六、
馬にのって一日、途中でふたたび宿屋に泊まり、屋敷に帰ることなくそのままカガネの城にむかった。
幸い雪はふらず、天気もよかった。あたたかいとは言えなかったけれど、冬にしては頬をぬける風はそれほど厳しくはない。
行きとは大違いだ。
旭姫は、あとから使用人をつれて、馬でくるらしい。
けん制しているカガネを刺激しないように、それほど大勢の使用人を連れてくることはないだろう。
カガネの城についた銀子と占部は、殺到してきた城の使用人にもみくちゃにされて、あっという間にそれぞれ違う部屋に押し込められた。
ヌメ革のような手触りのコルセットをぎゅうぎゅうに締められ、呼吸がおもわず止まる。
「う……っ」
革紐を後ろで固定されて、これでは喋ることさえ苦しそうだ。
「あ、あの……。もうちょっと、ゆるめてもらっても……」
「いけませぬ」
きっぱりと言われて、銀子はなにも言えなくなる。無愛想で、必要なこと以外しゃべらない彼女は、そのまま紐をきつく結んでしまった。
黒のくるぶしまであるスカートは、ともすればもつれて転んでしまいそうだ。
それでも、同じようなスカートで練習をしたのだから、無様に転ぶということはきっと、ないだろう。
おそらく、きっと、ということばが銀子の頭のなかを支配する。
うまく踊らなければ、きっと笑われる。
カガネに笑われるのだけは絶対にいやだ。
「では、時間になりましたら大広間のほうへお越しください」
一回も笑わずに、ドレスを着せてくれた女性は部屋から出て行ってしまった。
お化粧もされたけれど、鏡がないので、自分では分からない。
お化粧をされたのは、七五三のとき以来だ。あと、稚児行列の時。あれは白塗りだったので、化粧とは言えないかも知れないけど。
「おい、銀子」
隣に通されていたはずの占部の声が聞こえる。
準備ができたのだろうか。
襖を開けると、やはり占部がいた。だが、そう気づくのには時間がかかった。
いつも、なげやりのように流しているだけの髪の毛はなぜか三つ編みに結われ、グレーの、三つ揃えのスーツを身につけていたからだ。
顔は不愉快そうにゆがんで、銀子を見ようともしない。
「占部、すごい! かっこいいね!」
「ああ!?」
占部は不機嫌もあらわに、銀子をぎろりと睨んだ。しかし、その険しい表情がふいに固まる。
まじまじと銀子の顔を見つめ、やがて顔をそむけた。
「行くぞ。じき、始まる」
「う、うん!」
きらびやかな長い廊下を転ばないように気をつけながら歩く。占部は、いつもよりも足早に歩いているので、余計転ばないように気をつけなければいけない。
「馬子にも衣装だな」
ぼそりと呟いたことばを、銀子はたしかに聞いた。なにか言おうとしたけれど、占部のゆらゆらとゆれる三つ編みを見ていたら、なにも言う気にはならない。
なぜかは分からないけど。
占部は、ひとのことばを制してしまう力を持っていると思う。
なにかを言いたいのに、言えない雰囲気を持っている。
その扉は、地下にあった。
豪奢な、きらきらとした星のような宝石がうめこまれた扉。圧倒されるような豪奢な扉に、占部は臆することなく、城に似つかわしくないドアノブを引いた。
その眼前に広がったのは、カガネの部屋とおなじくらい、大きな広間。
巨大なシャンデリアがつるされ、豪華に輝いている。
そして何よりきらめいているのは、大広間にぽつぽつとたたずんでいる、女性と男性の姿。
ドレスやスーツはどれもシックな色で、決して豪華ではないけれど、それでもその存在感は相当なものだった。
おそらく、鵺の森のなかでも重要な位置にいる妖怪たちだろう。
その妖怪たちが、銀子を睨んだ。
この瞳。よく知っている。疎んでいる目の色だ。
妖怪たちにまったく疎まれないとは思ってはいない。人間と妖怪は違うのだから。
それでも銀子は、人間である学校の生徒や、家族に疎まれた。
おもわず銀子は占部のうしろに隠れる。
その視線が、とても痛かった。
こころに刺さったその目の色を、銀子は生涯忘れないだろう。
「カガネ様の……」
「不躾な娘……」
ぽつり、ぽつり、と悪意あることばを彼らは囁きあっている。
おもわず顔をさげようとするけれど、占部の舌打ちで体がこわばり、さげることができなかった。
「くだらねぇな。おい銀子。顔をあげて堂々としてりゃいい。おまえはなにも悪いことはしてないんだからな」
「……うん」
ぐっと顔をあげて、くちびるを噛みしめる。
怖くなんてない。いちばん怖いのは、ひとりぼっちに戻ること。今は、占部や那由多、それに旭姫がいてくれる。
まだ、舞踏会は始まっていないようだ。
それはそうだろう、カガネがまだ、いない。金色の大広間のいちばん奥。そこにヴェールが垂れ下がっていて、そのさらに奥には豪奢で大きなな椅子が鎮座していた。
あそこに、カガネがすわるのだろう。
「ねえ、占部……」
きっと、気を遣ってくれているんだろう。占部は銀子のそばを離れなかった。そうすることで、まわりをけん制してくれているのだろう。
おかげで、悪意のあることばを聞くことはなかった。
そして銀子が口を開こうとした直後、どこかから鐘の音が聞こえてきた。
開宴――。
銀子はおもわず、息をのんだ。




