八、
そのひとは、きっと自分がただしいと思って、あんなことをしたんだ。
だから、悪いなんて思っていない。
屋敷についたのは、昼を過ぎてからだった。
藤はなにもかもを知っていたようで、おかえりなさいませとほほえんでいた。
「ねえ、藤……」
「はい」
彼女は遅い昼ご飯の準備にとりかかっていた。たすきで袖を上げ、もらった野菜を切っている。
台所に入るのは、ひさしぶりだった。
「どうされましたか、銀子どの」
「あのね、私も料理、できるかな?」
自分がただしいと思うことを、ひとに強要してはいけない。
それがその人にとって正義ではないかもしれないから。
「ええ。もちろん。私が教えて差しあげますから、一緒に作ってみましょうか」
「うん! なにを作ろう?」
けれど、せめて、銀子が占部にできることを。
押しつけがましくないことを。
占部が喜んでくれるとはおもっていない。
それでも、食べなくても生きていける占部の、その痛みに寄り添うことがきたなら。
「そうですね、初夏の野菜がこんなにもあるので――ああ、銀子どの、料理のご経験はございますか?」
「……ない。包丁は、学校の授業で持っただけ……」
「そうですか。なら、せっかくおくらがあるので、おくらのごま和えにしましょう」
「うん!」
藤はすり鉢とごまを取り出して、銀子にすり方を教えた。
銀子もたすきをかけて、ごまをすりつぶす。
その間、藤はほかの料理を作っていた。
すり鉢が動かないように、ぬれたふきんで固定し、必死にすりつぶした。
これは自己満足だ、ということを忘れないようにしなければならない。
「できたよ」
「次におくらを切りましょう。おくらはもうゆでてしまっているので、そのまま切って頂いていいですよ」
「うん」
銀子はあまり握ったことのない包丁で、慎重に切る。
それを辛抱強く見守ってくれた藤に感謝しながら、やっと切り終わったおくらを、ポン酢やしょう油と和えた。
「はい。これでできあがりです。きっと、占部どのもお喜びになるでしょう」
「そうかな……」
「ええ」
占部は、食べなくても生きていける。
だから、喜ぶということはないだろう。
「では、できあがりましたらお持ちしますので」
「私も手伝うよ」
「そうですか。ありがとうございます。では、しばらくお待ちくださいね」
「うん」
手際よく藤が皿に盛り付けると、お盆を持たせてくれた。
転ばないように足に神経を集中させて、那由多の部屋にむかう。
藤に襖を開けてもらうと、占部は畳の上で横になっていた。
「占部、お昼ごはん、できたよ」
「あ? ああ」
今まで眠っていたのだろうか。すこしだけ、眠そうだ。
机のうえに料理を載せていくと、藤が唐突に占部に話しかけた。
「占部どの。このおくらのごま和えは銀子どのが作ったんですよ」
「へえ。おまえ、料理できたんだな」
「ううん。藤に教えてもらったんだ。今まで、料理は授業でしか習ったことなかったから」
藤が出て行ったあと、ようやく箸をつけた占部は、ごま和えを咀嚼している。
それを緊張しながら見つめた。
喜んでくれるとは思っていないけれど、できたらおいしいと言って欲しい。
「うまい」
「ほ、ほんとう?」
「ああ」
嘘はついていないように見えた。
(私はなにを思っているんだろう。)
うたがうなんて。
「おまえは食わんのか」
「食べる!」
慌てて箸をつけると、たしかにおいしかった。
けれど銀子は、ごまをすりつぶし、和えただけだ。ゆでたのは藤。今度は最初から最後まですべてやってみよう、と思う。
「那由多は」
ふいに、占部がつぶやいた。
昼食をすべて平らげた彼は、銀子に視線をうつす。
「……あいつは、孤独な奴だ」
「うん……」
「だから、ってわけじゃないが……帰ってきたら、また食事をつくってやってくれ」
「うん」
「きっと、喜ぶ」
しずかに占部はわらった。安心したように。
那由多。
彼は、一体何なのだろう。
死ぬことを赦されないと言っていた。
罪を犯し、罰を受け入れてきた、とも。
「占部。那由多は、一体……」
「鵺の森にとって、重要な妖怪だ。私から言えるのは、これだけだが……。いずれ、真実をしるときがくるだろう。私からではなく、本人からな」
「……うん、そうだね」
「まあ、おまえが教えて欲しいといえば、隠さずに教えてくれるだろ」
「無理矢理には聞かないよ」
こころの奥深くに踏み込む勇気もない。だから、じっと待っているしかないのだ。
話してくれる日まで。
銀子の寿命がおとずれるまで話してくれなくても、それは仕方のないこと。
そのひとの過去や想いは、そのひとのものなのだから。
「まあ、おまえはなにも心配しなくてもいい。言っただろ。殺しても死なねぇ奴だって」
「え? あ、うん」
「じゃ、私は昼寝をする」
「うん。おやすみ」
お盆に皿をのせて、台所に持っていく。台所には藤がいて、銀子をみつけるとにこり、とほほえんだ。
「ありがとうございます。銀子どの。持ってきてくださって」
「これぐらい、やらせて。藤。私、いろんな料理、覚えたい。那由多が帰ってきたとき、料理をだせるように」
「そうですね。銀子どの。半年もあるのですから、きっといろいろな料理、お教えできると思いますよ」
「うん!」
そのあと、那由多の部屋にもどると、占部は横になって眠っていた。
かすかな寝息。
そっと近づいて、占部の顔をみおろす。
「占部は、おしえてくれるの? あなたのこと」
(あなたのことを知れたら、すこしは距離が縮まるのかな。)
(すこしは。)




