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鵺の森  作者: イヲ
第二章・すゞね
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一、

「私が?」

「ああ、そうだ。きみに任せるよ」

「冗談じゃない! なんで私が!」


 畳の上にどっかりと座り、那由多に詰めよるも、彼はそしらぬふりをして、文机に視線を落とした。


「まさかおまえ、面倒くさいから私に回したんじゃないんだろうな!?」

「それこそまさか、だよ。わたしは、すこし探りたいことがあるからね。そっちで忙しいんだ。きみはいつも暇だ暇だって言ってたじゃないか」

「う……っ」


 指摘されて、おもわず口ごもる。たしかに占部はいつも暇だ暇だと言っているからか、なにも言えまい。

 しかし、那由多の「探りたいこと」とは何なのだろうか。


「なんだよ。探りたいことって」

「鴉だよ。この頃、どうにも騒がしい。きみもそう言っていただろ」

「そうだったっけ? まあいい。面倒くさいが、仕方がない。銀子の世話をしてやろう」

「ああ。よろしく頼むよ」


 那由多はそれ以上、何も言うことはなかった。これ以上ここにいても仕方がない。占部は立ち上がり、自室へと戻っていった。


 風もない夜だった。







 朝日が入ってこない。なぜならここは窓がないからだ。

 それでも、自然と起きられるのは毎日の習慣だったからだろうか。時計はなく、実際は何時なのかは分からない。


「おはようございます。銀子どの」


 いつの間にか、藤が襖の前に座っていた。

 おはよう、と返し、ひとつあくびをする。決して眠れなかったのではないが、いまだぼんやりとしてしまう。


「さあ、お着替えを。那由多どのから預かってございます」

「那由多から?」


 畳の上に広げられたのは、ぼかしをかけたあかね色の袴と、黒地の牡丹が刺繍された二尺袖。

 これを着ろと言うことなのだろう。そっとその生地にふれると、昨晩の那由多が着ていた狩衣とおなじ手触りをしていた。


「……袴なんて、履いたことないよ」

「わたくしがお手伝いします」


 肌に直接触れる肌襦袢も、絹よりも肌触りがいい。いったい、何でできているのだろう。

 藤に聞いてみても、笑っただけで何も答えてはくれなかった。


「さ、できました。裄もちょうどいいですね。那由多どのがお呼びです。隣の部屋へお越しください」

「あ、ありがとう……」


 彼女はゆっくりと頭をさげると、まるで手品のように消えてしまった。驚いたが、もうこんなことでは驚いてはいられない。


「那由多……」


 隣の部屋の襖を開け、銀子は再び驚く。

 広い部屋のまんなか――ちゃぶ台の前に座っている那由多と占部がいたのだ。

 あまりにも似合わなくて、呆然としてしまう。


「ああ、銀子。こっちだ」

「う、うん……」


 那由多に誘われるまま、ちゃぶ台の前にすわる。

 目の前に広げられているのは、白米にきれいな色の卵焼き、味噌汁に、煮物。和食でととのった朝食は、おいしそうだった。

 昨晩何も口にしていなかったからか、今更お腹がすいてくる。


「いただきます」


 銀子が手をあわせると、那由多は「どうぞ」と笑った。たぶん、那由多が作ってくれたのだろう。卵焼きに口をつけて、ゆっくりと租借する。

 とても、とてもおいしかった。

 橘の家にいたころに食べていた卵焼きとは、味付けがまったくちがうのに、とても安心する味がする。


「……」


 今さら、ひどい悲しみが銀子を襲う。何故、捨てられなければならなかったのだろう。何故、捨てられたのだろう。

 理由は分かっているのに、とてもつらい。


「銀子」


 黙ったままの銀子に声をかけたのは、那由多だった。

 彼女の肩に手をあてて、うつむく顔をのぞきこむ。緑色のきれいな目が、銀子を気遣うように細められた。


「すぐは無理かもしれないが、わたしたちのことを家族だと思ってほしい。わたしたちも、きみを家族だと思っている」

「うん……」


 那由多の気遣いがうれしいが、心の傷はまだ癒えそうにない。

 ぐずぐずしていても、食事が冷めてしまうだけだ。再び箸を持って、口に運ぶ。


「おい、銀子」

「なに?」

「これから力を使うための訓練をする。私は厳しいからな。覚悟しておけよ」

「う、うん」


 占部は白米をかきこんで、租借しながら銀子を見下ろした。真っ赤な目を見返して、頷いてみせる。


「じゃ、朝飯食ったら、とりあえず中庭に来い」

「わかった」


 それだけ言い、彼は食器をちゃぶ台の上にのせたまま、部屋を出て行ってしまった。

 食器くらい、片付ければいいのにと思うが、那由多は「いつものことだよ」と笑っている。


「たしかに占部は厳しいかもしれないが、この鵺の森でも一位二位くらいに力があるからね。腕はたしかだ」

「うん。でもほんとうに、私に力があるの?」

「あるさ。なければ鵺の森には入れない。ふつうの人間はここにいないよ」

「そうなんだ……」

「さあ、食器はわたしが片付けておくから、歯を磨いて占部の所にお行き。きっともう待っている」

「うん。わかった。……那由多、ありがとう。私を拾ってくれて」


 彼はすこし驚いたような表情をしたあと、やさしい笑みをこぼしてくれた。


「ごちそうさまでした」


 手を合わせてから部屋を出て、中庭を探す。

 この屋敷はとても広いのか、廊下が長い。部屋もたくさんあって、どこをどう行けば中庭につくのか分からない。

 まるで、お城のなかだ。



「銀子」


 うろうろとしすぎていたのか、占部の業を煮やしたような声に気づいて、足を止める。


「こっちだこっち」


 こっちとはどっちなのか分からず、前と後ろを見ても誰もいない。と、右側の襖がいきなりがらりと開き、面倒くさそうな顔をした占部がいた。

 襖の間から、中庭が見える。

 椿だろうか。木がすらりと伸びていて、苔の緑とのコントラストがとてもきれいだった。


「なにうろうろしてんだ。ほら、こっちが中庭だ」

「う、うん。ごめんなさい」 


 そういえば、と思う。何故、今椿が咲いているのだろう、と。

 椿は、まだ早い気がするのだが。それでも、きれいな赤色を誇るように咲いている。


 中庭の前に行くと、椿の木は思ったよりも大きかった。

 砂利のうえに、椿の花が散っている。

 占部は草履を履いて椿の前に立ち、それを見上げた。


「こいつは、生きている」


 と、今まで観たこともないような、真剣な顔だちで銀子に伝えた。



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