五、
「あなた、センスあるわよ!」
派遣されてきた女性は、目を輝かせながら銀子の手をとった。
一日で作られた銀子のためのドレスは、簡素だったが、布は上等なものだった。
星の城のなかの、唯一畳がしいていない部屋で、ダンスの特訓は始まった。
「そう……ですか?」
「ええ。何かやっていたの? 銀子ちゃん」
「日本舞踊を何年か……」
「日本舞踊! そう。だから身のこなしが上手なのね!」
黒い髪を結った彼女は、愛想良く笑ってみせる。
彼女の名前は、日長といって、カガネの城に女中として働いているらしい。女中のなかでも、どこで習ったのか、ダンスという種目に明るく、そのために星の城まで派遣されてきたという。
スロー・ワルツを舞踏会では踊ると言っていた。実際、カガネの城で舞踏会を開くのはそうそう珍しくはないらしい。2ヶ月に一度、多くて三度ほど、要人たちと社交の場として行われている、と日長が言っていた。
「それに比べて占部様は……」
占部は、とっくの昔に逃げてしまった。
一時間ほど練習しただけで、面倒くさくなったと言って、あてがわれた部屋で昼寝をしている。
「でも、占部、じょうずだった」
「そうね。占部様は何度か出ているから。誰とも踊らなかったけど」
「誰とも?」
「ええ。いっつも、隅のほうでむすっとした顔をしていたわ」
「そうなんだ……でも、私もできたら誰とも踊りたくない……」
日長は、ふふ、とほほえんで、「きっとそれは無理でしょうね」と囁いた。
「どうして?」
「それはあなた、今回の舞踏会は、あなたの為でもあるのよ」
「え!?」
「お披露目よ。人間が鵺の森にきたとなれば、お披露目しなくちゃいけないの。そういう決まりだから」
「ええー……」
一体どんな決まり事なのだろう。
つぐみも、こんなふうにお披露目されたのだろうか。決まりなのだから、きっとそうなのだろう。
「でも、大丈夫。あなた、飲み込みが早いし、1週間みっちり練習すれば、カガネ様の舞踏会にでても恥ずかしくないわ!」
「う、うん……。よろしくお願いします……」
ダンスの特訓がおわったころには、もう夜になっていた。
銀子の部屋に食事を持ってきてくれた女性は、すぐにいなくなってしまったので、ひとりきりで食べることになった。
「……いただきます……」
手をあわせて、そっと呟く。
占部も、食事をしているのだろうか。行儀が悪いけれど、漆塗りのお盆を持って、となりにある、占部の部屋にむかった。
「占部……」
襖の前で声をかけると、だるそうな声が聞こえてくる。襖をそっと開けて、ぼんやりとしている占部のとなりにすわった。
けど、占部の前には食事を運ばれてはいなかった。
「あれ、占部。ごはん、食べないの」
「私はいらん」
「食べなきゃ駄目だよ! 昨日も、宿に泊まったときも食べてないし」
「言っていなかったか。私はものを食べないでも生きていける」
あくびをしながら呟く占部を、おもわず見つめる。
食べなくても生きていける……。あの馬たちとおなじ。
驚くよりさきに、こころが沈む思いになった。
「さみしいね」
「寂しくはない。ただ、那由多の食事はべつだ。食わないと那由多がうるさいからな」
「……占部……」
なんでもないように言うけれど、銀子はやはり、どこかさみしく思う。
やはり、妖怪と人間は龍とは違うのだ。
「なにも、おまえが寂しく思うことはないだろ。結局は私とおまえは違うんだからな」
「違うかもしれないけど……。ねえ、占部。一緒に食べよう。お箸もらってくるから」
「ああ? おまえはまだ育ち盛りなんだから、おまえが食べろ」
「でも、ひとりで食べるのは、さみしいよ」
「まったく、しかたねぇなあ」
占部は立ち上がって、部屋を出て行った。銀子もあわててあとを追う。彼が向かった先は、台所だった。
そこは、とても巨大だった。
まるで旅館やホテルの台所のようだ。
「すごい、大きい台所だね」
「この城に住んでる全員分の食事を作る場所だからな。おい、そこのお前」
「は、はい?」
夕食作りがおわったあとも残っていた女性を、占部が呼び止める。彼女は占部に気づくと、驚いたように「占部様!」と叫んだ。
「残ったものでいい。何か食うもん、あるか」
「た、食べるものっていっても……もう、使用人たちが食べるようなものしかありませんよ?」
「それで十分だ」
「そうですか……。じゃ、すこし待っててください。準備してきますから」
割烹着をきた彼女は、せわしげに奥へ走っていった。
占部を見上げる。
彼は、なんの表情も浮かべてはいなかった。ただ、その視線にきづいたのか、見下ろしてくる。
「なんだ」
「占部、ありがとう。わがまま、聞いてくれて」
「べつに、構わねぇ。私は寛大だからな」
「う、うん」
自分でいうところが占部らしい。
数分たっただけなのに、もう台所役の女性がお盆を持って持ってきてくれた。
お味噌汁に、漬け物、そして主菜は焼き鮭だった。
「すまんな」
「いいえ。あれ、占部様のところにお食事、お持ちしませんでしたか?」
「いや、なくていい」
「はあ、そうですか」
彼女は不思議そうに首をかたむけてから、再び奥へ戻っていった。
「おいしそうだね」
「まあな」
部屋に戻ってから、ふたりは一緒に夕食を食べた。
やはり、食事はひとりで食べるよりも大勢で(今はふたりきりだけど)食べた方がおいしい。
そして4日後、カガネの城へむかうために、星の城を出たのだった。




