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鵺の森  作者: イヲ
第十四章・扇面
125/129

六、

 衿にいつもお守りのように入れていた、札。それに手をかける。

 カガネはひとりで戦おうとしているのだ。

 三人の鴉の残党を、カガネひとりで背負う必要はない。


「お嬢ちゃんも戦う気かい? やめたほうがいいよ、痛い目を見たくなければね」

「銀子。おまえは手を出すな。これは王のつとめだ」

「カガネ。あなたがどれほどの力を持っているのか分からない。でも、あなただけに戦わせるのはちがうと思う」

「……そうか。そういう女だったな、おまえは。言ってもきかない。そういう頑固者だった」


 カガネはどこかおかしそうに笑い、鴉の残党をもう一度にらみつけた。

 迷いなど、どこにもないかのように。


「もう少し、利口な子だと思っていたよ。お嬢ちゃん。この馬鹿な王のために死ぬなんて、ばかばかしくてあの守護龍に顔向けできないよ」

「今は占部のことは関係ない」


 鴉たちはにやにやといやな笑みを浮かべて、刀や槍をふたりに向けた。

 あきらかに、殺すことをもたのしんでいる。


 カガネの呼気が聞こえる。

 彼は畳を蹴って、鴉の懐に入った。

 

「おっと」


 だが、鴉もそうやすやすと殺されることはしない。カガネの刀を一人が受け止め、もうひとりの鴉が彼のわき腹を狙う。


「カガネ!」


 銀子の手から離れた札が瞬時に燃え上がった。

 その炎はかたちを変え、龍の姿になる。

 この鵺の森で、知らぬものはいないはずの、あの龍の姿とほぼ同じ姿。

 

「!?」


 鴉たちは想定外だったのか、目を見開き足を半歩、下げた。

 その瞬間をカガネは見逃すはずもなく、刀の切っ先をひとりの鴉の腹部を切り裂く。

 血しぶきがカガネのほおを汚し、それでも彼は立ち止まらない。

 舞うように刀を振りかざし、うろたえる、残った二人の鴉を斬りつけようと再び畳を蹴るが、鴉はもう冷静さを取り戻していた。


 炎の龍の咆哮が、大広間に響く。


 鉄と鉄がこすれあう音。

 散る火花。


 銀子が召喚した龍は牙をむき出しにして、鴉に敵意をあらわしている。

 その眼孔は鋭く、鴉とカガネの動きを観察しているようだった。

 鋭いが、理知的な目をした龍はカガネの刀が弾かれた直後、動いた。


 龍は、カガネを守るように鴉の前に躍りでて、刀を持っていた手を食いちぎる。

 耳をふさぎたくなるような悲鳴。

 それでも銀子はそれから逃げなかった。

 殺すことの意味。

 傷つけることの意味を、銀子は知らなければならないからだ。


 銀子は、この鵺の森のなかでいちばんきれいな場所にいる、ということ。

 あの美しい女性から言われた言葉を、銀子は覚えている。

 ちがう、とは言えない。

 そのとおりだからだ。

 けれど、身にふりかかったすべてを、占部や那由多におしつけることはできない。

 そうしたら、銀子がここにいる意味を見失ってしまいそうだからだ。

 傷つけるために生きるのではない。

 そうなれば、鴉とおなじだ。


 片腕を失って畳にうずくまる姿を見て、最後に残った鴉は、恐れおののいた表情で、カガネと銀子を見ている。


「どうする、まだやるか」

「どうせ、このままではどうともできない。お嬢ちゃん。あんたのことをあなどっていたよ。あんたは命を奪うことに恐怖を感じているものの、それはその王を守るためだ」

「銀子」

「――なに?」

「この者をどうするかは、おまえが決めろ。ぼくはそれに従ってやる」


 腕を食いちぎられた鴉は意識をうしなったのか、ぴくりとも動かない。

 もしかすると、死んでしまったのかもしれなかった。


「……鵺の森の王を殺そうとしたことは重罪だと思う。でも、私は、この人を裁けるような、そんなできた存在じゃない……」

「おまえは、本当にお人好しな娘だ。まあ、おまえが死罪にしろというということはないと思っていたがな」


 鴉は、もう敵意などどこにもなかった。

 ただうなだれて、大きく息を吐き出す。


「なあ――占部」

「え?」


 襖を開けたのは、どこか不機嫌そうに顔をしかめた占部本人だった。

 血だまりの畳を気にもとめずに踏みしめる。


「過保護だなあ、おまえも」

「ふん、言っとけ。銀子、けがはないか」

「私は平気だよ。でも……」


 占部はちら、と片腕のない鴉の残党を見下ろし、すぐに銀子に視線をもどした。


「これでも甘い。本当なら死罪だ。だが、まあいい。銀子が無事だったんだからな。おい、生きてるか、お前」

「う……っ」


 つま先でうずくまる鴉の一人を蹴飛ばし、生きていることを確かめると、占部は残った片方の腕をつかんで、無理やり立ち上がらせる。


「こいつをもらうぞ。あと、そこのうなだれている奴。おい、そこの。ついてこい。喜べ。那由多じきじきに罰してやる」

「那由多……? ああ……姫がやけに固執していた男か……。どうとでもすればいい」

「やけにしおらしいな? まあどうでもいいが。途中で逃げるような真似はするなよ。逃げれば私が食い殺す」


 本気がどうか分からないが、占部は軽口を言うように吐き捨て、カガネに背中をむけた。

 それに従うように、うなだれていた鴉が立ち上がる。

 後ろから占部を傷つけられるような、そんな覇気はないようだった。


「銀子、おまえももう帰れ。玉斧どもの掃討は、じきだろう。ぼくのことなら心配いらない」

「また、くるよ」


 銀子がつぶやくと、カガネは苦笑した。

 まるで、しかたのない妹を見るかのように。 

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