表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鵺の森  作者: イヲ
第六章・月影の歌
37/129

四、

 大広間に占部はいなかった。

 城のなかを探したけれど、見つからない。


「どこにいったんだろう」


 外はもう、暗い。

 それほど探し回っているのだが、どこにもいなかった。


 旭姫はすこし疲れたといって、床に入ってしまっている。

 ときおりすれ違うひとに占部のことを聞いたけど、みんなしらないと言う。

 城の外に出てしまったのだろうか。


「……」


 もうすこし探してから、城下町に出てみようと決意する。鴉がいるかもしれないけど、まだ慣れない土地でひとりでいるのは心細い。

 天井の星々が、うつくしく輝いている。

 ふいに、自分が今ひとりなのだと自覚した。

 廊下の先にもあとにも、誰もいない。


(私は今、ひとりだ――。)


 すっと心のなかが冷えていく気がする。

 ひとりきりは、さみしい。つらい。

 銀子は友達と呼べる子どもはいなかった。みな一様に、銀子を無視した。まわりの子どもたちにとって、銀子は妙なことを言っている、奇妙な変な子どもだということを分かっていたのだ。

 銀子のまわりは誰もいなかった。彼女には、家族だけだった。

 それなのに、家族にさえ捨てられた。

 鬼、と呼ばれた。

 鬼と呼んで、祖母は鬼のような顔で銀子を突き放した。


 やさしかった父母。

 でもそれは、ただの――まぼろしだったのかもしれない。嘘だったのだ。値踏みされ、くださられたことば。

 銀子が捨てられたその日、父母はとなりの部屋でテレビを見ていた。

 わらっていた。

 銀子は傷ついた。

 どうでもいい存在なのだと、分かったからだ。


 ずっと、銀子はひとりぼっちだった。

 妖怪が見えるというだけで。ただ、それだけのことで、鵺の森にやってきた。

 それが不幸だとは思わない。幸福でもないけれど。

 それでも、幸いだった。

 死なずにすんだ。ただそれだけだ。


 人間ではなくなるということ。

 そのことが、どういうことなのかいまだ、分からない。

 

 そしてここでも――鵺の森に値踏みされていたのだ。

 幸い、認められたのだけれど、それはきっと占部と那由多がいてくれたからだ。


「私は、ここにいてもいいの」


 そのことばはただ、またたく偽物の星に吸い込まれていくようだった。

 ずき、と胸が痛む。

 ここにはだれもいない。

 ひとりきり。絶対的な孤独。

 この城にはたくさんの妖怪たちがいるのに、ここにいるのは銀子だけだと錯覚させる。

 それがおろかなことでも、銀子はただ、そう思う。


 胸のなかに歯車が埋め込まれているように、きし、きし、と軋む。

 そこに手をあてた。

 この奥に、心臓がある。

 それでも、こころがある、とは思えなかった。


 みな、こころは胸の奥にあるものだと考えている。

 胸の痛みはこころの痛み。

 そう言ったのは母だった気がする。

 だから、こころを守らなければならないのよ、と言っていた。

 それなのに、母は銀子のこころを傷つけた。

 守ろうともしなかった。

 だからだろうか――。


「私のこころは、どこにあるんだろう」


 この胸の痛みも、苦しみも、どこからくるのだろう。

 分からない。

 なにもかも、分からないままだ。


「私は、どこにいけばいいの」


 どこへむかって歩けばいいの。

 うつむく。

 豊かな、カーヴをえがく髪の毛が、ほおにふれる。

 みちしるべはもう、捨てられたときに壊れてしまった。

 ただ、ここにきてからはがむしゃらに追いかけた。

 占部の、那由多の背中を。

 でもいまはひとりきりだ。ひとりぼっちだ――。


「占部……」


 占部はどこ。

 急に心細いおもいが、強くわきあがる。


「占部」


 ことばをつむぐ。


 かたん、と音がした。

 襖が開いた音だった。


 火のような髪の毛。つきでた龍の角。白いほお。


「占部!」


 銀子はおもわず、廊下を蹴った。そして、占部の懐にとびこむ。漆黒の着流しに、額を押しつけた。

 自分がいまなにをしているのかさえ理解できずに、ただぎゅう、と着物を握りしめる。


「な、なんだよ、銀子。どうしたんだ」

「どこにいってたの!」

「どこって、そこの部屋で昼寝してただけだ。どこにも行っちゃいねぇよ」


 うん、とうなずく。

 そうだ。占部は、どこにもいかない。


「私、私ね、ひとりぼっちだった」

「ああ?」

「でも、ここに来てから、ひとりぼっちじゃなくなった。おかあさまもおとうさまもいないけど、ひとりじゃなくなった」


 占部の表情は見えない。ただ、銀子の頭にかすかな重みをかんじた。

 それが手だと知ったのは、顔を上げてからだった。

 彼は無愛想な顔をして、銀子を見下ろしている。


「わっ」


 強く頭をなでる力によって、背中が丸まった。

 慣れていないような力に、銀子はおもわず口もとをゆるめた。


「うん。ここじゃ、ひとりきりじゃない。占部も那由多もいてくれる。私、ひとりぼっちじゃない」


 占部のことばはなかったけれど、それでもよかった。どんなにことばを重ねて慰めてくれても、彼の体温には勝らないだろうから。

 そっと体を離して、歩き出した占部のうしろを追う。

 今は、みちしるべを間違えない。見失わない。




 舞踏会で踊るダンスの特訓は、その次の日から始まった。


 那由多が心配していないだろうかと占部に問うけれど、占部は憤慨しながら「ぜんぶ知っててのことだろ」と頭を掻いただけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ