四、
大広間に占部はいなかった。
城のなかを探したけれど、見つからない。
「どこにいったんだろう」
外はもう、暗い。
それほど探し回っているのだが、どこにもいなかった。
旭姫はすこし疲れたといって、床に入ってしまっている。
ときおりすれ違うひとに占部のことを聞いたけど、みんなしらないと言う。
城の外に出てしまったのだろうか。
「……」
もうすこし探してから、城下町に出てみようと決意する。鴉がいるかもしれないけど、まだ慣れない土地でひとりでいるのは心細い。
天井の星々が、うつくしく輝いている。
ふいに、自分が今ひとりなのだと自覚した。
廊下の先にもあとにも、誰もいない。
(私は今、ひとりだ――。)
すっと心のなかが冷えていく気がする。
ひとりきりは、さみしい。つらい。
銀子は友達と呼べる子どもはいなかった。みな一様に、銀子を無視した。まわりの子どもたちにとって、銀子は妙なことを言っている、奇妙な変な子どもだということを分かっていたのだ。
銀子のまわりは誰もいなかった。彼女には、家族だけだった。
それなのに、家族にさえ捨てられた。
鬼、と呼ばれた。
鬼と呼んで、祖母は鬼のような顔で銀子を突き放した。
やさしかった父母。
でもそれは、ただの――まぼろしだったのかもしれない。嘘だったのだ。値踏みされ、くださられたことば。
銀子が捨てられたその日、父母はとなりの部屋でテレビを見ていた。
わらっていた。
銀子は傷ついた。
どうでもいい存在なのだと、分かったからだ。
ずっと、銀子はひとりぼっちだった。
妖怪が見えるというだけで。ただ、それだけのことで、鵺の森にやってきた。
それが不幸だとは思わない。幸福でもないけれど。
それでも、幸いだった。
死なずにすんだ。ただそれだけだ。
人間ではなくなるということ。
そのことが、どういうことなのかいまだ、分からない。
そしてここでも――鵺の森に値踏みされていたのだ。
幸い、認められたのだけれど、それはきっと占部と那由多がいてくれたからだ。
「私は、ここにいてもいいの」
そのことばはただ、またたく偽物の星に吸い込まれていくようだった。
ずき、と胸が痛む。
ここにはだれもいない。
ひとりきり。絶対的な孤独。
この城にはたくさんの妖怪たちがいるのに、ここにいるのは銀子だけだと錯覚させる。
それがおろかなことでも、銀子はただ、そう思う。
胸のなかに歯車が埋め込まれているように、きし、きし、と軋む。
そこに手をあてた。
この奥に、心臓がある。
それでも、こころがある、とは思えなかった。
みな、こころは胸の奥にあるものだと考えている。
胸の痛みはこころの痛み。
そう言ったのは母だった気がする。
だから、こころを守らなければならないのよ、と言っていた。
それなのに、母は銀子のこころを傷つけた。
守ろうともしなかった。
だからだろうか――。
「私のこころは、どこにあるんだろう」
この胸の痛みも、苦しみも、どこからくるのだろう。
分からない。
なにもかも、分からないままだ。
「私は、どこにいけばいいの」
どこへむかって歩けばいいの。
うつむく。
豊かな、カーヴをえがく髪の毛が、ほおにふれる。
みちしるべはもう、捨てられたときに壊れてしまった。
ただ、ここにきてからはがむしゃらに追いかけた。
占部の、那由多の背中を。
でもいまはひとりきりだ。ひとりぼっちだ――。
「占部……」
占部はどこ。
急に心細いおもいが、強くわきあがる。
「占部」
ことばをつむぐ。
かたん、と音がした。
襖が開いた音だった。
火のような髪の毛。つきでた龍の角。白いほお。
「占部!」
銀子はおもわず、廊下を蹴った。そして、占部の懐にとびこむ。漆黒の着流しに、額を押しつけた。
自分がいまなにをしているのかさえ理解できずに、ただぎゅう、と着物を握りしめる。
「な、なんだよ、銀子。どうしたんだ」
「どこにいってたの!」
「どこって、そこの部屋で昼寝してただけだ。どこにも行っちゃいねぇよ」
うん、とうなずく。
そうだ。占部は、どこにもいかない。
「私、私ね、ひとりぼっちだった」
「ああ?」
「でも、ここに来てから、ひとりぼっちじゃなくなった。おかあさまもおとうさまもいないけど、ひとりじゃなくなった」
占部の表情は見えない。ただ、銀子の頭にかすかな重みをかんじた。
それが手だと知ったのは、顔を上げてからだった。
彼は無愛想な顔をして、銀子を見下ろしている。
「わっ」
強く頭をなでる力によって、背中が丸まった。
慣れていないような力に、銀子はおもわず口もとをゆるめた。
「うん。ここじゃ、ひとりきりじゃない。占部も那由多もいてくれる。私、ひとりぼっちじゃない」
占部のことばはなかったけれど、それでもよかった。どんなにことばを重ねて慰めてくれても、彼の体温には勝らないだろうから。
そっと体を離して、歩き出した占部のうしろを追う。
今は、みちしるべを間違えない。見失わない。
舞踏会で踊るダンスの特訓は、その次の日から始まった。
那由多が心配していないだろうかと占部に問うけれど、占部は憤慨しながら「ぜんぶ知っててのことだろ」と頭を掻いただけだった。




