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鵺の森  作者: イヲ
第十章・ユキサの主
76/129

四、

 葛籠の姉は働き者で、彼が幼くしてなくした親の代わりに朝な夕な働いた。

 しかし、無理がたたって床に伏せったのが10年前。

 そのまま、葛籠に謝りながら死んでいったのはその一年後だった。

 そしてその様子を見ていた月虹姫が、自分のもとで働けば、姉を生き返らせてやろうと笑った。

 葛籠は、その悪魔の手を取ったのだ。

 死したものは、月虹姫でさえ連れ戻すことはできないのだ。

 食べ物(ヨモツヘグイ)をたべたものは。

 それをしらずに、葛籠は必死に働いた。たくさんの妖怪たちを殺してきた。

 

 そして、今から一ト月前に知った。

 月虹姫から聞いたのだった。

 おまえの姉はもうよみがえらない。

 いや、最初から死者は私でさえも連れ戻すことはできないのだ、と声高らかに笑ったのだ。

 それが真実だと分かった葛籠は、すでに死んでいたのだ。こころが。

 姉に、腕をつかまれた。やさしい力で。

 もういいのよ、とやさしい微笑みで。

 そして、――葛籠は満ち足りたおもいで死した。

 


 それが幸福だったのかは、占部も銀子もわからない。

 もう、いないのだから。


 葛籠は、高台の墓場に埋めた。

 だれにも見つからぬように、そっと。



「……葛籠」

「哀れにおもうのはやめろ。それが葛籠にできる唯一のはなむけだ」

「うん……」


 高台に立つふたりは、蝉の声をきいていた。

 木々はむこうがわに生い茂っている。高台は、芝だけが生えていた。そこを掘り返して、石をおいた。

 ちいさな石だけれど、墓標として知っているのはふたりだけでいい。


 銀子はしゃがんで手をあわせた。

 占部はなにもしない。ただ石を見下ろしているだけだ。


「戻ろう、銀子」

「うん」


 林のなかを歩く。

 ゆっくりと、銀子の足を気遣いながら。


 ことばはなかった。

 ただ、蝉の声を聞いた。かなかなと、ひぐらしがないている。


「銀子」


 かさ、と銀子の足もとから草の音が聞こえた。

 占部がそっと彼女の腕をとり、そこから遠ざける。


「?」


 ちいさな影。

 まるまるとしたたぬきだった。


「暁暗? 暁暗なの?」

「そうだよ、嬢ちゃん。占部どの、ひさしぶりだね」

「何の用だ。暁暗」


 くるりとその場で一回転すると、ヒトのかたちをとった暁暗は、すこしだけ疲れているようだった。

 それでもくちびるを曲げて笑ってみせると、銀子を見下ろした。


「嬢ちゃん、この前は悪かったね」

「ううん。暁暗が助けてくれたようなものだよ」

「おまえ……ユキサの一族だったんだな」

「そうだよ。占部どの。ユキサの一族といっても、俺は比較的自由にやらせてもらっているけどね」

「……波達羅盈は銀子をどうする気だ……」


 うめくような占部のことばに、暁暗は眉根を寄せた。

 疲れた顔が、よけいに顔色が悪く見える。


「銀子。銀子は、ほんとうのことを知りたいと思うかい」

「……ほんとうのこと?」


 声が無意識にふるえる。

 占部は獣のように唸って、暁暗を睨んでいた。


「占部どの。占部どのが銀子のことを大切に思っていることは分かっているよ。でも、銀子には真実が必要だ」

「なぜだ……。なぜ、銀子ばかりを傷つける。真実がヒトを傷つけることもあるだろう」

「それも、必要なことだよ。まだ、俺からは言わない。そう約束しているからね……」


 約束しているのは、だれだろう……。

 ぼうっとする頭で、暁暗を見上げた。なぜだろうか。自分のはなしをしているのに、どこか他人事のようだった。


「私のしらない私をしっているの……。暁暗は」

「そうだね。でも、安心していい。いずれ、知ることになることだろうから。占部どのも、銀子の過去はしらないだろう。鵺の森とつながっている占部どのさえも知らない、鵺の森の秘密だよ」

「銀子になにをさせるつもりだ」


 暁暗はすっと目を細めて、肩で呼吸をするように動かした。


「銀子は、傷つかなければならないだろう。だが、その代わりにつぐみ以上の力を手に入れることになる。おそろしい、呪いの力をね……」

「呪いの力だと! 知っていて、おまえは知っていてなおも銀子に力を押しつけるというのか!」

「占部。私はだいじょうぶだよ……」


 ふらふらとするような、倒れてしまうような声。

 銀子自身も、自分がなにを言っているのかわからないのだろう。

 それでも、おそらくそれは真実だ。

 彼女はそういう娘なのだから――。


「私、鵺の森が好き。みんな、やさしいもの。でも、やさしいひとだけじゃないことも知ってる。だから、守りたいと思う」

「嬢ちゃん。ありがとう。嬢ちゃんがそう言ってくれることが、どれほど俺たちを救ってくれるか……」


 占部のこころのなかは、嵐のように荒れ狂っていた。

 このやさしい娘を犠牲にしても、鵺の森を守る価値があるのだろうか――と。

 守るのは、自分だけでいい。

 傷つくのも、占部だけでいい。

 そう思っていたのに、そのこころのなかに、少女が入ってきた。

 そしてやさしい温度で、占部を癒やした。

 だが――それに甘えた結果がどうだ。

 銀子は呪いの力を発現し、つぐみとおなじ道をたどってしまっている。

 彼女の力は暴走し、そしてつぐみ自身を殺してしまった。


「嬢ちゃん。今宵、またむかえにくるよ」

「暁暗!!」


 暁暗はくるりと一回転して、占部の制止をふりきるように林道を駆けていった。

 銀子の手が、そっと占部の袂をひく。

 その手はふるえていた。


「占部……」

「言ったはずだ。私がおまえを守ってみせる。波達羅盈のところにも行かせない。ユキサの一族にも渡さない。おまえは私の……」


 そのことばの先を、ぐっと飲み込んだ。

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