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鵺の森  作者: イヲ
第九章・影がいない
70/129

八、

 そのひとは、きっと自分がただしいと思って、あんなことをしたんだ。

 だから、悪いなんて思っていない。

 



 屋敷についたのは、昼を過ぎてからだった。

 藤はなにもかもを知っていたようで、おかえりなさいませとほほえんでいた。


「ねえ、藤……」

「はい」


 彼女は遅い昼ご飯の準備にとりかかっていた。たすきで袖を上げ、もらった野菜を切っている。

 台所に入るのは、ひさしぶりだった。


「どうされましたか、銀子どの」

「あのね、私も料理、できるかな?」


 自分がただしいと思うことを、ひとに強要してはいけない。

 それがその人にとって正義ではないかもしれないから。

 

「ええ。もちろん。私が教えて差しあげますから、一緒に作ってみましょうか」

「うん! なにを作ろう?」


 けれど、せめて、銀子が占部にできることを。

 押しつけがましくないことを。

 占部が喜んでくれるとはおもっていない。

 それでも、食べなくても生きていける占部の、その痛みに寄り添うことがきたなら。


「そうですね、初夏の野菜がこんなにもあるので――ああ、銀子どの、料理のご経験はございますか?」

「……ない。包丁は、学校の授業で持っただけ……」

「そうですか。なら、せっかくおくらがあるので、おくらのごま和えにしましょう」

「うん!」


 藤はすり鉢とごまを取り出して、銀子にすり方を教えた。

 銀子もたすきをかけて、ごまをすりつぶす。

 その間、藤はほかの料理を作っていた。

 すり鉢が動かないように、ぬれたふきんで固定し、必死にすりつぶした。


 これは自己満足だ、ということを忘れないようにしなければならない。


「できたよ」

「次におくらを切りましょう。おくらはもうゆでてしまっているので、そのまま切って頂いていいですよ」

「うん」


 銀子はあまり握ったことのない包丁で、慎重に切る。

 それを辛抱強く見守ってくれた藤に感謝しながら、やっと切り終わったおくらを、ポン酢やしょう油と和えた。


「はい。これでできあがりです。きっと、占部どのもお喜びになるでしょう」

「そうかな……」

「ええ」


 占部は、食べなくても生きていける。

 だから、喜ぶということはないだろう。

 

「では、できあがりましたらお持ちしますので」

「私も手伝うよ」

「そうですか。ありがとうございます。では、しばらくお待ちくださいね」

「うん」


 手際よく藤が皿に盛り付けると、お盆を持たせてくれた。

 転ばないように足に神経を集中させて、那由多の部屋にむかう。

 藤に襖を開けてもらうと、占部は畳の上で横になっていた。


「占部、お昼ごはん、できたよ」

「あ? ああ」


 今まで眠っていたのだろうか。すこしだけ、眠そうだ。

 机のうえに料理を載せていくと、藤が唐突に占部に話しかけた。


「占部どの。このおくらのごま和えは銀子どのが作ったんですよ」

「へえ。おまえ、料理できたんだな」

「ううん。藤に教えてもらったんだ。今まで、料理は授業でしか習ったことなかったから」


 藤が出て行ったあと、ようやく箸をつけた占部は、ごま和えを咀嚼している。

 それを緊張しながら見つめた。

 喜んでくれるとは思っていないけれど、できたらおいしいと言って欲しい。


「うまい」

「ほ、ほんとう?」

「ああ」


 嘘はついていないように見えた。

 

(私はなにを思っているんだろう。)


 うたがうなんて。


「おまえは食わんのか」

「食べる!」


 慌てて箸をつけると、たしかにおいしかった。

 けれど銀子は、ごまをすりつぶし、和えただけだ。ゆでたのは藤。今度は最初から最後まですべてやってみよう、と思う。

 

「那由多は」


 ふいに、占部がつぶやいた。

 昼食をすべて平らげた彼は、銀子に視線をうつす。


「……あいつは、孤独な奴だ」

「うん……」

「だから、ってわけじゃないが……帰ってきたら、また食事をつくってやってくれ」

「うん」

「きっと、喜ぶ」


 しずかに占部はわらった。安心したように。


 那由多。

 彼は、一体何なのだろう。

 死ぬことを赦されないと言っていた。

 罪を犯し、罰を受け入れてきた、とも。


「占部。那由多は、一体……」

「鵺の森にとって、重要な妖怪だ。私から言えるのは、これだけだが……。いずれ、真実をしるときがくるだろう。私からではなく、本人からな」

「……うん、そうだね」

「まあ、おまえが教えて欲しいといえば、隠さずに教えてくれるだろ」

「無理矢理には聞かないよ」


 こころの奥深くに踏み込む勇気もない。だから、じっと待っているしかないのだ。

 話してくれる日まで。

 銀子の寿命がおとずれるまで話してくれなくても、それは仕方のないこと。

 そのひとの過去や想いは、そのひとのものなのだから。


「まあ、おまえはなにも心配しなくてもいい。言っただろ。殺しても死なねぇ奴だって」

「え? あ、うん」

「じゃ、私は昼寝をする」

「うん。おやすみ」


 お盆に皿をのせて、台所に持っていく。台所には藤がいて、銀子をみつけるとにこり、とほほえんだ。


「ありがとうございます。銀子どの。持ってきてくださって」

「これぐらい、やらせて。藤。私、いろんな料理、覚えたい。那由多が帰ってきたとき、料理をだせるように」

「そうですね。銀子どの。半年もあるのですから、きっといろいろな料理、お教えできると思いますよ」

「うん!」


 

 そのあと、那由多の部屋にもどると、占部は横になって眠っていた。

 かすかな寝息。

 そっと近づいて、占部の顔をみおろす。

 

「占部は、おしえてくれるの? あなたのこと」


(あなたのことを知れたら、すこしは距離が縮まるのかな。)

(すこしは。)

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