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鵺の森  作者: イヲ
第五章・アイネ・クライネ・ナハトムジーク
30/129

六、

「那由多、ほんとうに大丈夫なの?」

「ああ。起こしてすまなかった。……なぜ、わたしが倒れたと分かったんだい?」

「音がしたんだ。すこしだけ。羽が落ちてしまったような、かすかな音」

「そうか……。もしかすると、それがきみの夢見の力かもしれない」

「そうなの?」


 鳥のすがたのままの那由多が、すこしだけ笑ったような気がした。

 もしかするとね、と、彼がつぶやく。


 もう、ゆめを見ていたのか分からなくなってしまっていたけれど、音がしたことはたしかだった。

 すこしだけかなしい音だった。


「さあ、もうお休み。わたしは大丈夫だから。明日になれば、ヒトのすがたに戻れるだろう」

「うん。おやすみなさい。那由多」


 彼をひとりきりにするのは気が引けたが、大丈夫だと言っているのだから信じる。明日の朝にはまた、朝食をつくって待っていてくれるだろうから。




 那由多のことは何も知らないな、と布団のなかで思う。

 枕にほおを押しつけて、そっと息をはいた。

 彼は、何歳なのだろう。

 どうして、この屋敷から出られないのだろう。

 体が特殊とは、どういう意味なのだろう。


 分からない事ばかりだ。それでも聞く勇気はない。なぜなら、彼が聞くな、と言っているような瞳をしていたからだ。

 だから、聞けない。

 聞いてもきっと、かなしそうな顔をするのだろうから。


 銀子は、いつの間にか眠っていた。

 夢は、見なかった。





 朝起きると、那由多がいつもの部屋で朝食をつくって、待っていてくれた。ちゃんとひとの形を取っていて、安堵する。

 占部はいつもどおり、眠たそうにあくびをしていた。


「おはよう、銀子」

「おはよう。よかった、那由多。体調はもう、大丈夫になったの?」

「大丈夫。あんな姿を見られるなんて、すこし恥ずかしかったけどね。でも、もうこのとおり、平気だよ」


 彼はほほえんで、白いほおをゆるませている。

 朝食は、卵焼きと味噌汁、そして里芋と大根の煮物だった。那由多は、肉を食べない。作ってくれるけれど、豚肉や牛肉、鶏肉はけっして口にはしない。まるで、えらいお坊さんのようだなと思った。



 朝食をとってしばらくすると、廊下から、忙しない足音が聞こえてきた。

 暁暗とは違う、とても急いでいるような音。銀子は自室の襖をあけて、そっと音のするほうへ顔をあげる。

 

 かげろうのように弱々しい、それでも光を発している子どもの後ろ姿が見えた。

 水干を身につけて、まるで平安時代の装束のようだ。

 銀子はそっとあとをつけた。

 しっぽのように、黒髪がゆれている姿。その姿をおうと、那由多の部屋の前で止まった。

 そして、銀子が追ってきたことを知っていたのか、くるりとこちらに顔を向ける。

 目は鋭く、白いほおは雪のようだった。そして、くちびるは少年らしく、ほんのすこしだけ赤く染まっている。


「銀子どのですね」

「あ……うん」

「お初にお目にかかります。私は那由多さまの式神にございます。名を、瑞音と申します」

「瑞音……さん? そんなに急いで、なにがあったの?」

「……。あなたにも、申し上げるべきかもしれませんね。こちらに」


 瑞音は、少年なのにとても大人びたことばを使っている。それが当たり前のように。もとからそうであったように。

 そっと襖を開けた瑞音は、那由多のそばに走り寄って、耳打ちをした。

 エメラルド・グリーンの瞳が見開く。


「そうか、わかった。ありがとう、瑞音。たすかった」

「我が君の頼みですから。では」


 ふっと風が吹いたあと、瑞音は姿を消してしまう。残ったのは、白い紙切れだけだった。

 那由多はそれを拾い、懐にしまった。


「消えた……。なにがあったの、那由多」

「……。前に、銀子。きみはわたしが手紙を誰に書いているのか、聞いたね」

「うん」

「その相手は、星の城と呼ばれる城に住んでいる、星夜光(せいやこう)の姫――旭姫から手紙の返事が来なくなって一ト月がたった。床に伏せっていると思って式神を送ったんだけどね……」

「旭姫……?」

「どうやら、予感が当たったらしい。彼女は今、病で伏せってしまっている」


 話しが見えない。

 銀子が首をかたむけると、那由多は目を伏せて、やがて決心したように彼女を見下ろした。


「銀子。きみがその星の城に行ってくれると、わたしとしてはありがたいのだが……」

「星の城って、どこにあるの? 私でよかったら、行くよ」

「……そうか。ありがとう、銀子」


 どこか彼は歯切れが悪い。決断するのが早かったからかもしれないけれど、那由多はすこしだけ悩んでいるようだ。

 星の城というきれいな名前の城を見てみたいというのもあるし、那由多の力になりたいということもある。

 やがて決意したように、彼は銀子を見据えた。


「星の城は、ここから一日かかって行ける場所だ。手段は馬しかない。占部も一緒に行くだろうけれど、鴉も黙ってはいないだろう。それでも行ってくれるかい」

「うん。危険だっていうのは、わかる。馬に乗るのも、構わないよ。お尻がすこし痛くなるくらいだから」

「そうか。ありがとう、銀子。きみはいい子だね」


 彼はすこしだけ、疲れているようだった。

 それはそうだろう、昨日、鳥の姿になってしまったくらいだから。


「那由多は休んでいて。まだすこし、顔色悪いよ」

「……ありがとう、銀子。占部、聞いているんだろう。そういうことだから、よろしく頼むよ」


 そう言って、彼は襖の奥を覗くようにほほえんだ。

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