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鵺の森  作者: イヲ
第十四章・扇面
121/129

二、

「おかえり、占部」


 でむかえたのは、銀子だった。

 瑞音はすでに姿を消してしまったし、銀子が見るのは占部だけだ。


「ああ……」

「ごはん、できているよ。那由多と一緒につくったんだ」

「そうか」


 言葉すくない占部に疑問をうかべながらも、彼女は何も言わない。

 気配で察しているのだろう。

 だが、銀子に伝えなければならないことがある。

 


「どうしたの?」


 廊下の途中で立ち止まった銀子は、不思議そうに首をかたむけた。


「いや。今日、カガネの城に行ったんだがな。あいつ――カガネは、もうおまえを娶る気はないんだとよ」

「そっか……」

「なんだよ、うれしくなさそうだな」

「そ、そんなことないよ! ほっとしたっていうほうが大きいだけ」

「ふうん。まあ、別にいいけどよ」


 する、と衣擦れの音が聞こえる。

 聞きなじんだ音だ。誰かはすぐにわかる。


「あまり銀子をいじめてはいけないよ」

「ああ? 別にそういうわけじゃねぇ」


 那由多は、わずかにほほえんで、こめかみに手をあてた。

 なにかを考えるしぐさだ。


「瑞音からいろいろ聞いたよ。珍しいこともあるものだね。占部」

「ったく、あいつは本当におしゃべりだな」

「?」

「ああ。銀子。きみにも話さなければならないことがある。食事をとったら、きみの部屋を訪おう」

「わかった」


 満足そうにうなずくと、食事にしよう、那由多の部屋へむかった。


 かぼちゃの煮物が大皿に載っている。

 形はでこぼこで均等ではないが、よく煮えているようで、深い、きれいな色をしていた。


「か、かぼちゃは硬いから、切るの、むずかしいんだよ……」


 銀子は形が悪いのを気にしているのか、ぽつりとつぶやいた。


「まあ、食えば形なんて気にならねぇがな」

「う、うん」

「さあ、すこし遅くなってしまったから、早めに食べてしまおうか」

「うん。いただきます」


 手をあわせて、銀子はまっさきに自分でつくったかぼちゃの煮物に箸をつけた。





 月夜、占部は那由多の部屋で晩酌をしていた。


「そうか。やはり、コトの容態は悪化していたか……」

「ああ。もう、そうそうもたないだろうな。――那由多」


 白い髪の毛がふわりと揺れる。

 エメラルド・グリーンの目は、もう何もかも知っているようだった。


「ああ。早々に始末をつけよう。コトの命はもう、どうにもならないが……」

「おまえなら、そういうと思ったよ。だが、これは私の仕事になりそうだ」

「――占部?」


 猪口を畳に直に置き、丸窓を見つめる。

 その目は決意に満ちていて、那由多はその意味を知ることになる。


「きみの手を汚すことはないだろう」

「いいや。これは、王――カガネとの約束だ。おまえの力は借りない。私は、私で何とかする」

「王、か……」


 那由多が、ふっとほほえむ。

 どこか、安堵したような表情だった。


「きみも、成長したようだね」

「ああ? 馬鹿にしてんのか、それ」

「いや、そうじゃないよ。ただ――なんていうんだろうね、安心した、というのが一番かな」

「……そうかよ」


 月が出ていた。

 丸窓から、ぼんやりとその明かりが畳を照らしている。


 わずかな、静寂がおとずれた。


 先にくちびるを開いたのは、那由多だった。


「わたしは、銀子に幸せになってほしいと、強く思っていた。誰よりも、幸福になるべき子なのだと思っている。でも、それは杞憂に終わったようだ――」

「どうして、おまえはそんなに銀子に幸せになってほしいんだ」


 ずっと、疑問だった。

 なぜ、そこまで固執するのか。銀子の幸福に。

 那由多はそっと目を細めて、そっとほほえんだ。


「どうしてだろうね。けれどわたしは、あの子の目を見て、思ったんだ。この子は決して幸福ではない生きかたをしてきた。それでも、諦めない強い思いを持っている子だと。そんな子が、不幸な目にあってはいけない。たとえ、わたしの記憶さえ、偽りだとしても。ユキサの一族――彼女の母が定めた、運命だとしても。わたしは信じている。銀子のことを」

「そんなに強い思いがあるなら、おまえはおまえの幸福をつくってもいいんじゃないのか。銀子も、それを願っている」


 誰よりも那由多の幸福を願うものは、銀子だろう。

 だが、それを――幸福になる資格がないと誰よりも思っているのは、那由多だ。


「銀子の願いでもあるが、私の願いでもある。那由多。おまえは多くを殺したが、多くを生かした。それを罪と思うのは分かるが、それで助かった妖もいることを忘れないことだ」

「――きみは変わったね。とても、変わった。わたしたちのような、永遠に似た時を生きる存在にとって、変わることはとても難しいことだ。けれど、きみは変わった」


 猪口を持った那由多は、そっと口をつけた。

 那由多の、こころのなか。

 それは誰にも分からない。

 那由多でさえ。


「変わることを恐れたかい? きみは」

「――さあ。分からねぇな。だが、私が変わりたいと思って変わったわけじゃない」

「そうか。変わるということは、自分だけでできるものではないのかもしれないね……」

「まあ、そうだろうな。逆に聞くが、おまえは変わることを恐れるか?」

「そう、だね。そうかもしれない。今の自分が変わるということというのは、今の自分が消えるということだ。何度もわたしはわたしを消してきたが、それは必要に迫られて、だったからね」

「……そうだな。重要なのは、おまえがどうしたいか、だ」


 銀子は、言うだろう。


 あなたは、幸福になることを恐れている。

 恐れることは悪くない。

 それは、ちゃんと自分を見つめているから。逃げていないから。


 丸窓のむこう。

 竹林の影が風に揺れていた。

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