表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鵺の森  作者: イヲ
第七章・金木犀の香りをたずさえる
45/129

二、

「すこしずつ、強くなっていくのね」


 ギンイロの声が聞こえる。

 そうか。ゆめを見ているんだ。


「みて。さんごも育ってきている。でも、さんごを荒らそうとする妖たちもいる」

「……」


 銀のひかり。

 うつくしい鱗が水に反射して、きらきらと輝く。

 銀子は空中に浮かぶようなギンイロを見上げて、まぶしそうに目をほそめた。


 さんごを荒らそうとする妖怪たち。きっとそれは鴉のことだろう。

 こころのなかに踏み込み、土まみれにしようとする鴉たち。

 自分の望みをかなえるために、ほかの妖怪たちを殺すことは、きっと間違っている。

 だが、自分の力だけで叶えられないこともある。

 それを月虹姫に求めているのだろう。


「気をつけて。鴉たちは、あなたを諦めているわけではない。狙っているの。たとえ、鵺の森の王が味方であろうとも、それは些細なこと」

「些細なこと……」

「そう。カガネとて、まだ鴉のうちがわに入り込めていない。カガネ以上に信頼を置いている妖怪たちがいるもの。鴉はカガネを訝しんでいる。命の危険もあるでしょう」


 カガネ。

 あの王は、一体なにを考えているのだろう。

 味方だと言った彼のそれが本心なのか、いまだわからない。

 嘘かもしれない。本当なのかもしれない。

 それでも、命をかけていることはたしかだ。それが何のためなのか、まだ見分けがつかないけれど。


「……ねえ、ギンイロ。私はまだわからないよ。どうすればいいのか」

「それでいいの。さんごは急には育たないのだから。焦らないで。強くなることを」

「うん……」

「鴉にはどうか気をつけて。こころをゆるさないで。こころは、あなただけのものなのだから」


 彼女はそっと月のようにほほえんでから、海から消えていった。


「……こころは、私だけのもの……」


 胸に手をあてる。

 足もとに、さんごが咲いている。

 ゆるやかに、天空へ伸びていた。きれいなさんご。薄紅色のさんごは、銀子のこころだと言っていた。

 なにもなかった海のなかに、さんごがたしかに育っている。


 そっとまぶたを閉じると、銀子の意識は浮上していった。




 目が覚める。

 窓がない部屋は朝なのか夜なのか分からないが、時計があるので窓がなくとも時間は分かる。

 光がなくとも起きられるのは、慣れだろう。

 それほど、ここにいる。それでも、鵺の森にきてから時間がたっていないような気もした。

 髪の毛が伸びない。

 けれど、爪はこの前切った。

 一体、何ヶ月ぶりだろう。



 ふいに、ギンイロが言ったことばをおもいだす。


 こころだけは、自分のもの。


 そうだ。

 こころは、だれにもあげられない。

 こころだけは。


 「……起きよう」


 そっと起き上がると、手際よく着物に着替える。帯を締めると、目が不思議と冴える気がした。

 顔を洗って、朝ごはんを食べるために、那由多の部屋へ向かう。

 しあわせなことだ。

 朝起きて、ごはんを作ってくれるひとがいるということは。


「おはよう、那由多……」

「おはよう。どうしたんだい。そんな哀しそうな顔をして」


 お盆から机に白磁の茶碗を置いた那由多は、そっと首をかたむけた。

 白い髪の毛がゆれる。

 銀子はなにを言ったらいいのか分からずに、ただうつむくことしかできない。


「ゆめを見たんだ」


 それだけ、呟いた。

 那由多は座布団のうえにすわって、銀子にもすわるように促す。


「きみのゆめは、大切なものだ。わたしに聞かせてもいいとおもうのなら、聞かせてくれないか」

「うん」


 銀子は彼のとなりに座って、くちびるを開いた。

 ギンイロが言った、カガネのこと。鴉のこと。そして、こころは自分だけのものだと言ってくれたことを。

 那由多は銀子のことばをゆっくりと、噛みしめるように聞いてくれた。


 聞き終えたとき、彼はやさしい瞳で銀子をみおろした。

 いとおしいものを見るような瞳。

 すこしだけ、照れくさくなってそっとうつむく。


「銀子。きみはやさしい子だ。だから、苦しんでしまうのだろう」

「カガネがほんとうはどんなひとなのか、分からないんだ。味方なのかもしれないし、私を騙しているのかもしれない……」

「……カガネのことは、カガネしか分からないよ。彼は孤高の王だ。誰にもこころを許さない。誰にもこころのなかを見せない。鴉とつながっているのも、そういうことを月虹姫が知っているからだろう」


 うん、とうなずいた。

 こころのなかを見せない。ゆるさない。それはある意味、「自分のこころは自分だけのもの」ということだろう。

 それでもそれは、とても――辛いことなのではないだろうか。


「カガネは、幸福なのかな?」 

「彼が王になったのは、今から200年前だ。先王が亡くなり、その一ト月後には、もう彼は王になっていたんだ。当時、彼はまだ幼かった……。彼は気高く、毅然としていた」


 昔話をするように、彼はそうっとつぶやく。

 銀子は彼のことばの続きを待つためにくちびるを閉じ、彼のエメラルド・グリーンの瞳を見据えた。


「それだけだよ。幸福なのかと問われれば、わたしは――不幸だと思う。彼は、ただの偶像だ。けれど、哀れではない。彼は、彼の信念があり、それを貫いている。それを哀れだとは言えないだろう――」


 彼はそれだけ言うと、口を閉じた。

 占部が部屋に入ってきたからだ。


「なんだ、辛気くせぇ話しやがって」

「あ、占部。おはよう」

「あー。ったく、朝からよくそんな会話できるなあ」


 彼は頭を掻きながら、どかっと座布団の上に座りこむ。大きなあくびをして、机のうえにある朝食に目を向けた。

 ししゃもと、けんちん汁。そして卵焼きに白米。

 すこしだけ冷めてしまっているけれど、占部は目を輝かせてししゃもをつまんだ。

 やはり、那由多のぶんだけししゃもはない。


「ししゃもか。久しぶりだなあ。私はこれだけは好きなんだ」

「きみが最初に食べたのがししゃもだったからね」

「刷り込み?」

「ばか、そんなんじゃねぇよ。卵が好きなんだよ!」

「ふうん」


 銀子が言ったことばを占部は一蹴してしまうと、指でつまんんだまま口に入れた。


「占部、行儀が悪いよ」


 那由多が苦笑いをしながら指摘しても、占部は次々にししゃもを口に入れている。ちゃんと噛んでいるのだろうか。


「さあ、いただこうか」

「うん」


 銀子と那由多はいただきます、と手を合わせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ