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鵺の森  作者: イヲ
第六章・月影の歌
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十、

 どこまで信じていいのか分からない。

 すべてが嘘で、すべてが本当なのかもしれない。


 そのことさえ見据えているのか、カガネは口もとをゆがめた。


「まあ、信じろと言われて信じるような馬鹿ではないだろう。それでいい。鵺の森に住むものは温厚とはいえ、狡猾なものもいる。気をつけることだ」

「……」


 ふたたび口をとじると、カガネはそのまま背をむけ、去っていく。

 その背中は、とてもちいさく見えた。


「王というのは、つねに孤高でなければならない」

「占部?」

「孤高で、孤独なんだよ。まあ、私には関係ないがな」

「……誰かに味方するとか、敵対するとか、ないのかもしれないね。カガネを見ていると、そうおもう」


 だから、誰かが味方になることもないのだろう。

 それは寂しいことだ。辛いことだ。

 銀子には、それがすこしだけ、分かる。


 なにも言わない占部は緋色の瞳をほそめ、彼女をみおろした。

 そして、あやういものを見るように、くちびるを開く。


「おまえはやさしい娘だ。だが、それがいずれ仇となる。そのために傷つくこともあるだろう……。おまえはもう一度、傷つかねばならないのかもしれない」

「……。私は、私が信じたせいで自分が傷つくことは、こわくない。いくら傷ついてもいいとおもう」

「私がいやなんだ」

「え?」


 そう言ったあと、占部は背中を向け、大広間から出て行った。あわててそのあとを追う。そして、ドレスから着物に着替えた。

 着物はドレスよりも転ぶ心配はしなくていいから、楽だ。

 となりの部屋をのぞくと、占部は髪の毛をほどかれ、漆黒の着流しを身につけている。

 いつもの占部の姿に、銀子はすこしだけ安堵した。


「占部。もう帰るの?」

「ああ、そうだな……」 

「私、はやく帰りたい。那由多にただいまって言いたい」


 こんなにもあの屋敷が恋しくなるなんて、思ってもみなかった。

 広い屋敷。橘の家よりも大きいけれど、那由多の屋敷のほうがずっとずっとあたたかくて、居心地がいい気がする。

 なぜだろう。住んでいるひとは那由多と占部だけなのに。


「分かった分かった。じゃあ、さっさと帰るぞ」

「うん」


 廊下に出ると、思いもよらないひとが立っていた。

 ――コトだ。

 ドレスから赤い打掛に着替え、髪の毛を結った少女が悠然と立っていた。


「占部様」


 占部のなまえを呼んでいるのに銀子をじっと見つめ、睨んでいる。


「ずっと、お聞きしたかったことがありますの」

「なんだ」

「なぜ、人間なんかを守るのです? あなた様は――人間の愚かさを人一倍知っているはず」


 親の仇を見るような瞳をしている。

 コトは憎々しげに銀子を睨み、占部へと問うた。


「たしかに知っている。だが、銀子は私が認めた人間だ。たとえ人間が、妖怪のすみかを奪ったものだとしても、私が恨むことはない」

「……占部様は、妖怪ではないですから。でも、すみかを奪われたのはおなじなはず。それなのに、なぜ、人間を――」


 コトのことばの意味。

 人間を疎んでいない妖怪たちしかいないとは思ってはいなかった。

 それでも、これだけ人間を恨む妖怪を見るのは、はじめてだ。だからだろうか、すこしだけ、銀子が狼狽したのは。

 占部の顔をみるのがこわい。

 たしかに、と、うなずかれるのが怖い。

 しかし、くだらないことを聞いたように、占部は鼻で笑った。


「人間だから守っているわけじゃねぇ。ほら、行くぞ銀子」

「う、うん」


 狼狽えたのは、銀子だけではなかった。コトも、意味の分からないことばを聞いたように、狼狽している。

 赤い瞳が、占部を見上げているけれど、彼は気にする様子もなく、ただ銀子の手首を引いてコトの横を通り過ぎた。

 彼女はもう、なにも言わなかった。しかし、銀子を妬むような瞳をしていたことは、銀子自身分かっている。

 おそらく、コトは――。



 外は、どこになにがあるか分からないほど暗くなっていた。


「真っ暗。これじゃあ、帰れないよ」

「札があるだろ。一枚くれ」


 札をわたすと、占部は宙にほうった。

 ぼう、と音を立てて札が燃え、やがて炎があたりを照らす。まるで、占部に付き従うように、その炎は忠実に占部の歩く方角を照らしていた。


「カンテラもあるが、カガネの城の人間に借りるのもしゃくだからな」

「そういうものなの……?」

「私はな」


 答えになっていないような気がするけれど、今ははやく那由多の顔を見たかった。

 体調はよくなっているだろうか?

 最後に見たときはとても、疲れた表情をしていたから。


 ここから屋敷までは、そう遠くない。

 ただ、炎があるとはいえ暗いせいか、ずいぶん歩いているような気がする。


「占部」

「なんだ」

「妖怪たちのすみかを人間が奪ったっていうのは、暗闇のことでしょう?」

「そうかもな」

「でも、まえから思っていたんだけど……。妖怪たちは、暗闇に住んでいるんじゃなくて、暗闇にしか住めなくなってしまったんじゃないかって。私、そうおもった」

「そりゃまたなんでそう思うんだ」

「だって、ここの妖怪たちは、ちゃんと昼間でも起きていて、アソウギ通りも活気に満ちてる。夜にしか行動しないなんて、そんなことない」


 占部はいったん、足をとめた。

 冬特有の広い空を見上げている。きらめく星々。その星ひとつひとつが、命を燃やすように輝いていた。


「それに、占部も人間にすみかを奪われたって……」

「昔、龍が二匹いた」


 唐突に、占部がつぶやいた。


「会うことも、話すこともなかったが、その龍は人間の世界を守っていた。だが、やがていなくなったんだ」

「いなくなった?」

「死んだのさ。人間に必要とされなくなったんだろう。人間は人間の力で強くなり、やがて龍という存在は必要ではなくなった。まあ、もっとも200年以上昔のことだがな」

「……」

「私は、鵺の森にずっといたわけではない。人間の世界にいたこともあった」

「そうなの? でも、その龍とは会ってないんでしょう?」

「ああ。その龍が生まれるまえに鵺の森に来たからな。その龍が生まれたあと、こっちに来たわけだ。だが、人間にすみかを奪われたわけじゃない。そうあるべきだったんだろうよ。人間の世界も、鵺の森もあるべきものがあり、なるべくようにしてなるものだからな」


 占部の表情は、どこも悲しんでいる様子はなかった。

 ただ、いつものように飄々としている。


「そういうものなのかな……」

「そういうものだ。立ち話も寒いだろ。さっさと帰るぞ」

「うん!」





 屋敷につくと、那由多はほほえんで「おかえり」と言ってくれた。

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