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鵺の森  作者: イヲ
第十四章・扇面
123/129

四、

「カガネ王に会わせてください」

「いくらあなたといえど……」


 門番の妖怪は、必死に食いついている銀子に参っていた。

 先に連絡が入っているのならいざ知らず、いきなり来て会わせてほしい、と言われても、王とて暇ではない。


 だが、と門番は思う。

 いま、カガネ王の周りの側近たちは、王に忠誠など誓っていない。

 玉斧という、腹の内が見え透いたものもいるが、見えないものもいる。

 コト姫は床に臥せっているし、カガネ王のまわりにいた采女たちも姿が見えない。

 状況は悪い、と門番は思っている。

 だが、目の前の少女は鵺の森に奇跡をおこしたと聞いている。

 なら――この状況を打破できるのではないか、と。


「――かしこまりました。ご無礼のなきよう」

「うん。ありがとう」


 彼女はどこか急ぎ足で、城門をくぐっていった。

 門番は、ふたりいた。

 けれど、彼はどこかへ行ってしまった。

 彼も、野心に取り付かれたのだろうか。

 門番は城壁を見上げて、そっと息をついた。




「だれもいない……」


 赤い提灯。火のともっていないそれは、すこし不気味だった。

 中は少しは明るいが、それも窓から入ってくる光に頼っているだけだ。


 誰もいない城のなかは、前のように銀子に敵意を向けている妖怪はいないが、やはり寂しく思う。


「――銀子?」


 カガネのいるであろう、玉座へ通じる階段をのぼろうとしたとき、聞きなじんだ声がふってきた。

 顔をあげると、そこにはやはり、カガネがいた。

 ゆたかな布を身にまとっていて、いつもと変わらない、読めない表情をしている。


「なぜ来た。おまえにできることは何もない」

「分かっているよ。でも私は、あなたと話がしたい」

「……ぼくと話を? まあいいだろう。こちらへこい」

「うん」


 着物の裾をおさえて、階段をのぼる。カガネは銀子がのぼりきるまで待っていてくれた。

 カガネは黙ったまま、すでに番のいなくなった襖を開ける。

 銀子が入ると、襖は勝手に閉まった。


「人払いをする必要もなくなったが、鍵はかけさせてもらう」


 カガネは人差し指を襖へ差すと、何か軽い音が聞こえた。

 これが鍵をかけた、ということなのだろう。


「だれも、いないんだね……。門番のひとも、ひとりしかいなかった……」

「いったん、暇を出させた。この事態が収まったら、また呼び出すつもりだ。……あれらも、生活がある」

「カガネ」


 銀子は畳にじかにすわったカガネの前にすわり、彼の目をみすえた。

 真っ赤な目。

 占部の目よりも、赤みが強い。


「言ってみろ。おまえが言いたいことを」

「あなたは、ひとりきりじゃないよ」

「……何を言うかと思えば」


 カガネは失笑するようにくちびるをゆがませた。

 まるで、愚か者をみるような目で、銀子をにらむ。

 それでも銀子は顎をひいて、こぶしを握りしめた。


「王は孤高でなければならない。父王から、その前の祖父王から、ずっとそうだった。父王はぼくを愛さなかったし、祖父王もぼくを愛さなかった。だれも、ぼくを愛さなかった」

「私はカガネのことは分からない。その思いも分からない。でも、カガネ。あなたは、本当にそれでいいの。誰かに、好きになってほしいって、思ったことはないの」


 銀子は真剣に、そう思っているようだった。

 カガネは、思考する。

 この(むすめ)は、強くなった。

 あの占部や那由多に守られているだけの少女ではないのだ、と。

 孤月(こげつ)とは会ったことはないが、この娘と似ているのだろう、と思う。この芯の強さ。ユキサの一族の主だった彼女は――その強さは、娘へと確かに受け継いだ。

 だが、彼女の心の強さは違う方向へと向かっていってしまった。

 銀子の強さは、それとは違う。

 まっすぐに、正しい方向へ向かっているのだ。

 その強さが、カガネにはまぶしい。

 

 だからこそ、カガネは彼女に嘘はつけない。


「……おまえには嘘は通じないな」


 カガネはこめかみに手をあてて、ふう、とため息をついた。


「そうだな。そうかもしれない。ぼくは、誰にも愛されなかった。だが、もしも……父王がぼくを愛してくれていたら、この状況はなかったかもしれない。コトも、床に臥せることもなかったかもしれない」

「でも、亡くなったひとはもう、戻らない。だから、これからのことを話そうよ。ねえ、カガネ。あなたは、やさしい王だよ。鵺の森の妖たちのことをいちばんに考えてる。でも、あなたはあなたの幸せがあるはず。鵺の森の王ではない、あなただけの幸せが。――那由多もおなじ……」


 銀子はそっと視線を下げ、鵺の森にとらわれている命を思い出しているようだった。

 死ぬことをゆるされない、あわれな命。


「おしえて。あなたのことを」

「ぼくのことを……?」

「まずは知ることだと思うんだ。私、何も知らなかったもの。あなたのこと」

「ぼくは――ただ、愛されたかったのだと思う。だが、父王もおなじ気持ちだっただろう。だがか、ぼくも我慢しなければ、いい王にならなければ、鵺の森の妖たちの――いい偶像にならなければ、とそれだけを思っていた。だが――今は改変のときなのかもしれないな……」

「あなたは、やっぱりすごいね。認める強さがある」

「……おまえに褒められるとはな。最初に謁見したときと、まったく違う」


 カガネは、今まで見たこともないような笑みをうかべた。

 卑屈ではない、純粋な笑みだった。

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