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鵺の森  作者: イヲ
第八章・破壊・くうのおと
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六、

 地鳴りが、ひびく。

 占部の咆哮。

 ちりちりとする殺気。那由多のエメラルド・グリーンの瞳が見開かれる。

 占部の怒りを見たのは、久しぶりだった。


「占部」


 那由多の声がとおい。

 不倶戴天はほほえんでいる。

 まるで、ほほえましいものを見るように。


 とがった岩が不倶戴天を襲うが、彼にはとどかない。まるで水面が彼を守っているように、はじかれている。

 楽しそうに笑う不倶戴天を睨み、占部は唸った。


「あなたは死に場所を求めている」

「……」


 そうっと、しずくを拾うように、彼は呟く。

 切れ目の瞳が、細められる。まるで、同情するように。

 地面がいっそう揺れ動き、ごとん、と不倶戴天の張った膜に衝突した岩が倒れた。


「占部。あなたの命はまだつづくでしょう。それこそが罪であり罰」

「人間ごときが分かったような口をきくな!」

「ええ、そうでしょうとも。あなたのこころというものは、常に孤独がつきまとう。みな、あなたを置いて死にゆく。あなたは孤独だ。永遠にね……」

「黙れ!!」


 占部の高い咆哮があたりにある木々をなぎ倒す。

 音波が幹を切り裂き、やがて倒してゆく。あたりに散った妖怪たちの遺体。哀れなほどに、それは黒ずんでしまっていた。

 不倶戴天の声は、占部にとっての「敵」だ。

 だが、彼の声は悠然とかまえながら、ほほえむ。


「かわいそうな龍。あなたは、永遠にひとりだ」


 占部の脳裏に彼女(・・)の顔がうかんだ。

 銀子。

 非力な、人間の少女。

 力があっても、だれかを傷つけることを恐れる、残酷なほどにやさしい少女。

 なぜ、今うかぶのだろう。

 占部は疑問におもう。


 ひとりにしないでほしい、と、言えるわけがなかった。

 鵺の森に認められたとはいえ、彼女はヒトだった存在。純粋な妖怪よりずっと、寿命は短い。

 占部にとって、刹那の命だ。

 

 占部のこころは誰にも分からない。自分でさえ。おのれの思いや思考など、時の流れに逆らうことはできない。ただただ、流れに身を任せるのみであった。

 占部。

 かなしい、永遠のときを生きねばならないことを命じられた龍。

 その命じたものが分からないからこそ――恨むこともできない。


「彼女も、あなたを置いて死んでいくでしょう」


(銀子。)



 ――彼女のことを、どう思っている?

 那由多は以前、聞いた。

 守らねばならない存在だ、と答えた気がする。

 ただ、そうでなければならなかった。

 守護龍が、とわの命を持つ龍が、非力な少女を愛すること(・・・・・)など、できやしない――。

 罪であり、罰である。

 

(ああ、不倶戴天。貴様のいうとおりだ。私という存在は、罪であり、そして罰である)

(銀子……)


 頭のなかが真っ赤に染まるような感覚に、占部はただ溺れた。





 暁暗は、銀子の瞳をのぞき込んでほほえんだ。

 安心させるように。


「俺はね、嬢ちゃん。ヒトの世界が好きだったんだ。露子がヒトだったから。彼女がすんでいるヒトの世界が好きだった。でもね、ヒトは残酷だね。銀子。ヒトは、俺を置いて死んでいってしまうんだから」

「それは、寿命だよ……。だれにも、覆せない」

「そう。だれにも覆せない。露子も、病にかかって俺と出会って2年で死んでしまった。まだ、16歳だったというのにね……」


 彼の瞳がそっと伏せられる。彼女を悼むように。

 16歳。

 銀子と4歳しか違わない。


「だからこそ、尊いんだと私はおもう。寿命があるから、時というものを大切にすることができる。一瞬一瞬を大事に考えることができる。だって、死んでしまったらすべては無意味になるんだもの……」


 それは、占部や那由多にも話した。

 思い出や記憶にしかのこらないのに、生というものに意味はあるのだろうかと、何回も考えた。

 だれかが言っていた。

 生も、無意味なものなのだと。

 死も生も無意味だったら、人間とは、妖怪とはなんなのだろう?

 なんのために生まれて、なんのために死んでいくのだろう?


(死……)


 占部。那由多。こころのなかで想う。

 死なないで、とおもう。

 そして、銀子のこころの片隅で、なんて無責任なのだろう、と自分を批難する。

 おもうのは、誰だってできる。銀子には力があると那由多は言った。それなのに彼らのために、なんの力も示すことができていない――。


「誰でも、迷うものだよ。生に、死に」

「うん……」

「だから、そこに意味があるんじゃないかい? 迷った先に、答えというものがあるのかもしれない。俺はまだ、分からないけれどね。きみには、見つけてほしいと思うよ。生きているのに無意味なんて、かなしいからね」


 暁暗のことばは、とても重かった。

 見つけなければならない。

 無意味に死ぬことのないように。

 そういった意味では、生きていることに、生かしてもらっていることに、感謝しなければならないだろう。

 けれど、いまは――とても、辛かった。

 那由多と占部はいま、鵺の森を守っているのだろう。いのちをかけて。

 

(でもほんとうは、私の意味なんて、どうだっていいんだ)

(いまは……)


「銀子」

「?」

「心配?」

「心配だよ。いまも、すぐに帰りたいくらい……」

「そうか。愚問だったね」


 そして、暁暗は口をとざした。



 その日、ゆめをみた。

 かなしい表情をした占部のゆめを。

 それでも、彼は泣かなかった。

 自分のこころが傷だらけになっても、うしなわれそうになっても。


 泣くことをわすれてしまったかのように。


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