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鵺の森  作者: イヲ
第七章・金木犀の香りをたずさえる
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(休題・永劫回帰)

 つめたい風がほおを突き刺す。

 屋根の上にすわって、占部はひとり月を見上げた。

 長い髪の毛が風にゆれる。

 

 丸い、湖面のような月。

 占部はそれをじっと見上げて、くちびるを開いた。


「……おまえは、いつまでも変わらないな」


 月は形を変え、なまえを変えている。だが、存在そのものはけっして変わらない。

 変わらずに、ただじっと花のようにたたずんでいる。


「妖怪も人間も不変ではない。かならず変わっていくよ」


 屋根の上。まるで、初雪のようにふわりと降り立ったのは、那由多だった。

 占部は那由多をみない。

 ただじっと、月を見上げている。


「永劫回帰」

「あ?」

「そのことばを知っているかい」


 那由多はかすかにほほえみ、なにも答えない占部のとなりにすわった。

 羽のようにふわりとした髪の毛が、赤い髪を覆うようにふれる。


「生というものは一直線というわけではない。繰り返し繰り返しそれは訪れる。かなしみもよろこびも、ずっとずっと繰り返す。生は無意味だ。あのときの哀しみも喜びも、すべて」

「……何が言いてぇんだ」

「おなじじゃないか」

「……」

「きみは、銀子になにを求めているんだい」


 占部の、緋色の瞳がエメラルド・グリーンの瞳を見据える。


「……生きていてくれればいいさ」

「わたしは、なにを求めているのかと聞いているんだ」


 いつになく強い口調の那由多をいぶかしむ。

 彼の瞳は湖のように濃く、強い色をしていた。


「はぐらかすなんて、きみらしくないじゃないか」

「はぐらかしてなんかねぇよ。私は――」

「彼女を傷つけないでくれ」


 月。

 小夜鳴鳥(さよなきどり)の歌声。

 那由多の、湖のような瞳。


「銀子はそんなに弱いか」

「……」

「私は、銀子を傷つけたいなどと思ってはいない。だが、遅かれ速かれ、銀子は傷つくだろう。私はそれを守ってはやれない」


 こころの傷を守ることはできない。だれも。たとえ、とても強いものだとしても。それが占部でも、那由多でも。

 その傷は石に文字を刻むように、消えない。


「占部。銀子はつぐみじゃない」

「分かっている。銀子は銀子だ。つぐみにはなれない」

「それでも、わたしには銀子につぐみを重ねているように見える」

「くだらねぇことを言うな」


 吐き捨てるように、つぶやく。

 そうだ。つぐみはもう、死んだ。

 自死をえらんだのだ。

 そして銀子以外の目からはつぐみは見えない。

 かくれるように。まるで懺悔をするように。


「つぐみはもういない。人間の住む世界にも鵺の森にも、どこにもいない。それくらい、分かっている」

「銀子は、聡い子だ」

「だから何だ」

「つぐみにしてやれなかったことを、銀子にしているんじゃないのかい」


 がちっと、歯が鳴る。


 那由多のことば。

 占部の想い。

 氷のように冷たく、不確かな温度。


「那由多。てめぇ、なにをしたいんだ」

「わたしは銀子をできうるかぎり、守りたいだけだ。殺させない。誰にも」


 そう呟く那由多の瞳は、激情を隠している。いのちは、一度奪われるともう、もどらない。そんなこと、分かっている。


「……。おまえこそ、銀子をつぐみと重ねているんじゃないのか」

「わたしは、銀子とつぐみを永劫回帰だと感じた」

「ああ? おなじだって言うのか」


 那由多は頷くことも、かぶりを振ることもしなかった。

 

「もう、うしなわない」

「那由多、おまえ……」

「わたしは、残酷なんだ。わたしはわたしのために、銀子を守る。ただ、それだけだ」


 永劫回帰。

 つぐみの生を銀子がなぞるようにたどっていく。

 それでも、最後はまちがわない、と言うように。



 変わる。

 ひとも、妖怪たちも。

 そういう意味では誰もが傷つくことは避けられないのだろう。

 




 月が、出ている。

 

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