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鵺の森  作者: イヲ
第六章・月影の歌
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五、

「あなた、センスあるわよ!」


 派遣されてきた女性は、目を輝かせながら銀子の手をとった。


 一日で作られた銀子のためのドレスは、簡素だったが、布は上等なものだった。

 星の城のなかの、唯一畳がしいていない部屋で、ダンスの特訓は始まった。


「そう……ですか?」

「ええ。何かやっていたの? 銀子ちゃん」

「日本舞踊を何年か……」

「日本舞踊! そう。だから身のこなしが上手なのね!」


 黒い髪を結った彼女は、愛想良く笑ってみせる。

 彼女の名前は、日長(ひなが)といって、カガネの城に女中として働いているらしい。女中のなかでも、どこで習ったのか、ダンスという種目に明るく、そのために星の城まで派遣されてきたという。


 スロー・ワルツを舞踏会では踊ると言っていた。実際、カガネの城で舞踏会を開くのはそうそう珍しくはないらしい。2ヶ月に一度、多くて三度ほど、要人たちと社交の場として行われている、と日長が言っていた。


「それに比べて占部様は……」


 占部は、とっくの昔に逃げてしまった。

 一時間ほど練習しただけで、面倒くさくなったと言って、あてがわれた部屋で昼寝をしている。


「でも、占部、じょうずだった」

「そうね。占部様は何度か出ているから。誰とも踊らなかったけど」

「誰とも?」

「ええ。いっつも、隅のほうでむすっとした顔をしていたわ」

「そうなんだ……でも、私もできたら誰とも踊りたくない……」


 日長は、ふふ、とほほえんで、「きっとそれは無理でしょうね」と囁いた。


「どうして?」

「それはあなた、今回の舞踏会は、あなたの為でもあるのよ」

「え!?」

「お披露目よ。人間が鵺の森にきたとなれば、お披露目しなくちゃいけないの。そういう決まりだから」

「ええー……」


 一体どんな決まり事なのだろう。

 つぐみも、こんなふうにお披露目されたのだろうか。決まりなのだから、きっとそうなのだろう。


「でも、大丈夫。あなた、飲み込みが早いし、1週間みっちり練習すれば、カガネ様の舞踏会にでても恥ずかしくないわ!」

「う、うん……。よろしくお願いします……」




 ダンスの特訓がおわったころには、もう夜になっていた。

 銀子の部屋に食事を持ってきてくれた女性は、すぐにいなくなってしまったので、ひとりきりで食べることになった。


「……いただきます……」


 手をあわせて、そっと呟く。

 占部も、食事をしているのだろうか。行儀が悪いけれど、漆塗りのお盆を持って、となりにある、占部の部屋にむかった。


「占部……」


 襖の前で声をかけると、だるそうな声が聞こえてくる。襖をそっと開けて、ぼんやりとしている占部のとなりにすわった。

 けど、占部の前には食事を運ばれてはいなかった。


「あれ、占部。ごはん、食べないの」

「私はいらん」

「食べなきゃ駄目だよ! 昨日も、宿に泊まったときも食べてないし」

「言っていなかったか。私はものを食べないでも生きていける」


 あくびをしながら呟く占部を、おもわず見つめる。

 食べなくても生きていける……。あの馬たちとおなじ。

 驚くよりさきに、こころが沈む思いになった。


「さみしいね」

「寂しくはない。ただ、那由多の食事はべつだ。食わないと那由多がうるさいからな」

「……占部……」


 なんでもないように言うけれど、銀子はやはり、どこかさみしく思う。

 やはり、妖怪と人間は龍とは違うのだ。


「なにも、おまえが寂しく思うことはないだろ。結局は私とおまえは違うんだからな」

「違うかもしれないけど……。ねえ、占部。一緒に食べよう。お箸もらってくるから」

「ああ? おまえはまだ育ち盛りなんだから、おまえが食べろ」

「でも、ひとりで食べるのは、さみしいよ」

「まったく、しかたねぇなあ」


 占部は立ち上がって、部屋を出て行った。銀子もあわててあとを追う。彼が向かった先は、台所だった。

 そこは、とても巨大だった。

 まるで旅館やホテルの台所のようだ。


「すごい、大きい台所だね」

「この城に住んでる全員分の食事を作る場所だからな。おい、そこのお前」

「は、はい?」


 夕食作りがおわったあとも残っていた女性を、占部が呼び止める。彼女は占部に気づくと、驚いたように「占部様!」と叫んだ。


「残ったものでいい。何か食うもん、あるか」

「た、食べるものっていっても……もう、使用人たちが食べるようなものしかありませんよ?」

「それで十分だ」

「そうですか……。じゃ、すこし待っててください。準備してきますから」


 割烹着をきた彼女は、せわしげに奥へ走っていった。

 占部を見上げる。

 彼は、なんの表情も浮かべてはいなかった。ただ、その視線にきづいたのか、見下ろしてくる。


「なんだ」

「占部、ありがとう。わがまま、聞いてくれて」

「べつに、構わねぇ。私は寛大だからな」

「う、うん」


 自分でいうところが占部らしい。

 数分たっただけなのに、もう台所役の女性がお盆を持って持ってきてくれた。

 お味噌汁に、漬け物、そして主菜は焼き鮭だった。


「すまんな」

「いいえ。あれ、占部様のところにお食事、お持ちしませんでしたか?」

「いや、なくていい」

「はあ、そうですか」


 彼女は不思議そうに首をかたむけてから、再び奥へ戻っていった。


「おいしそうだね」

「まあな」


 部屋に戻ってから、ふたりは一緒に夕食を食べた。

 やはり、食事はひとりで食べるよりも大勢で(今はふたりきりだけど)食べた方がおいしい。



 そして4日後、カガネの城へむかうために、星の城を出たのだった。

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