七、
がしゃん、と音がする。
鳥かごの檻が落ちてきた音だった。
呆然と、その音を聞く。
重厚なカーテンの前に、檻が落ちてきたのだった。
「……」
自分がいまどうなっているのか、分からない。
鉄でできた、つめたい檻。その鉄格子に、そっと手をふれた。
その直後、低い笑い声がきこえてきた。
「言ったろう。親子水入らずで話すがよい、と。素直な娘よなあ。銀子。そなたの過去の真実はどうだったかね?」
くすっとほほえんだ波達羅盈は、檻の前で優雅に扇をくちびるに当てた。
もうなにも考えられない――。
(いや、だめだ。そんなことは、もうまっぴら。私は、生きている。ちゃんと生きるって約束をしたもの。)
「どうして、こんなことをするの? 波達羅盈」
「すこし考えれば分かることだろう。そなたの力は、これから強大なものになる。それまで、育てるのだよ。いうことのよく聞く、とてもとても――よい人形にな」
あはは、と、まるで月虹姫によく似た笑い声で、高くわらった。
わたしの人形はよい人形――。
そう歌いながら、彼女はするすると歩いていき、やがて――大広間から消え去った。
「……私は……」
どうすればよいのだろう。
いや、考えなければならない。考えないということは、生きていないこととおなじ。
「お母さん。お母さん、聞こえているんでしょう」
(銀子。波達羅盈の言うとおりになさい。わたしはこれから、あなたに力を授けます。月虹姫をも闇で覆い尽くせる、強大な力を。)
「いらない! そんなもの、私はいらない!!」
鉄と体がぶつかる音が聞こえた。銀子の体が、檻にたたきつけられた音だった。おもわず呼吸が止まる。
ふら、と体がゆれて、床に倒れ込んだ。
(いうことを聞きなさい。銀子。でなければ……。)
殺すというのだろうか?
母が、銀子の母が、娘を。
(……。これが、運命なのです。鵺の森の意思という名の、運命。それに逆らうものは、何者でもゆるされない――。)
横たわったままの母は、つい先ほどまで、とても美しいと思っていたのに、今では恐ろしかった。
とても怖くて、体がふるえる。それでも、歯を食いしばっておのれの母をにらみつけた。
「運命なんていらない。決まっている未来なんて、ない!! 私はゆるさない。ぜったいに。諦めることなんて、ぜったいに許さない!」
孤月という名の女は、もうそれ以上なにも言わなかった。
「……」
銀子の胸のうちははひどく悔しい思いと、哀しい思いでぐしゃぐしゃだった。
それでも、だめだ。
考えなくては。ここから出る方法を。
つぐみはもういない。
誰も、ここでは助けてはくれない。
檻をぎゅっと握りしめる。強くゆらしても、びくともしなかった。鉄格子は赤黒く、さびのようなものがあり、銀子の手を痛ませた。
「……!」
ふいに、衿に隠し持って、ずっと使っていなかった赤い札を思い出した。
いつ使うか分からないため、ずっとずっと身につけていたものだ。
それでも、波達羅盈は気づいていなかったようだ。
その札をとりだして、銀子は息を吹きかけた。
だが――なにもおこらない。
何枚つかっても、ふっと燃えさかると同時に消えてしまう。
「……」
銀子はぐっとくちびるを噛みしめて、無力を味わった。助けてくれる人などいない、ということが、こんなにさみしかったなんて。
それは、甘えていたからだということも分かった。
占部や那由多に甘えてきた報いなのだ。
そして、銀子は波達羅盈の言うように、彼女のいうことをよく聞く人形になるのだろう――。
ふいに、懐にふれる。
すると、もう一枚の札があった。墨で一閃を描いた、先ほどとおなじ札。
最後の一枚だ……。
「……私は、諦めない。ぜったいに諦めない……。人形なんかにならない」
自分に言い聞かせるように呟く。
ぎゅっと握りしめた札はくしゃくしゃになってしまっている。
額にその札をおしあてて、目をかたく閉じた。
暁暗は、波達羅盈と銀子の会話を遠い場所で聞いていた。
彼女がいる場所は、波達羅盈しか入ることができない。
しかし、暁暗は聞く力がある。それは波達羅盈もしらない。
「銀子……」
聞く力を持っていても、何の意味もない。化けることも、意味もないだろう。
すっと冷たい汗が背筋をつたう。
占部に殺されるからだけではないだろう。
銀子が――あの少女が、波達羅盈の人形になる。
そして、使われるのだろう。月虹姫を殺すためだけに。
月虹姫を殺したあとは――おそらく、波達羅盈の脅威になる。
脅威になる存在は、誰であろうと消す。
それがユキサの一族のやり方だ。
鴉が組織として成り立った直後に出来たユキサの一族は、ずっとこうしてきた。
なにも悪くない妖怪だろうが何だろうが、力を持ちすぎたものは消してきたのだ。
そうすることができる力を持つものが、ユキサの一族にはいるのだから――。
だが、だれが銀子を殺すのか――。それは、「よい人形」になった銀子自身に他ならない。
自分で自分の命を消す。そうだ。つぐみとまったくおなじ道をたどることになる。
「だめだ。それだけは……。占部に知らせなければ」
波達羅盈が戻ってくる前に、この空間から去った。




