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鵺の森  作者: イヲ
第六章・月影の歌
42/129

九、

 舞踏会は終わりをむかえ、妖怪たちはそれぞれ扉から出て行った。

 カガネも、いつの間にかいなくなっていた。


「銀子」

「?」


 ふいに呼ばれて顔をあげると、旭姫と、見知らぬ肌の白い女性が立っていた。

 彼女たちはきれいなドレスを着て、ほほえんでいる。


「旭姫、と……」

「ああ、この姿でははじめてだったの。私は月江。アソウギ通りで会っただろう?」

「月江?」

「そう。私は蛇だが、ひとの姿になることもできる」

「そうなんだ……。ふたりとも、どこにいたの? 私、探したけどどこにもいなかったよ」

「ちゃあんとそなたを見ておったぞ。王に誘われたときは驚いたが、うまく踊れたようじゃの」


 二人は顔をよせあって、くすりと笑った。

 ほかの妖怪たちのような、侮蔑に満ちた笑みではなくて、やさしいほほえみだった。


「すこし、怖かった」

「ほう。まあ、王はなにを考えているか分からんからのう」

「だが、占部。驚いたぞ。そなた、踊れるではないか。この私が誘ったのに、かたくなに断ったくせ、銀子とは踊るとはなあ……」

「ただの気まぐれだ」


 すこしだけ妬ましそうに月江が見るも、占部は飄々とこたえた。

 けど、月江は納得したようにうなずく。


「まあよい。さて、私たちはもう帰らねば。私はともかく、旭姫の居城はここからずいぶん遠い場所にあるからな」

「うん、わかった。旭姫、気をつけて」

「ああ。体調も良くなったことだし、本当は一晩泊まる予定だったのだが。少々、急ぎの仕事ができたようだからの。これで失礼するよ」


 銀子はうなずいて、大広間から出て行くふたりを見送った。

 旭姫の体調がよくなったことに安堵する。そっと息をついたあと、占部を見上げた。

 彼も銀子にきづいて、こちらを見下ろす。


「なんだ」

「ううん。帰ろう。那由多がきっと、待ってる」

「……」


 占部はうなずきもせず、ただじっとうすいヴェールのある奥を睨んだ。銀子もつられるようにして奥を見据えると、そこにいつの間にかカガネがすわっていた。


「何の用だ。カガネ」

「何の用、とはあいかわらずだね。占部。ぼくは銀子。お前に用があるんだ」

「……私に……?」


 首を絞められる直前のような、不安感。

 そっと足をうしろに下げる。それが見えたのか、カガネは楽しそうに喉で笑った。


「そう怖がるな。ぼくはお前を取って喰おうなどしていない。忠告をしにきた。それだけだ」

「それはそれは、王みずからご苦労なことだ」


 占部はくだらないことを聞くように吐き捨てる。

 しかし、カガネは余裕があるのか、ふふっとわらう。椅子の肘掛けに肘をあてて、ゆらりと体をうごかした。


「鴉は、お前を狙っている。気をつけることだ」

「待って。やっぱり、あなたは、鴉を騙しているの?」

「まあ、そういうことになるかもしれないな。今日、この舞踏会を開いたのは、お前のためだよ。銀子」

「え? お披露目って聞いたけど、ちがうの」

「あの少女の時はそうだ。だが、今宵はちがう。旭姫をけん制しようとしたわけでもないさ。なにより、銀子、お前のためだけだ」


 頭が混乱する。

 占部の顔をみれない。

 彼に頼ってはだめだ。


「私のため……? どういうこと。それに、あの少女って、つぐみのこと?」

「質問ばかりだなあ。お前は。まあ、いい。順に答えよう。まずは、おまえのため。それは、鴉どもをけん制するためさ。ぼくという王が銀子。お前を味方につければ、鴉はそうそうお前に手出しができないだろう」

「私が、あなたの味方?」

「お前の本心は関係ない。見かけだけでいいさ。見かけだけでも味方であれば、それでいい」

「それでいいの? あなたは……」

「結構だ」


 カガネはなにを思ったのか、ヴェールをくぐりぬけ、再び銀子たちの目の前に立った。

 赤い布が、血だまりのようにカガネの足もとに落ちる。


「ぼくも、おまえには生きていてもらいたいと願っている。この森に認められただけでは、生きていけないよ。銀子。鴉がいるからな」

「よく、わからない……」

「まだ、それでいい。いずれ、嫌でも分かるようになる。そして、つぐみ、あの少女は鵺の森に危害を加えようとした」

「え……」


 もしかすると、カガネと初めて会ったときに、憎々しげに呟いたのは、つぐみのことだったのだろうか――。

 それでも銀子は、つぐみが言った、「鵺の森が好き」ということばを信じたかった。


「そんなはず、ない。つぐみは……鵺の森が好きだって言ってた。鴉にむしばまれるのが哀しいって言ってた……」

「それはそうだろう。それは本心だっただろうから。しかし彼女の力は暴走し、こころを壊していき、そして――自死をえらんだ」

「……力の暴走……」

「そうだ。言霊の力の暴走。それは、鵺の森を脅かすものだった。言霊の力が充満し、月虹姫にまで行き渡ろうとしたときに――あの少女は自死をえらんだのだ」

「なのに、あなたはつぐみを憎んでいるの?」

「憎む? なぜだ。逆さ。哀れな少女だった。鵺の森に殺されたも同然だからな」


 カガネはどこか、遠いところを見るように、つぶやく。

 おそらく、彼が憎んだのは彼女の力だったのだろう。望んで手に入れた力ではない、呪われた力を。

 そして、銀子に生きていてほしいということばは、本当だったのだと知る。


「私に生きていて欲しいというのは、力を暴走させないため?」

「それもある」


 銀子とおなじほどの背のカガネ。

 彼はそっと目を細めて、口もとをゆるめたけれど、ことばを紡ぐことはなかった。

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