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鵺の森  作者: イヲ
第四章・カナリヤの鳴く夜
19/129

一、

「そうか。お前が銀子か」


 占部をそっと見上げると、読めない表情をしていた。けど、緊張はしていないようにも見える。

 おおぜいの女官たちは、みな一様におなじ顔をしていた。白いほお。熟れたフルーツのような赤いくちびる。


「座れ。ぼくは、銀子。お前と話がしたい」


 御簾のさきの影は、ちいさい。

 銀子とおなじくらいの背格好ではないだろうか。たぶん、まだ子どもだ。


「……」


 銀子はおそるおそる座ると、占部もならうように座った。


「そんなに緊張するでない。ぼくが恐ろしいか。銀子」

「……まだ、わかりません」


 正直に言うと女官たちは、さざなみのように口々に「無礼な」とささやき始めた。

 カガネのいちばん近くにいる女官は、刀を持っていた。金色にかがやく鞘。漆のような色の柄が見える。彼女の白い、か細い手が柄にふれる。

 ぎくりと銀子の肩がゆれた。


「おい。そこの。銀子は私の客人だ。銀子を斬る前に、私がお前を喰ってやる」


 まるで鮫のようなことばを投げつけられた女官は、顔面が一瞬のうちに蒼白になった。

 さざなみのようなことばも、もう、ない。

 かすかな波さえない、夜の湖のように静かだ。


「占部。相変わらずだなぁ。お前は、この鵺の森の守護龍だろう。それが妖怪を喰ってどうする」

「私は私の好きなように生きる。守るも守らないも、私の勝手だ」

「だから鴉どもがはびこる」


 はっと、銀子は御簾のうちがわにいる少年を見上げた。

 カガネは鴉とつながっている、と占部から聞いた。それが、みずからその単語をいうだろうか。


「銀子。あまり、占部を信用しないほうがいい。彼は、大嘘つきだからね」

「……」


 占部は黙ったまま、なにも言わない。それでも、銀子はカガネをしっかりと見据えて、膝のうえに手をあてながら、くちびるを開けた。


「私は、占部を信用してます」

「なぜだい?」

「命をたすけてくれたから。占部は、やさしい龍です」

「やさしい龍! ははは……。やさしい龍か。そう思わせておいて、銀子。お前をとって喰おうとしているかもしれないよ」

「そんなことありません。私は、占部を信じてます」

「やさしい龍は、妖怪の命を選り好みするか? 捨ててもいい命と、捨ててはいけない命を選ぶか?」


 どこか憎しみの色をのせたカガネは、唸るようにつぶやいた。

 そんなことあなたに言われたくない、と思うけれど、口にすることはなかった。

 カガネが鴉と関わっていると知っていることを、知られてはいけないと思ったからだ。


 ギンイロも言っていた。

 カガネは、ほかの妖怪たちの命を、いとも簡単に捨てることができると言っていた。

 それが、嘘だとはおもえない。

 彼女は誠実だったからだ。


「まあいい。銀子。お前はどんな力がある? なぜ那由多が、人間をこの森に招き入れたのか知りたいのだ」

「言霊をつむぐ力。そして、ゆめを見るための力」


 銀子のくちびるからは、まるで自分の意思ではないようなことばが出てきた。はっと口をおさえるが、もう遅かった。

 となりにすわっている占部は、とても驚いているような顔をしている。


「なるほど。言霊と夢見か……。あいつにそっくりだ……」

「あいつ……?」


 憎たらしげに呟くカガネは銀子の問いには答えなかった。

 ただ、とても恨んでいるということはわかる。

 カガネはそれ以上、「あいつ」の存在のことを口に出すことはなかった。


「カガネ。もういいな。私たちは帰る。行くぞ、銀子」

「まあ待て。今日は昼餉を用意してある。うまいぞ。この城の食事は」

「結構だ」


 すらりと立ち上がった占部に、あわてて着いていく。まわりの女官たちはふたたび、「無礼な娘だ」と囁きあっていた。けれど、占部の悪口は誰も言ってはいなかった。別に構わないけど、それほど占部は恐れられているんだと思うと、すこしさみしい気持ちになる。

 大広間から出たあと、どっと体の力がぬけていく気がした。

 起き抜けで緊張したからだろうか。


 占部の表情はかたい。

 暗い暗い森のなかをさまよっているような目をしていた。

 あかりさえない。

 月も出ていない。彼の森は、永遠に暗いままだ。


「占部。どうしたの」

「相変わらず、いけ好かねぇガキだ」


 吐き捨てるようにつぶやくと、占部は背中をむけて、朱色にそまった回廊をすすむ。

 猫足のテーブルには、ピーター・カール・ファベルジェが作ったような、黄金色のイースター・エッグが置かれていた。図鑑でみたことがある。とても高価なものだ。

 それでも、きれいだとは思えなかった。うつくしいとも。


 それを見送って占部をみうしなわないように、早足で歩いた。




 カガネの城から出て、その建物を間近で見ると、とても奇妙なかたちをしていた。まるで、かたつむりの殻のような、ねじまがった城。城壁は白に染められていて、きれいというよりも不気味だった。


 門前には、二人の門番がいる。まるであやつられるように立って、刀をもっていた。その目はどこか、死んでいるようにも見えた。



 どれくらい歩いただろう。

 枯れおちそうになっている木々や草がおおい茂る林のなか。ふいに、かさり、と草をならす音が聞こえた。


「……」


 占部は顔をあげて、銀子のうしろを睨んだ。

 おもわず、体がかたまる。占部の瞳。憎しみも、侮蔑も、悲しみも、なにもない瞳。なにも映っていない。

 ただ暗い色をたもったまま、銀子のうしろをじっと見つめた。


「鴉か」

「え……」


 ぐにゃりと、占部の体がねじまがる。

 青嵐のような清い風をまとわせて、守護龍はあらわれた。

 うつくしい、くれない色の鱗。何百年もいきている、樹木の枝のような角。白い眼球。赤い瞳孔。背中(せな)にゆれる、炎のような赤毛。紙のように白い牙。


 銀子をまもるように前へ出た占部は、林からとつぜん現れた鴉二人組をひたりと見据えた。

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