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鵺の森  作者: イヲ
第六章・月影の歌
35/129

二、

 城下町は、寒いのに妖怪たちがたくさんいた。

 とても賑やかで、あちこちから客寄せの声がきこえる。


「すごい。たくさんひとがいる」

「迷子になるなよ」


 占部は派手な色の羽織を身につけているから、きっと目印になる。


 馬は城下町の入り口に預けてきた。

 馬小屋では、たくさんの馬たちが並んでいて白や黒、茶色の馬もいた。見た目は人間の世界の馬とおなじだったけれど、この馬たちはみんな、水しか飲まないのだとおもうと、やはりすこしだけさみしい思いになる。


 

「銀子、なにぼうっとしてんだ。置いてくぞ」

「う、うわっ!」


 ぐい、と腕を引っ張られた。おもわず前のめりになって、転びそうになったけども、文句は言えない。きっと占部は、よかれと思ってしたことだろうから。


 占部の髪の毛が、銀子の寒くて赤くなったほおにふれる。

 それほど、早足で歩いているのだ。銀子は追いつくので精一杯で、あたりを見回すことさえできない。


 どれほど歩いただろう。

 息があがったころ、大きな城門が見えた。

 木で出来た、立派な門。その門前に、二人のおおきな男のひとが立っていた。手には、斧を持っている。まるで、雪さえも切れてしまいそうなほどの、鋭い刃だ。


 額から、一本の黒い角が突き出ている。

 鬼だ。

 二人はそれぞれの細い目で、ぎろりと銀子を見下ろした。

 黒目がとても鋭くて、三メートルはあるだろう体は、とても威圧感がある。


「名を名乗れ」

「顔見りゃ分かるだろうが。占部だ。こいつは銀子」

「占部様。規則ですから。それに銀子どの。お待ちしておりました」


 声は野太いけど、ことばの使い方はとてもやわらかかった。

 歓迎するように斧をあげた二人の大男たちは、不器用に、にこりとほほえんだ。

 余計顔が怖くなったような気がするが、銀子は慌てて頭を下げて城門をくぐった。





 星の城の中は、まるでプラネタリウムのなかにいるようだった。

 足もとのみが照らされていて、天井はオリオン座や、はくちょう座、ふたご座の星々がきらめいている。

 どうなっているのだろう、と様々な空想をしてみるけれど、占部に置いていかれそうになったので、途中で考えるのをやめた。


「占部、すごいね。すごくきれい」

「そうかあ? 私はあまり好きじゃないがな。暗くて見づらい」

「いつも、夜みたいだね」


 カガネの城のように大きくはないが、決して狭い、というわけでもない。廊下はまっすぐ続いていて、ふいに顔をあげると階段が連なっていた。その階段はとても低くて、その分段がおおい。袴とは言え、洋服ではないから段差がないほうがありがたいとおもう。

 両脇の壁にはろうそくがともされている。

 その火は、銀子たちを歓迎するように、ぼうっときれいにゆらめいた。


「三階に、旭姫がいる。まあ、かわった姫だから固くならなくていいだろう」

「でも、城主なんでしょう? えらいひとなんじゃないの?」

「城主っても、このあたりの領主ってだけだ。月江とおなじだな」

「ふうん……。でも、一代でお城を建てたんでしょう。すごいね」


 三階までのぼると、襖の両脇におそらく少女と少年であろうちいさな子がすわっていた。

 おそらく、というのは、まったくおなじ顔をしていてたからだ。

 ちがうのは、身にまとっている水干の色。

 うすい桃のような紅色の水干と、うすい空のような水色の水干をそれぞれ身にまとっているのだ。


「いらせられませ。占部様と銀子どの!」


 彼らは、ハーモニーのように歓迎した。

 おかっぱにした彼らは、アーモンドの瞳を三日月にほそめて、「うふふ」とわらった。


「わたしは右近」

「わたしは左近」


 紅色の水干を着ているのが右近で、水色の水干を着ているのは左近、というらしい。

 どうりで、それぞれ左右に座っているわけだ。


「どうぞどうぞ、お入りください。姫様が首をながくしてお待ちでございます!」


 すっと襖を開けられると、占部は遠慮なしに足を踏み入れた。


「……!」


 広がっているのは、宇宙のなかだった。

 廊下とは比べものにならない高い天井には、星々がうつくしく炎のようにゆらめいている。

 そして、時折流れ星がふっと夜空を切り裂くように横切った。


「おい銀子。なにを惚けているんだ」


 はっと我に返って、占部がいる真ん中にかけよる。

 ここは、カガネの城のように女官たちもいない。星のおかげであかるいこの大広間は、御簾の竹細工の節々までみてとれた。そして、そのさきにいるであろう、旭姫の影も見える。


「おい、旭姫。きてやったぞ。この私が」

「あいかわらず、態度がでかいのう。占部」


 こん、と咳をしながら御簾の先の影がゆらめく。

 占部は不機嫌そうに用意されていた座布団のうえにどかりと座ると、銀子を見上げた。

 その視線に気づいて、銀子もならってすわる。


「はじめまして。旭姫。私は、銀子と言います」

「おお、そなたが銀子か。待っておったぞ」

「お体、大丈夫ですか? 那由多の式神が、床に伏せっていると言っていました」

「なに、そんな重篤なわけではない。見よ、占部。銀子はこんなにも素直じゃ」

「けっ。呼び立てたわりには、口が達者なもんだ」


 影がゆれて、そっと彼女は立ち上がったように見えた。

 そして御簾を桧扇であげて、旭姫が姿をあらわす。


 とてもうつくしい鬼だった。

 黒紅のように、つやつやとした長い髪の毛。額につきでた二本の黒壇のような色の角。

 瞳は占部のように赤い。肌も透けてしまいそうなほどに白く、きれいな肌をしている。

 そして白い振袖を着ていて、まるで白無垢のようだった。


「ようこそ。星の城へ、銀子」

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