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鵺の森  作者: イヲ
第四章・カナリヤの鳴く夜
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二、

 黒ずくめの鴉二人は、まるで忍のように顔を隠している。だから、表情が読めない。

 ただ目だけがでていて、その目は異様に鋭い。


「占部ともあろう龍が、人間をかくまうとは。おちたものだな」


 まるで愚かなものを見下すような目で、するどい爪を土に埋め込んでいる占部を睨んだ。

 その意味がわからないまま、銀子は胸に手をあてた。そこには、あの札が忍ばせてある。


「やめておけ。こいつらの相手は、まだはやい」

「え?」

「おい、お前たち。ふつうの鴉じゃないな。……カガネの差し金か」

「残念ながら答えられぬ。われらの目的は、そこの人間。われらのあるじ、月虹(げっこう)姫様のおおせだ」

「ふん。月虹姫か。どうでもいいさ。月虹姫が何を求めようと。だが、こいつはやらん。そう言われているからな」

「白鷺の那由多か」


 探るような目で占部を睨むが、彼は当然ながらこたえない。

 いやな予感がする。

 手をぎゅっと握りしめ、目をふせた。

 きらきらとうつくしく輝く鱗が見える。


(……この妖怪たち、危険だ。なにかを探ろうとしてる。きっと、こころを揺さぶろうとしているんだ。)


「姫様は、この娘の命をご所望だ」

「……私の……いのち? 私の命を、どうするの?」

飲みこむ(・・・・)のさ」

「飲みこむ……?」

「その命、姫様のために頂戴する」


 鴉のふたりが、地を蹴る。風がほおにふきつける音が聞こえた。きりきりと音がする。

 占部はふたりを見定めるように見つめ、鋭い爪を土からもちあげた。直後、銀子の髪の毛をさらって、おおきな風をうむ。

 ほうせんかの花びらような赤い液体が飛び散り、そして、気高い咆哮が聞こえた。


「……!!」


 名も知らない鴉が、翻弄されている。

 ひとりは木の幹に足をかけ、ひとりは占部の角を折ろうと、空高く飛んだ。

 木々の合間から見える、かすかな日の光。まぶしい、と銀子が目をほそめ、それをめざとく見つけた、空高くとんだ鴉が銀子ののど元に刃をふりおろした。

 おもわず、身をかがめる。しかし、その必要はなかった。

 ぱん、と音が聞こえる。占部の尾が、その鴉をなぎ払ったのだ。軽い音だった。しかし、ひとりの鴉の体は土にはね、何メートルも引きずられた。


「あ……っ」

「おい、銀子。おまえは手をだすな。邪魔だ」

「う、うん……」


 引きずられた鴉は、体をよろけさせながら、なおも向かってくる。

 どうして、そこまで戦うのだろう。どうして、いのちをかけることができるのだろう。

 けど、その疑問はすぐにとけた。あやつられているのだ。先刻の、するどい眼光が、今やうつろに開いているだけのビー玉になってしまっている。


「ちっ。操られたか。まったく、あいつらは本当に反吐が出るようなことをする」


 足がうごかない。

 恐怖で身がすくんでいるのか、違うのかわからない。


 命をうしなうことを恐れない操り人形は、ただ銀子の命を奪うためだけに動いている。

 どうして、こんなことを。

 だが、それを考えているひまはなかった。彼らはひたすらに、骨がくだけても肉を裂かれても、むかってくる。

 もうやめて、とおもう。

 それでも、彼らは命の水滴を散らすように、欠けた刀を銀子に向けた。占部のするどく、血がにじんだ爪でそれをかるく凪ぐ。ぱっと血がまって、シャワーのように落ちてゆく。

 銀子の青白くなったほおに、血がおちた。

 そっとぬぐう。指先に、命のしずくがついていた。


「やめて。もう、やめてよ……」


 ぶざまにふるえる声。なにもできない自分が、「やめて」というのはおかしいと分かっている。

 それでも――。


 占部はなにもいわない。ただ咆哮をあげ、風をうみ、そして鴉たちをかまいたちのように切り裂く。

 土になにかが落ちる音がした。それは、鴉のふたりの首が飛んだ音だった。

 ひくっと喉が鳴る。悲鳴はでなかった。ただ、痛んだ。胸が。


 もう、やめてほしい。

 命をこれ以上、陥れないでほしい。


 首が落ちても、ふたりは血まみれのままむかってくる。


 それが、とてもつらかった。もう、おわってしまっているのに。


「銀子、おいこら、なにしてる!」


 あせったような声をする占部をおしのけて、銀子はふたりの前へおどりでた。

 なにもできるわけがないと、分かっているのに。それでも、衿に手をさしいれて、血のように赤い札をとりだした。

 占部の角からながれる幣が風にゆれる。


 赤い札を二枚、手からはなす。風にのって、それは頼りなく舞った。


「馬鹿、おまえ、使い方も分からないのに、なにをしてんだ!」

「だって、もういいじゃない! もう、おわってしまってる! もう、やめようよ!」


 視界がにじむ。辛くて、涙がでる。

 ぼろぼろの体のまま向かってくるふたりに、ほんとうのおわりをあげたい。


 

 銀子の白いほおが、赤く染まった。

 炎が、うかんでいた。それは空気の輪のようにたゆたい、やがて――すべてを包み込むように、静かにふたりを飲み込んだ。


「なんだと!」


 占部の、驚愕したような声。炎はふたりを包んで、ゆっくりと消え去った。

 ふたりの姿はもう、なかった。


「銀子、おまえ……」


 あっという間にひとの形になった占部は、険しい表情をして銀子につめよる。

 彼からは、血のにおいがした。


「ごめんなさい……。でも、もう、見てられなかった……」

「そりゃもういい。おまえ、どうやった? どうやって、炎をだした?」

「どう、って……。分からないよ。でも、辛かった。哀しかった。ただ、それだけ」


 驚いて涙はひいてしまった。それでも無意識に手で目をこする。

 占部はしばらく考えるそぶりをして、そうして――口をひらいた。


「おまえ、気を失ったとき、なにを見た(・・・・・)?」

「えっと……。海で、ギンイロっていう、人魚の女のひとと会った」

「ギンイロ……? 知らねぇな。その先は」

「さっき言ったと思うけど、私には――言霊をつむぐ力と、夢見の力がある、って」

「……。そうか。やっぱりおまえ、難儀だな」


 彼は暗い目の色をして、銀子をみおろした。

 どきりとする。

 占部の目の色は、赤い。それでも月のない夜のようにその瞳は暗く、かなしかった。

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