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鵺の森  作者: イヲ
第十四章・扇面
124/129

五、


「おまえは、母上と似ている」

「え?」

「母上は、コトの自我が安定する前に亡くなったが、僅かに覚えている。なぜ忘れていたのだろうな。ぼくを愛した、たったひとりの存在を」


 カガネは赤い目を細めて、まぶしいものを見るように銀子を見つめた。


「カガネのおかあさんは、どんなひとだったの?」

「王の妃として恥じぬ、やさしく強い女性(ひと)だった」

「……カガネのおかあさんは、あなたをちゃんと愛してくれていた。あなたのおかあさんは、あなたが悲しむことを、望んでいないよ、きっと」

「悲しみ、か。久しく、感じていない感情だ。喜びも、苦しみも、なにもかも。感じることをやめていた」


 邪魔だったのかもしれない。感情というものが。


「カガネ。あなたは――」


 銀子がくちびるを開いた直後、音が聞こえた。

 ごとっ、という、不穏な音。

 まるで、なにか質量のあるものが落ちたような、気味の悪い音が聞こえた。


 カガネは目を細め、御簾の向こう側へ向かっていった。


「なに……?」


 襖がガタガタと揺れている。

 なにかが無理やり開けようとしているようだ。

 銀子は無意識のうちに立ち上がり、胸のあたりで手を握りしめた。そこには、父が身につけていた琥珀と、占部から預かっている逆鱗がある。


「銀子。そこをどけ」

「誰かいるの」


 カガネは応えず、手にした刀を鞘からぬいた。

 ぎらり、と白刃が灯りに反射して不気味に輝く。

 身の丈にあわぬほど――大人が持ってこその大きさのその刀。


「カガネ、斬るの?」

「おまえは隠れていろ。見たくはないだろう」

「……足は引っ張らないよ」

「そういう問題じゃない。これはぼくの問題だ。おまえを巻き込むのは本意ではない」


 話している合間にも、襖が壊れそうなほどに揺れている。

 カガネはそれ(・・)が誰か、すでに分かっていた。

 玉斧の手のものだ。

 あの男は、決して自分で手をださない。

 小心者で、卑怯で、愚かな男だ。

 おそらくだが、行き場のなくなった鴉を雇って、暗殺しようとしているのだろう。


 だが、見誤った。


 ここにいるのは鵺の森の王。

 そう、「表の王」として、「裏の王」――那由多の力をわずかながらも受け継いでいる。

 那由多は、この鵺の森の一番の術師でもある。

 ふつうの術師の命を削ってなせる技を、那由多は片手間のように術式を終わらせてしまう。

 末恐ろしい男だ。

 殺すことにためらいがない。

 そのために、多大な罰を背負っている。

 死ねないという、命にあるまじき罰を。


 耳をふさぎたくなるような、分厚い紙を引きちぎるような音が広い広間に響く。


「銀子、ぼくの後ろにさがれ。あいつらは、おそらく鴉だった奴らだ」

「鴉!」


 襖が破られ、現れたのは那由多の洞窟で見たような、顔を黒い布で隠した、鴉の残党だった。

 3人。

 ひとりの王を殺すために、残党を3人をよこしたのか。


「見くびられたものだな。貴様たちの主はどうせ玉斧とかいう、愚か者だろう」

「………」


 3人は何も言わない。

 手にはそれぞれ、刀、槍を持っている。

 殺害そのものを目的としている、そのもの。


 カガネは鼻で笑い、刀を3人にむけて挑発した。


「そんなに金が欲しいか。――殺した金で生活できると思いあがっているのなら、ぼくがここで引導を渡してやろう」

「……よく言う。鴉と繋がっていたのは消せない事実ぞ」

「ああ、そうだろうとも。ぼくは鵺の森の王だ。事実は事実だろう。それは受け入れるしかない。逃げる気もない」

「まあ、どうでもいいさ。玉斧からの依頼を果たせば、俺たちは金が手に入る」


 銀子の存在を忘れてしまっているかのように、カガネは尊大な態度で奇襲者を睨んでいる。

 月虹姫が生きていたころならば、迷わず襲い掛かっていたのだろう。

 それだけの存在なのだ。銀子は。


「……いいかげんにして!!」


 銀子の手はふるえていた。

 命をどれほど軽く思えば気が済むのだろう。


 鴉の残党は、初めて銀子に気づいたかのように、顔を銀子に向けた。


「ああ……。まだ生きていたのか」

「カガネは鵺の森を守るために、感情まで殺してきた。あなたたちが笑ったり怒ったりしている間、ずっと殺して生きてきた。鵺の森に棲んでいるのに、あなたたちは……」

「きれいだねぇ、お嬢ちゃんは。心が純粋で、とてもきれいだ」


 馬鹿にしているのを隠しもせずに、男は吐き捨てた。

 だが、銀子は知っている。

 自分がどれほど恵まれているか、など。


「でもねぇ、お嬢ちゃん。この世界には、きれいごとで片付けられることは少ないんだよ。残念ながらね」

「……そうかもしれない。私だって、月虹姫を殺した。ひとりの命を消した。きれいごとで終わることができたなら、それでよかった。でも、月虹姫は私の敵だった。だから殺した……」

「同じじゃないか。お嬢ちゃんと俺たちは同類だ。ひとり殺すにしろ、二人殺すにしろ、殺したことは同じことだからね」

「それは間抜けな返答だな。貴様らはぼくを本当の敵として見ていない。金のために殺すだけだ。違うか?」

「ああ、まあ、それは否定しないさ。別に俺たちはおまえを敵として見ていない。憎んじゃいないさ。だが、生活のために金がいるんでね」

「ぼくはまだ死ねない。だからこそ――おまえたちを敵とみなす」


 刀を向けたままカガネは凛と、宣言した。

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