表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鵺の森  作者: イヲ
第十章・ユキサの主
73/129

一、

「われわれ? 暁暗のほかにも、あなたに仕えているひとがいるの?」

「そうだよ。嬢ちゃん」


 そのとき、お社について初めて暁暗は口を開いた。

 焦げ茶の瞳は真摯で、銀子を心配しているようにも見える。


「われらは鴉と対をなす、ユキサの一族。鵺の森を占部とは反対に、裏から守ってきた。ユキサの一族は鵺の森の住人でさえ知らない、影の一族なのだよ」

「ユキサの一族……? 裏から守ってきた?」


 分からないことばかりだ。

 銀子は必死に考えようとするけれど、首のひりついたような嫌な感覚が邪魔をして、うまく考えがまとまらない。


「まあまあ、波達羅盈さま。銀子はいま、魂と体が別の次元にあるんです。ぜぇんぶ説明しようたって無理でしょう」

「うむ、そうだな。わるかった、銀子。ユキサの一族は簡単にいえば、月虹姫の敵だ。姫に家族や親しいものを奪われたもの、家族が鴉に成り下がって嘆いているもの、そういったものたちの集まりだよ」


 朱色の扇をくちびるに当てて、波達羅盈はふ、とわらった。


「きみは呪者になってしまった。いのちを生むということは、呪われた子にしかできぬ、力なのだよ――」

「……なんとなく、分かってた。だって、草木をよみがえらせたあと、私の足はうまく動かなくなってしまった。それはきっと呪いなんだって……」

「嬢ちゃん。それでも、鵺の森を救ってくれたことは変わりない。足を犠牲にしてまで、嬢ちゃんは救ってくれた。そのとき、考えていたはずだ。なにをもってしても、占部どのをたすけたい、ってね」

「……!」


 はっと、銀子の瞳が開かれる。

 そうだ。

 あのときは必死で分からなかったけれど、たしかにそう思っていた。

 自分の身がどうなってもいい、と。

 それは言霊の力だったのだろうか。

 言霊の力は、呪いの力。だから、つぐみも――。


「暁暗も……だいじなひとを鴉に殺されてしまったの?」

「そうかもしれないね」


 彼はそれだけしか答えてくれなかった。

 波達羅盈を見ると、すこしだけ、苦笑いをしていた。


「暁暗は化け狸だ。真実を語ることなど、滅多にないことだよ」

「波達羅盈さま。なんてことを言うんですか。俺だってそんな嘘をついてばっかりじゃありはしませんよ」

「どうだかね。まあ、よい。銀子。そなたの過去は、そなただけのものではない。それをよくよく覚えておくように」

「え?」


 銀子は、親に捨てられた。いともたやすく(・・・・・・・)

 それだけのはずだ。彼女も、はっきりと覚えている。鬼のような形相の祖母。母。そして、冷めた目をした父。

 それらに、銀子は鵺の森に捨てられたのだ。

 これは、真実だ――。


 それが――なぜだろう。

 がらがらと音をたてて崩れ落ちてゆくように思えた。

 その崩れ落ちていく音のかたすみで、だれかが笑っているように見える。





 ふっ、と、気が遠くなったあと、彼女は目を開いた。

 そこは、見慣れた天井だった。


「……占部……?」


 銀子のとなりに、占部がすわっていた。

 とても、険しい表情をしている。


「ああ、気づいたか」

「月虹姫は……」

「気が済んだのか、どっかへ行ったよ。おまえは――ただ、気を失ったわけじゃなさそうだな」

「ユキサの一族……波達羅盈というひとにあったよ……」

「ユキサの一族だと!!」


 その単語を叫んだ占部は、黒い、喪服のような着流しを握りしめて、ぐっと歯を噛みしめた。

 彼の表情はどこか、悔しさに滲んでいるような気がする。


「そうか……。見つかっちまったか」

「でも、暁暗は……」

「まさか、奴がユキサの一族だとは思わなかったよ。奴は化け狸だ。ひとの心を躱すくらい、わけもないさ」

「……」


 こころのなかには、波達羅盈が言った「銀子の過去」のことがずしりと重たい石のようにのしかかっていた。

 それでも、占部に言うつもりはない。

 これは、銀子の問題だ。

 占部にすがっても、どうしようもないということは分かっている。


「ユキサのユキは冬の雪。サは再来の再。冬が再びやってくる。そういう意味を持つ一族だ。決して――いい意味ではないだろうな。私も、ユキサの一族のことはよく分からないが――」

「うん……」

「首、赤くなっているな。悪かった。もうすこし早く気づいていれば……」

「いいよ、私の力が足りなかっただけだから」


 銀子は首の赤みを隠すように、首をすくめた。


呪い(・・)


 くちびるが、そうかたどった。無論、銀子の。

 ぎくりと占部の表情がこわばった。


「この力は、呪いだね」

「後悔しているか」

「これは、こうなる運命だったんだよ。こうなるしかなかった。私が、呪いの力を受け継ぐしか……」


 そうだ。

 つぐみから受け継いだこの力。

 呪われた力は、銀子の身やいのちを削りながら、発現させるのだろう。

 

 (たぶん、月虹姫を殺せるのは、呪いの力だけ。波達羅盈も、呪いの力をもっているのかもしれない。)

 

 そう思ったのは、ほんとんど本能のようだった。


「銀子」


 不器用に、占部は銀子の頭にふれた。そして、ゆっくりと撫でてみせた。

 占部の手はあたたかかった。

 なにかを許してくれるような気もする。

 銀子の、あのがらがらと音をたてて崩れた過去の光景。

 あれは、何だったのだろう。

 目をそっと伏せて、おもわず銀子は占部のせなかに手を伸ばした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ