君のことを。すべて」

「……許してやる」






 銀子は、望まれた子どもだった。

 そう、鵺の森にとって。

 父は人間、母はうつくしい玄狐(くろぎつね)だった。

 北斗七星の化身と言われる、玄狐は、人間界におりて、たびたび野山を駆け巡っていた。

 そして――哀しい瞳をした男に恋をした。

 その男は家族も友人もおらず、孤独だった。社会というものにはじき出された存在。

 男の名は、橘一叶(かずき)と言った。

 一叶は、おのれの名が嫌いだった。今まで、願い事が叶ったことなどなかったからだ。

 いつか叶うだろうと、必死に勉学にも、スポーツにも取り組んだ。

 しかし、どれも中途半端だった。


 橘の家は厳しかった。

 出来の良い兄。出来の悪い弟というレッテルを貼られ、一叶はずっとひとりぼっちで野山を歩いた。

 野山に咲くささやかに美しい野花が好きだった。

 だが、摘もうとはしなかった。

 やさしい男だった。とても、哀しいほどに。それはおそらく――もう、なにも望まない男だったからかもしれない。


 鵺の森からやってきた玄狐――「孤月」は、女に化けたままの姿で、一叶と出会った。

 一叶は一瞬で、この女は人間ではないとはっきりと分かった。


 そして、約束をすることもなく、たびたび逢瀬をかさね、やがて、恋に落ちた。

 どちらかが先に、というわけではない。

 いつの間にか、と言ったほうが正しいかもしれない。


 それから一年がたち、孤月は銀子を身ごもった。

 それと同時期に、一叶は死んだ。

 交通事故だった。


 なんて、はかないのだろう。

 なんて、命は短いのだろう。


 孤月は思い、鵺の森のもうひとつの世界、波達羅盈がいる場所――「かがり」という場に戻った。

 孤月はかがりの「女王」だった。

 そう、ユキサの一族のあるじだったのだ。

 側近だった波達羅盈は、孤月を叱咤した。

 人間との間に子をなすとは、と。即座にその腹の中の子を殺せと迫った。

 けれど、孤月は首を振った。


 もう――孤月は狂っていたのかもしれない。

 最初で最後の恋と愛。それをうしなった狐は。


 彼女は狂気に満ちた目で、波達羅盈を見た。


 この子は、鵺の森を守る存在になる。

 そのためだけの存在に。

 だって、そうすれば一叶が戻ってくるような気がするから。

 その手で、わたしに触れてくれるような気がするから。

 あのひとが守れなかったものを、わたしが守る――。

 わたしがいちばん大切な、鵺の森を。


 支離滅裂なことばに、波達羅盈は恐怖した。

 だが思いもしない言葉に、彼女は逆に歓喜したのだ。

 ユキサの一族の主を、波達羅盈にゆずる、と。

 

 この子どもを産んだら、あなたに主の座をゆずりましょう。

 そしてわたしはこの子をはぐくみましょう。記憶を操作し、鵺の森にとってよりよい存在となるために。

 やさしい娘にしましょう。

 うつくしい娘にしましょう。

 そう、あのひとの魂のように。


 そう言って、彼女はかがりの大広間にこもった。

 やがて――2年の歳月を腹の中で育て、銀子を産んだ。




「俺が知っているのはここまで。俺は聞く力を持ってるからね。波達羅盈さまも知らない力さ。だから、聞くことも出来た……」


 そこまで語りおえると、暁暗はそっと息をついた。

 長い長い昔話。

 占部は――息をのんだ。

 銀子がいわゆる半妖ということを。

 鵺の森を守るためだけの存在だったということを。


 全身の力がぬけるようだった。

 哀れだった。

 かなしい娘だと、今まで以上におもった。


 人間の家族に捨てられたという、むごい記憶以上の「運命」。

 銀子がなにをしたというのだ。

 憎たらしかった。

 誰かは分からない。

 叫びだしたい思いだった。


「……銀子」


 かすれた声が、占部の喉からこぼれおちた。


「私は……私には、なにもできないのか……。娘ひとり、守れないというのか……」


 こぶしを握りしめる。

 悔しかった。

 できることならば、銀子の場所へ今すぐにでも駆けていって、抱きしめたかった。

 

 鵺の森を守ることができる力をもちながら、少女ひとり守れない。

 それが辛かった――。

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