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鵺の森  作者: イヲ
第三章・凍てつく声
14/129

一、

 銀子が鵺の森にきて、一週間がたった。あいかわらず、銀子はひとりで外に出ることはできない。それを窮屈だとは思わないし、庭にはひとりで出てもいいと言われている。

 だから、伊予姫のある庭の庭石に背中をあずけて、ぼんやりとその椿の木を見上げた。

 伊予姫は、なにも言ってはくれない。ただ、悠然と立っている。


「銀子」


 ふいに声をかけられて、おもわず肩がゆれてしまった。

 縁側にいたのは、占部だ。

 炎のように赤い髪の毛を手でうっとおしそうに払っている。


「なに?」

「アソウギ通りに出かけるぞ」

「アソウギ通り!? うん、行く!」


 うれしそうにうなずいたすがたを見て、占部は眉を寄せた。

 おそらく、まえに行ったときに痛い目を見たことを覚えていないのかとおもっているのだろう。


「なにを買いに行くの?」


 縁側にあがった銀子は、占部のとなりを歩きはじめた。

 彼の角から流れる(しで)は、風にのってゆれている。銀子はそれを掴みたい欲求がうまれたが、すんでのところでやめた。怒られそうだ。


「那由多には伝えてある。この私がいるんだ。だから、殺されることもないぞ。この私がいるんだからな!」

「う、うん……ありがとう」


 二回も言ったことに気づいていないのか、胸をはっている。銀子はぎこちなく礼を言った。

 柳の木と、竹林をぬけてアソウギ通りにむかう。占部はどんどんとアソウギ通りにむかう道を歩いていってしまった。

 銀子はその歩幅についていけず、小走りになってしまう。編み上げブーツだから、転びやすいということもないけれど、汗がにじんですこし、暑くなってきた。

 だが、占部がアソウギ通りの門前につくと、ようやく銀子を待つように立ち止まった。


「銀子、おまえ、足遅いなぁ」

「占部が早いんだよ!」

「だったら、足が短いんだな」

「そ、そんなことない!」


 いじわるなことを言って、にやにやと笑いはじめる。

 おもわず中振り袖の袖をふりあげて、占部を叩いた。彼はそれを無視して、アソウギ通りに足をふみいれる。


「占部、なにを買うの?」

「おまえの着るものだよ。なゆたは外に出かけられないからな」

「え?」

「だから、おまえの着物だよ。私はどんなのがいいのかは分からんから、おまえが勝手に選べ。心配しなくても金ならある」


 銀子が聞きたいのはそこではないのだが。

 だが、占部はふたたびまえへと歩いていってしまうので、銀子は思考を中断して必死に占部の背中を追いかけた。


 銀子の家はふるい家で、家訓というものさえあり、当主の言うことは絶対であった。

 彼女は外で遊ぶこともゆるされず、ただ琴や華を習わされ、おおいに遊ぶこともできなかった。

 だから、着物を着ることも窮屈ではないし、当たり前のことだ。

 けれど、自分で選べるということはなく、すべて与えられたものしか着ることは許されていない。

 それでも今は、ちがう。


「いらっしゃい」


 にこにこと愛想のいい、ねずみのような顔をした女の人が、まんまるな瞳をよけい丸くさせて「おや」と首をかたむけた。


「まえに見た、人間の嬢ちゃんじゃないか。どうしたんだい」

「あ、あのね、着物を買いにきたんだ」

「そうかい、そうかい。もうじき寒くなるから、羽織もおすすめだよ。そろそろ(ひとえ)の時期も終わりだ。(あわせ)のほうがいいかもしれないね」


 屋台にずらりと並んでいる、色とりどりの羽織や袷の着物。

 菊や、秋桜、桔梗などの、さまざまな花が着物に刺繍されていたり、染められたりしている。


「きれいな生地。ねえ、占部。どれがいいかなぁ」

「あ?」


 今気づいたかのように、占部がおかしな声をだす。だらしなく袂に手をいれて、大きなあくびをしている。

 昨日、はやくに寝ていたような気がするのに、まだ眠いのだろうか。


「私に聞くな。おまえが選べ。那由多いわく、私にはセンスというものがないらしいからな」

「そ、そういうことなんだ……。じゃあ、この桔梗の着物がいい」

「一枚だけか? もっと買っておけ。鵺の森の冬は厳しい。そうだな。ここからここまで、全部くれ」

「!?」

「占部さま、いつもありがとうございます!」


 屋台の端から端をゆびさして、「全部くれ」と言う。銀子はおもわず目を見開いて、占部の袖をおもいきり引いてしまった。

 だが、彼の表情はひょうひょうとしていて、銀子のようすなど、まったく見ない。


「また、後ほどお届けにあがりますので」

「おー」


 女性の商人は、うれしそうに屋台をしめ始めてしまった。おそらく、売るものがなくなってしまったからと言うことと、届けるための準備をするためだろう。

 がらがらと屋台を引いて、そうそうにねずみのような商人は去っていった。

 すばやい行動に、銀子は呆然とそれを見送る。


「どうした、銀子。なにそんなぼーっとしてる」

「……いつも、こんな感じなの?」

「ああ? そうだが。何か問題でもあるか?」

「もっと、ちゃんと選んだらいいのに……」


 着物を買うためにアソウギ通りにきたのに、あっという間に買い物が終わってしまった。

 せっかく外にでたのに、とすこしだけ、さみしい思いになる。けれど、それを言えるはずもない。外に出してくれたのだから、文句は言えないのだ。


「面倒くさいだろうが」

「だって、せっかく外に出たのに」

「ああ……。そういやおまえ、外にひとりでまだ出られないんだったな」

「そうだよ!」


 今思い出したかのような占部に、すこしだけあきれる。そういえばいつも、占部は外でふらふらとしているような気がする。夜になると帰ってきて、那由多の夕食を食べるのだ。


「べつに、不満っていうわけじゃないけど……」


 それでも今更になって、言い訳のようなことばが出てしまったけど、占部は特にむっとすることもなく、ふうん、と鼻を鳴らしながら頭を掻いている。


「仕方ねぇから、そのへんぶらぶら歩くか」

「いいの!?」


 漆黒の着流しをひらりとひるがえして、銀子に背をむけた。

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