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鵺の森  作者: イヲ
第一章・橘銀子
4/129

三、

 鵺の森と呼ばれる森の入り口につくまで、10分はかかっただろうか。

 暗い森を通り、さらに奥まった場所に、石でできているであろう、大きな鳥居が立っていた。暗く、電灯もない寂しい場所に、鳥居だけがぽつんと立っている。

 その奥は暗すぎて見えない。銀子が立ち止まっていると、鬼は銀子の手を引いて、その奥へと促す。

 暗闇がすこし怖く、銀子はおもわず立ち止まった。


「怖いのか? 暗闇が」

「……うん」

「心配ない。この闇は、人を喰わない。人に悪さをしない」


 大きな一つ目の鬼は、銀子を安心させるように、不器用にわらう。

 銀子は、ふいに思い出した。暗闇は、銀子をいつも安心させてくれていた。暗闇――ほんとうの暗闇は、人のそばにいつだっていた。寄り添っていたのだ。だから、怖いことは何もない。


「うん」


 いつだってやさしかった暗闇にしか住めないものたち。彼らが何故暗闇にしか住めないのか、今ようやく分かった気がする。

 暗闇にしか住めなくなったわけではない。暗闇にしか、住む場所がなくなってしまったのだ。

 隣にいた彼らはいつしか忘れられていき、――やがて、住む場所がなくなってしまった。


 銀子は意を決して、鳥居をくぐるために足をあげる。


 次に下駄を地面につけたときには、一変していた。


 おなじだった。

 提灯がずらりと並び、二階建ての木造建築に、ずっと並んでいる出店。

 月の光さえもかすんで、よく見えない。

 そうして絶えず続く、人の波。いや――人ではない。人と似たすがたをしたものたちが、たくさん行きかっているのだ。

 頭に角があるもの、顔が鳥のようになっているもの、下肢が蛇のようになっているもの。数え切れないほどのものたちが、大勢道をふさいでいる。


「……」


 銀子は鬼の指を握りしめたまま、呆然とした。

 見たことはあるが、これほど大勢の「妖怪たち」をいっぺんに見渡したことはなかったからだ。


「すごい。たくさんいる……」

「ここは、妖怪たちがすむ森だ」

「森……。ここが、鵺の森?」

「そうだ。妖怪たちが住むここが、鵺の森と呼ばれている。こっちだ。白鷺の那由多に会わせてやろう」

「那由多……」


 大きな鬼はうなずき、迷うことなく人の波に入り、まっすぐ歩きはじめる。彼の表情は読めず、ただただ淡々と歩いた。いまだ背の低い銀子はただ珍しく、見上げることしかできない。

 まっすぐ歩くことさえ困難だが、必死に鬼の歩みに必死に追うも、銀子の肩と妖怪の腕が当たってしまった。


「ご、ごめんなさい」


 銀子が謝るも、その妖怪はこちらを見つめて、(怒られるだろうと思ったのだけど)まるでねずみのように愛嬌のある目をすこし細め、「おや、人間のお嬢ちゃんじゃないか」と高い声でわらった。

 驚いて固まっていると、ねずみのような女の人は、余計くちもとを緩ませる。


「驚いているのかね? でも、鵺の森に来たということは、お嬢ちゃんは見る目をもってるってことだ。誰に誘われたんだい?」

「えっと……」

「那由多だ。おまえも知っているだろう」

「ああ、那由多どのかい。あの人も、なかなか物好きだよねぇ。じゃあね。人間のお嬢ちゃん」

「う、うん」


 たどたどしくうなずくと、ねずみのような女の人は満足げに人の波にあっという間に飲まれていった。

 敵対視されると思っていたわけではないが、人間の銀子に笑いかけてくれるとも思っていなかったのだ。またも呆然としていると、鬼は不器用に笑い、再び歩き出すように促した。

 まるで神社の石畳のような地面を、さらに10分ほど歩いただろうか。竹林がつづき、木製の古い門が立っていた。

 その奥には古い柳の木が立っていて、枝を重たそうに垂らしていた。


「ここが、白鷺の那由多の家だ。さあ、ここからはおまえ一人で行くんだ。いいか。この門を真っ直ぐ歩いていくんだ。いいな」

「うん、わかった」

「ではわれはここで失礼する」

「……あの」


 鬼はまるで恐れるように、早々に銀子に背をむけた。

 呼び止められ、一度鬼が振り向く。そうして、驚いたかのように大きな目をもっと大きくして、銀子を見下ろした。


「ありがとう……。私を連れ出してくれて。連れ出してくれなかったらきっと、私は死んでいた」

「言いつけのとおりをしたことだ」


 背中をまげた鬼はそのまま銀子のそばから徐々に消えていく。

 やがて完全に見えなくなるまで見送り、ようやく銀子は木の門をくぐった。

 暗い道を転ばないようにゆっくりと歩く。草のわけめから、ふたつの光る目を見つけた。驚いたが、それは何もしてくることはなくて、ただじっとこちらを見つめているだけだ。


「……」


 その目から視線をはずし、ようやく扉の目の前まで行き着くことができた。この扉も、門とおなじようにとても古い。よくよく目をこらすと、龍や鳳凰が彫られているようだ。

 その扉をゆっくり引くと、思いもよらず、大きな音がたってしまう。慌てて引くのをやめたが、ずっと続いている廊下には、誰の姿もない。


「すみません」


 そっと声をあげても、廊下には誰も来ることはなかった。


「すみません!!」


 もう一度、大きな声で叫ぶ。

 すると廊下にひとつ、赤い炎が浮かんだ。銀子は驚き、足を一歩引くも、ゆらゆらと揺れている炎はそのまま、銀子を見つめているかのようにおなじ場所にたたずんでいる。


「訪問者、名を名乗れ」

「……炎がしゃべった……」

「われらが君の居は不可侵なり。訪問者、名を名乗れ」

「た、橘銀子です!」


 炎はじわりと廊下に溶けてゆき、鮮やかな藤柄の振り袖を着て、黒塗りの笠をかぶった女の人が、ゆったりとほほえんだ。

 彼女自身が光を放っているようにも見える。


「橘銀子どの。われらが君のお客人と見なします。どうぞこちらへ」


 きれいな所作で引き振袖の裾を引き、銀子をうながす。彼女もあわてて下駄を脱ぎ玄関の端にそろえて、藤娘のような女性のあとを追った。

 まっすぐ伸びる廊下を歩いて、いきなり彼女が止まり、「どうぞお入りくださいませ」とこうべを垂れる。銀子もならって頭をさげて顔をあげたとき、すでにそこには藤娘の姿はなかった。


「お、おじゃまします……」


 襖をおそるおそる開けると、ひどく明るい灯りが広がっている。

 ――その奥の座敷に白い狩衣を着て、その直衣の白さにも負けないほどの白い髪の毛を持つ、男の人がすわっていた。

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