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鵺の森  作者: イヲ
第十四章・扇面
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三、

 那由多は銀子の部屋に入ると、コトのことを語った。

 きみが知らねばならないことだと。

 そして、カガネの城の現状のことも。


「コトが……」

「ああ。そして、カガネは一人、あの広い城で闘っている」

「――私にできることはある?」

「そうだね……。一度、カガネと会ってみるかい?」

「うん」


 そのエメラルド・グリーンの目を細め、彼はほほえんだ。

 どこか、安堵したような表情だった。


「では、明日にでも。できるだけ、早い方がいい。でも、銀子。きみは言霊の力を持っている。その力をもってしても、コトの病症はよくはならないだろう。それだけは、知っていておくれ」

「どうして……」

「彼女が望んでいることだ。力だけではどうすることもできない、こころというものがある。力があっても、すべてを救うことはできない。それはきみも理解しているだろう?」

「――うん……」


 ひとのいのちとは、どんなに重いだろう。

 それでも、それを軽く見誤っている妖もいる。

 そんな妖たちに、コトはなすすべもなく命の灯を消されるのだ。


 そして――彼女は、兄の――カガネのことを託した。

 占部に。

 占部、ただひとりに。

 だからだろうか。銀子の力を望まないのは。

 わからない。

 ひとのこころを代弁できるほど、銀子はうぬぼれてはいない。


 那由多は、おやすみ、と言い、部屋を出ていった。



 銀子はひとり、窓のない部屋にすわっていた。

 ただひとり。


 いのちは重い。

 とてつもなく。

 ひとりにつきひとつずつ、持っている大切なもの。

 それを奪う存在は、自分にも命があることを知っているのだろうか?


 ふいに、つぐみのことを想いだす。

 自死を選んだ、つぐみ。

 自らの灯を自らで消した、彼女。

 もう、銀子の目に映ることのない、この世界のどこにもいない、彼女。

 那由多と占部は、つぐみのようにはならないでほしいと言ってくれた。


 それはある一種の(みことのり)だ。


 銀子に自死はえらべない。

 そういうことなのだ。


 コト姫――。

 彼女は誇り高い姫なのだろう。

 自分の生、自分の生きた道、自分の(おわり)を、自分で決めたのだから。

 自分の命よりも大切な、カガネの命。

 それを守ってほしいと、彼女は言った。


「私は……?」


 ぽつりとつぶやく。

 あの蝶のように美しい、妖の言ったとおりだ。

 銀子は、この鵺の森のいちばんきれいな場所にいる。

 那由多と、占部に守られて。


 ちゃんと生きようと、そう願い、誓った。

 自分で決めた。

 それなのに――。


 占部から預かっている、彼の逆鱗が入ったお守り袋を握りしめる。

 あたたかい。

 まるで、ちいさな炎のように。


 カガネのところに行こう。

 明日はきっと、銀子が思惟する生の岐路になるだろう。




 太陽がのぼったころには、もう銀子は起きていた。

 緊張しているのだな、とおもう。

 今日は、カガネの城にはひとりで行こうと思っている。

 道はだいたい覚えているし、大丈夫だろう。


 カガネに何を言えばいいのか分からない。

 けれど会わなければ、そのままだ。


 帯をいつもよりきつく締めて、台所へ向かった。きっと、那由多がいるだろうから。



「おや、銀子。早いね」

「うん。ねえ、那由多。今日は私、ひとりでカガネのお城にいくよ」

「それは、なぜだい?」

「今までは、占部や那由多の式神に頼りきりだったから。ひとりで、行きたいんだ。カガネと、ちゃんと話をしたい」

「そうか……。そうだね、銀子。きみひとりで行くといい。納得するまで、カガネと話しておいで」

「ありがとう、那由多」


 それから、那由多の手伝いをして、転ばないようにいつもの部屋にむかった。

 占部が起きていて、箸をつけるまで、銀子はひとり思考していた。


 何をはなせばいいのか。

 何をつたえればいいのか。

 

「銀子。おまえ、ひとりで行くのか」

「う、うん……」

「そうか。気をつけて行けよ」

「うん」


 なぜ銀子がひとりで行くことを知ったのか分からなかったが、那由多が伝えたのだろう、きっと。

 


 銀子がカガネへのお土産にと、昨日つくった、かぼちゃの煮物を風呂敷に包んで出ていった。


「ほんとうに、ひとりで行かせてよかったのかい? 占部」

「ああ。あいつは、流されねぇだろ。最初会ったときの、弱い(むすめ)じゃない」

「そうだね――。占部」

「あ?」

「銀子も、変わった。わたしも、どこか変化がおとずれたようだ」


 那由多はそっとほほえみ、もう見えなくなった銀子の背を追うように、庭に出た。


「お、おい、那由多」


 那由多はこの屋敷からは出られない。

 彼は大丈夫だと頷き、広い空を見上げた。

 そこに、まだ朝だというのにひとつ、輝く星が見える。

 正確には星ではない。

 あれは、鵺の森の意思だ。月虹姫が言っていた、カミという名、そのもの。


「わたしを地に墜とした鵺の森の意思。わたしはそれを憎んでいたのかもしれない。死んでも死にきれず、生きることを強要され、自由もない生をただ、殺すため、生かすために使ってきた」

「………」

「けれど、そこにわたしはわたしの意思はなかった。白鷺の那由多という個を、わたしは生きていなかった」


 土で汚れている長袴をそのままに、その意志を見上げている那由多は、どこかうつろっていた。


「わたしは、生きたいと思うよ。鵺の森の意思ではなく、自分の意思で、そう思う」

「銀子に言ってやれ。昨日も言ったが、おまえの幸福をだれよりも願っているのはあいつだ」

「ああ――そうだね」

「……どういう風の吹き回しかしらねぇがな」

「きみたちのおかげだよ。銀子は、ひとりだちしようとしている。もう、守らなければならないか弱い少女ではない。それに気づけたのも、銀子、そしてきみのおかげだ」



 那由多はどこかすがすがしい、闇を取り払ったような表情で、ほほえんだ。

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