四、
「カガネ王に会わせてください」
「いくらあなたといえど……」
門番の妖怪は、必死に食いついている銀子に参っていた。
先に連絡が入っているのならいざ知らず、いきなり来て会わせてほしい、と言われても、王とて暇ではない。
だが、と門番は思う。
いま、カガネ王の周りの側近たちは、王に忠誠など誓っていない。
玉斧という、腹の内が見え透いたものもいるが、見えないものもいる。
コト姫は床に臥せっているし、カガネ王のまわりにいた采女たちも姿が見えない。
状況は悪い、と門番は思っている。
だが、目の前の少女は鵺の森に奇跡をおこしたと聞いている。
なら――この状況を打破できるのではないか、と。
「――かしこまりました。ご無礼のなきよう」
「うん。ありがとう」
彼女はどこか急ぎ足で、城門をくぐっていった。
門番は、ふたりいた。
けれど、彼はどこかへ行ってしまった。
彼も、野心に取り付かれたのだろうか。
門番は城壁を見上げて、そっと息をついた。
「だれもいない……」
赤い提灯。火のともっていないそれは、すこし不気味だった。
中は少しは明るいが、それも窓から入ってくる光に頼っているだけだ。
誰もいない城のなかは、前のように銀子に敵意を向けている妖怪はいないが、やはり寂しく思う。
「――銀子?」
カガネのいるであろう、玉座へ通じる階段をのぼろうとしたとき、聞きなじんだ声がふってきた。
顔をあげると、そこにはやはり、カガネがいた。
ゆたかな布を身にまとっていて、いつもと変わらない、読めない表情をしている。
「なぜ来た。おまえにできることは何もない」
「分かっているよ。でも私は、あなたと話がしたい」
「……ぼくと話を? まあいいだろう。こちらへこい」
「うん」
着物の裾をおさえて、階段をのぼる。カガネは銀子がのぼりきるまで待っていてくれた。
カガネは黙ったまま、すでに番のいなくなった襖を開ける。
銀子が入ると、襖は勝手に閉まった。
「人払いをする必要もなくなったが、鍵はかけさせてもらう」
カガネは人差し指を襖へ差すと、何か軽い音が聞こえた。
これが鍵をかけた、ということなのだろう。
「だれも、いないんだね……。門番のひとも、ひとりしかいなかった……」
「いったん、暇を出させた。この事態が収まったら、また呼び出すつもりだ。……あれらも、生活がある」
「カガネ」
銀子は畳にじかにすわったカガネの前にすわり、彼の目をみすえた。
真っ赤な目。
占部の目よりも、赤みが強い。
「言ってみろ。おまえが言いたいことを」
「あなたは、ひとりきりじゃないよ」
「……何を言うかと思えば」
カガネは失笑するようにくちびるをゆがませた。
まるで、愚か者をみるような目で、銀子をにらむ。
それでも銀子は顎をひいて、こぶしを握りしめた。
「王は孤高でなければならない。父王から、その前の祖父王から、ずっとそうだった。父王はぼくを愛さなかったし、祖父王もぼくを愛さなかった。だれも、ぼくを愛さなかった」
「私はカガネのことは分からない。その思いも分からない。でも、カガネ。あなたは、本当にそれでいいの。誰かに、好きになってほしいって、思ったことはないの」
銀子は真剣に、そう思っているようだった。
カガネは、思考する。
この娘は、強くなった。
あの占部や那由多に守られているだけの少女ではないのだ、と。
孤月とは会ったことはないが、この娘と似ているのだろう、と思う。この芯の強さ。ユキサの一族の主だった彼女は――その強さは、娘へと確かに受け継いだ。
だが、彼女の心の強さは違う方向へと向かっていってしまった。
銀子の強さは、それとは違う。
まっすぐに、正しい方向へ向かっているのだ。
その強さが、カガネにはまぶしい。
だからこそ、カガネは彼女に嘘はつけない。
「……おまえには嘘は通じないな」
カガネはこめかみに手をあてて、ふう、とため息をついた。
「そうだな。そうかもしれない。ぼくは、誰にも愛されなかった。だが、もしも……父王がぼくを愛してくれていたら、この状況はなかったかもしれない。コトも、床に臥せることもなかったかもしれない」
「でも、亡くなったひとはもう、戻らない。だから、これからのことを話そうよ。ねえ、カガネ。あなたは、やさしい王だよ。鵺の森の妖たちのことをいちばんに考えてる。でも、あなたはあなたの幸せがあるはず。鵺の森の王ではない、あなただけの幸せが。――那由多もおなじ……」
銀子はそっと視線を下げ、鵺の森にとらわれている命を思い出しているようだった。
死ぬことをゆるされない、あわれな命。
「おしえて。あなたのことを」
「ぼくのことを……?」
「まずは知ることだと思うんだ。私、何も知らなかったもの。あなたのこと」
「ぼくは――ただ、愛されたかったのだと思う。だが、父王もおなじ気持ちだっただろう。だがか、ぼくも我慢しなければ、いい王にならなければ、鵺の森の妖たちの――いい偶像にならなければ、とそれだけを思っていた。だが――今は改変のときなのかもしれないな……」
「あなたは、やっぱりすごいね。認める強さがある」
「……おまえに褒められるとはな。最初に謁見したときと、まったく違う」
カガネは、今まで見たこともないような笑みをうかべた。
卑屈ではない、純粋な笑みだった。




