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鵺の森  作者: イヲ
第六章・月影の歌
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七、

 うすい、生成り色のヴェールのむこう。

 この場にはそぐわない、布をたっぷりと使った着物を着た少年がそこにすわった。

 赤や紫。黒にうすい黄色。

 さまざまな色をつかった布が、体をおおい、さらに額には黒い角、灰色の髪。そしてなにより目をひいたのは、頭についている、ふたつの大きな耳だった。

 図鑑で見たことがある、狐のような、とがった耳。


「あのひとが、カガネ……?」

「ろくでもねぇガキだ」


 占部はカガネのほうを見ようともせずに、大きなあくびをした。

 ほかの誰もがことばを発しないなか、占部だけの声が響く。


「あいかわらず、口の減らない龍だ」


 カガネには聞こえていたのか、彼は楽しげにふふっと笑った。

 それでも、誰も占部のことばには反応しない。きっと、恐れているのだろう。龍を、そして王を。


「そして銀子。待っていたよ。ぼくはお前に会いたかったのだから」

「……」


 たくさんの鋭い視線が、銀子を刺す。

 占部に言われたことばを、忘れない。なにも悪いことはしていない。だから、下をむくことはないのだと。


(そうだ。私は、こんな視線に屈しない。私がいちばん怖いことじゃないから。)


 「いい目だ。以前とはちがうね、銀子」


 楽しそうに笑うカガネの真意は分からない。銀子は視線をそらさずに、カガネを見据えた。

 うすいヴェールのせいで、表情までは読み取れない。

 ただ、カガネはことばを続けた。

 今日の舞踏会は、贅の限りを尽くした、と言っている。

 そしてなにより、この会を開けたのはこの舞踏会に出席したすべてのもののおかげであるということを。


 そして、カガネは最後にこう言った。


「さあ、諸君。今日の宴を存分に楽しんでくれたまえ」


 そのことばの直後、どこからか音楽が聞こえてくる。

 どこからだろう。

 あたりを見回すと、黄金色のおおきな蓄音機がすみのほうに置かれていた。

 蓄音機は、祖父の部屋にあった。

 しかし使われてはいなかったために、蓄音機の音を聞いたのははじめてだ。

 雑音が時折入っているものの、なめらかにその音楽は流れている。


「占部様」


 かよわそうな、少女の声。

 銀子はふとその声のする方へ顔をむけると、そこには真っ黒な髪の毛をシニヨンにして、真っ白な、花嫁様のようなドレスを着た少女が立っていた。

 お人形のようだ。

 黒目がちな瞳は大きく、アーモンドのかたちだった。くちびるも少女らしく、赤くういういしく染まっている。


「ああ、お前か」

「はい。コトです」


 コトと名乗った彼女にも、黒い角、そしてカガネと同じような耳があった。

 銀子はそのやさしそうな少女に目をむけていると、コトもこちらに気づいたのか、ふふっとわらった。


「あら、人間の……銀子さん、と仰いましたかしら」

「あ、……はい」


 細い線の少女。それでも圧倒されるような表情と声。

 そして――侮蔑するような視線。


「初めまして。私、コトと申します。王の妹ですの」

「はじめまして。銀子です」

「知っていてよ」


 あっさりと切り捨てるようなことば。

 おそらくこの少女は、銀子のことが気に入っていないのだろう。

 笑顔をはりつけて、そのこころの奥底ではどんなことを考えているのかは分からない。

 ぞく、と背筋が凍りつくほどの、笑顔だった。


「それにしても、占部様。こんな、10年ほどしか生きていない少女の、どこがいいのかしら?」

「ああ?」


 どこか気にさわったような占部の声を聞いて、はっと彼の顔を見上げた。

 嫌われるのは、疎まれるのは慣れている。

 だから、驚いた。なぜ、占部はそんなに不機嫌そうな声をだすのだろう。

 なかば呆然とする銀子をさしおいて、占部はコトを睨んだ。


「いい悪いは関係ねぇだろ。私は那由多の言いつけ通りのことをしているだけだし――銀子は私の教え子だ。侮辱することは許さんぞ」


 どこかぶっきらぼうに呟く占部は、いつもとおなじ飄々とした顔をしている。表情が変わったのは、コトだった。

 少女らしい無垢な表情はゆがみ、赤いくちびるを噛みしめている。


「いつも、占部様。あなたは……」

「私の生き方に口を出すな。お前には関係ない」


 冷めた口調。

 コトはどこか傷ついたような表情をした。胸に手をあてて、ぐっと手をにぎりしめている。

 そして――その傷ついたこころを振り切るように、銀子をにらみつけた。


「どうして、こんな娘が……」


 そうぽつりと呟いて、コトはさっとその場を去って行く。


「あ……」

「気にすんな。ああいう女は、適当にあしらっておけばいい」

「でも、王様の妹なんでしょ?」

「私には関係ないし、おまえが気にすることでもない。それよりせっかく習ったんだ。踊ってきたらどうだ」


 そう言われて、大広間を見ると、大勢の妖怪たちが踊っている。

 ゆるやかなワルツが蓄音機からながれ、その音楽に身を任せるように踊っている妖怪たちは、みんな楽しそうだ。


「みんな、私よりずっと背が高いし、踊れる人がいないよ」

「ま、たしかにな」


 占部は壁に背中をあずけて、ぼんやりとワルツを聞いている。銀子もならって、じっと踊っている姿をみつめた。

 そういえば、旭姫や月江はどこにいるのだろう。月江は蛇だし、どうやって踊るのだろうか。

 大広間を見ても、ふたりはどこにもいないように見えた。

 

「占部だって、踊らないの? 旭姫から聞いたけど、だれとも踊ったことないって」

「踊らねぇよ」

「どうして?」

「好きじゃないんだ」

「ふうん……」


 突然、大広間で踊っている妖怪たちの動きが止まり、みな驚いたような表情をして、道を空けるように部屋の端へ寄った。

 音楽はまだ続いている。けれど、誰も踊ってはいなかった。

 誰かが通ったのだ。

 その「誰か」は、銀子にとっていちばん見たくない人――カガネだった。


「銀子。踊るものがいないのなら、ぼくと踊ってくれないか」


 灰色の髪の毛。

 黒い角。大きな耳。

 白い手を銀子へさしだして、緋色の瞳をほそめてほほえんでいるカガネがいた。

 おそろしいほどに整った表情。緋色なのに、つめたい目をしている。


「……」


 はじめて見る、カガネの顔。

 銀子はくちびるを閉じて、その顔を見つめた。


「どうした?」


 涼しい風のような声。

 占部はなにも言わない。


「私は……」


 その手をとったら、どうなってしまうのだろう。

 暗い森につれられて、戻れなくなってしまう気がする。

 もちろんそれはただの想像だけど。


 その手をとってしまったのは、カガネの瞳が、どこか哀しい色をしていたからだろうか。



 彼は、暗い悲しみが灯った瞳の色――占部と似た色をしていた。

 うまく隠されているけれど、銀子の目には、たしかにそう見える。


 しんと静まりかえった大広間には、もの悲しいワルツの音楽が、ただ流れていた。

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