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鵺の森  作者: イヲ
第一章・橘銀子
5/129

※四、

挿絵(By みてみん)



「よく来てくれたね。銀子」

「あ、なたが那由多……さん?」

「那由多、でいいよ、銀子。さあ、こっちにきておくれ」


 襖をしめて、白鷺が描かれた屏風を後ろに置いた那由多という男性の前におそるおそると座る。

 彼はほんのすこし笑い、きれいな緑色の目を細めた。


「つらかったね」

「……?」

「きみのことは、ずっと昔から知っていたよ。きみが生まれたときから、ずっと知っている」

「え……? 私は会ったことないよ」


 彼はくちもとに、いつのまにか握られていた扇をあてて、ふふ、とわらう。

 たしかに那由多とは、はじめて会ったはずだ。思いだそうとしても、やはりこんな変わった服装と髪の色をした人には会ったことがない。


「それはそうだ。鵺の森から先、わたしはこの姿ではいられないのだから」

「……どういうこと?」

「わたしはもともと白鷺なんだ。きみの庭先や、ちかくの水場によく来ていた」

「白鷺! それなら、私、見たことあるよ! 田んぼとか、庭先にいた!」


 銀子は興奮気味に手を握りしめて那由多に説明すると、彼はやさしい笑みで「そうだね」とうなずいた。


「……私を呼んだのは、あなた? どうして、私のことを?」

「――不憫に思えてね。きみが捨てられるということを知り、使いをよこしたんだ」

「そう、なんだ……。でも、ありがとう。ほんとうに捨てられていたら、きっと私、死んでた」


 那由多はそっとほほえんで、手が見えないほど長い袖を銀子へと伸ばす。まるで、手をとれと言っているように。さそわれるまま、その手に触れた。

 そこは、絹のようにつるつるとしていて、それでもどこか古い木のようなごつごつしているような、不思議な手触りをしている。

 たぶん、これは絹ではないのだろう。

 不思議な思いでいると、那由多はこちらの思いに気づいたかのように、くちもとを優しくゆるめた。


「わたしたちが着ている織物は、人間の手では決して作れないものだ。さて、本題に入ろう」

「ほん……だい?」

「きみは、これからこの“鵺の森”で暮らすことになるだろう。しかし、きみにひとつだけ、飲み込んでもらいたい条件がある」

「なに?」

「ごちゃごちゃ言ってねぇで、はっきり言ったらどうだ、那由多」


 襖を勢いよく開けたのは、すらりとした背をしていて、漆黒の着流し、そして潔い猩々緋の半襟を身につけた、男の人だった。

 銀子がなによりも驚いたのは、彼の燃えるような火の赤をした長い髪と、そこから覗く、龍の角、その角に赤い(しで)がくるぶしまで垂れ下がっている。

 那由多よりも、かなり変わった格好をしていて、銀子はおもわず呆然とその男を見上げた。


「だれ?」

「誰、とはごあいさつだな。まずはおまえから名乗れ……と言っても、私はおまえの名前をしっているが――。おまえ、橘銀子だろう? 私はウラベ……占いに部で占部だ」

「あ、うん……そう……です」


 一気に喋られて、ただ頷くことしかできない。

 占部と呼ばれるその人は、那由多の隣にどかっと座り、あぐらをかいた。


「条件って?」

「――ここに住む(あやかし)たちは、いい妖怪だけではない。人間に、いいものと悪いものがいるようにね。悪い妖は、人間を食うんだ。銀子。だからきみは格好のえさになる。われわれが守るのも――限界があるんだ。だから、今言おう。――きみは力をつけなければならない」

「ちから……」


 那由多は銀子の手をとったまま、もう片方の手で銀子の手のひらをふさぐ。

 その織物は体温がないはずなのに、まるでその布自体があたたかさを発しているようだ。


「まどろっこしいって言ってんだろうが、那由多!」

「一から説明しなければ、銀子も分からないだろう」

「あとで説明すればいいじゃねぇか」

「?」

「きみが話を途切れさせるから、余計まどろっこしくなるんだろう?」

「けっ」


 すねたように顔をそらせて、今度こそ占部は黙る。


「なんの力なの?」

妖を祓う力(・・・・・)だ」

「妖怪を祓う力……。だって、あなたたちも……」


 那由多はそっと目を伏せて、ほんのわずか悲しげに口もとをゆるめた。

 その隣にすわっている占部はどこかちがう場所を見て、不機嫌そうに腕をくんでいる。


「そうだ。われらも人から妖と呼ばれる類いのものだ。しかし、残念ながらわれらにも牙を向ける妖が増えてきている」

「どうして?」

「人が人を殺すように、妖が妖を殺すものもいる。そういうことだ。――昔は、ちがった。人間たちとよい関係を保っていた昔とは。人間たちが闇を奪うようになってから、妖が妖を殺しはじめてきた。それがずっと続いているんだ」

「……」


 妖が妖を殺す。

 人間が人間を殺すように。

 人間は奪ってきた。妖怪から、妖怪たちが住む場所を。それからおかしくなってきた、と那由多は言う。

 銀子はおもわずうつむいて、ぐっとくちびるを噛んだ。


「……この悪循環を止めるためにも、きみの力が必要になるだろう」

「でも私、力なんてなにも……」

「あるさ。きみの目が特異だったように、きみには力がある」

「……?」

「今は分からなくとも、おいおい分かってくるようになるはずだ」

「それで、私はあなたたちの力になれるの?」


 銀子の問いに、那由多と占部は驚いたように目を見開いた。

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