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鵺の森  作者: イヲ
第十章・ユキサの主
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七、

 がしゃん、と音がする。

 鳥かごの檻が落ちてきた音だった。

 呆然と、その音を聞く。

 重厚なカーテンの前に、檻が落ちてきたのだった。


「……」


 自分がいまどうなっているのか、分からない。

 鉄でできた、つめたい檻。その鉄格子に、そっと手をふれた。

 その直後、低い笑い声がきこえてきた。


「言ったろう。親子水入らずで話すがよい、と。素直な娘よなあ。銀子。そなたの過去の真実はどうだったかね?」


 くすっとほほえんだ波達羅盈は、檻の前で優雅に扇をくちびるに当てた。

 もうなにも考えられない――。

 

(いや、だめだ。そんなことは、もうまっぴら。私は、生きている。ちゃんと生きるって約束をしたもの。)


「どうして、こんなことをするの? 波達羅盈」

「すこし考えれば分かることだろう。そなたの力は、これから強大なものになる。それまで、育てるのだよ。いうことのよく聞く、とてもとても――よい人形にな」


 あはは、と、まるで月虹姫によく似た笑い声で、高くわらった。

 

 わたしの人形はよい人形――。


 そう歌いながら、彼女はするすると歩いていき、やがて――大広間から消え去った。


「……私は……」


 どうすればよいのだろう。

 いや、考えなければならない。考えないということは、生きていないこととおなじ。


「お母さん。お母さん、聞こえているんでしょう」


(銀子。波達羅盈の言うとおりになさい。わたしはこれから、あなたに力を授けます。月虹姫をも闇で覆い尽くせる、強大な力を。)


「いらない! そんなもの、私はいらない!!」


 鉄と体がぶつかる音が聞こえた。銀子の体が、檻にたたきつけられた音だった。おもわず呼吸が止まる。

 ふら、と体がゆれて、床に倒れ込んだ。


(いうことを聞きなさい。銀子。でなければ……。)


 殺すというのだろうか?

 母が、銀子の母が、娘を。


(……。これが、運命なのです。鵺の森の意思という名の、運命。それに逆らうものは、何者でもゆるされない――。)


 横たわったままの母は、つい先ほどまで、とても美しいと思っていたのに、今では恐ろしかった。

 とても怖くて、体がふるえる。それでも、歯を食いしばっておのれの母をにらみつけた。

 

「運命なんていらない。決まっている未来なんて、ない!! 私はゆるさない。ぜったいに。諦めることなんて、ぜったいに許さない!」


 孤月という名の女は、もうそれ以上なにも言わなかった。


「……」


 銀子の胸のうちははひどく悔しい思いと、哀しい思いでぐしゃぐしゃだった。

 それでも、だめだ。

 考えなくては。ここから出る方法を。

 つぐみはもういない。

 誰も、ここでは助けてはくれない。


 檻をぎゅっと握りしめる。強くゆらしても、びくともしなかった。鉄格子は赤黒く、さびのようなものがあり、銀子の手を痛ませた。


「……!」


 ふいに、衿に隠し持って、ずっと使っていなかった赤い札を思い出した。

 いつ使うか分からないため、ずっとずっと身につけていたものだ。

 それでも、波達羅盈は気づいていなかったようだ。

 その札をとりだして、銀子は息を吹きかけた。

 だが――なにもおこらない。

 何枚つかっても、ふっと燃えさかると同時に消えてしまう。


「……」


 銀子はぐっとくちびるを噛みしめて、無力を味わった。助けてくれる人などいない、ということが、こんなにさみしかったなんて。

 それは、甘えていたからだということも分かった。

 占部や那由多に甘えてきた報いなのだ。

 そして、銀子は波達羅盈の言うように、彼女のいうことをよく聞く人形になるのだろう――。


 ふいに、懐にふれる。

 すると、もう一枚の札があった。墨で一閃を描いた、先ほどとおなじ札。

 最後の一枚だ……。


「……私は、諦めない。ぜったいに諦めない……。人形なんかにならない」


 自分に言い聞かせるように呟く。

 ぎゅっと握りしめた札はくしゃくしゃになってしまっている。

 額にその札をおしあてて、目をかたく閉じた。





 暁暗は、波達羅盈と銀子の会話を遠い場所で聞いていた。

 彼女(・・)がいる場所は、波達羅盈しか入ることができない。

 しかし、暁暗は聞く力がある。それは波達羅盈もしらない。


「銀子……」


 聞く力を持っていても、何の意味もない。化けることも、意味もないだろう。

 すっと冷たい汗が背筋をつたう。

 占部に殺されるからだけではないだろう。

 銀子が――あの少女が、波達羅盈の人形になる。

 そして、使われるのだろう。月虹姫を殺すためだけに。

 月虹姫を殺したあとは――おそらく、波達羅盈の脅威になる。

 脅威になる存在は、誰であろうと消す。

 それがユキサの一族のやり方だ。

 鴉が組織として成り立った直後に出来たユキサの一族は、ずっとこうしてきた。

 なにも悪くない妖怪だろうが何だろうが、力を持ちすぎたものは消してきたのだ。

 そうすることができる力を持つものが、ユキサの一族にはいるのだから――。


 だが、だれが銀子を殺すのか――。それは、「よい人形」になった銀子自身に他ならない。

 自分で自分の命を消す。そうだ。つぐみとまったくおなじ道をたどることになる。


「だめだ。それだけは……。占部に知らせなければ」


 波達羅盈が戻ってくる前に、この空間から去った。

 

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