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鵺の森  作者: イヲ
第十四章・扇面
120/129

一、

 コトの激変は前々からは分かっていたものの、驚くべきものだった。

 銀子を殺そうとまで威勢のよかった姫が。


「コト姫、だいぶ参っているようでしたね。占部どの」

「どう足掻いても死ぬんだ。そういうものだろ」


 カガネの城に来た理由(わけ)は、コトに会うためではない。カガネに会うためだ。

 少々約束の時間に遅れたが、先にコトに会えてよかったのかもしれない。


 カガネがいる大部屋の前には、槍を持った妖がいたが、占部と瑞音を認めたとたん、頭をさげてきた。

 おそらく、瑞音のことも伝わっているのだろう。


「どうぞ。王がお待ちでいらっしゃいます」


 襖を開けると、そこはいるはずだった采女たちが一切、一人残らず存在していなかった。

 ただ、ひとりカガネが畳の上にすわっている。


「きたか。占部。そして那由多の式神よ」

「ああ。きてやったぞ。カガネ。ずいぶん、寂しい場所になったじゃねぇか」

「相変わらず、不遜な態度だな。占部。采女たちは、みな一時暇を出した。事態はだいぶ深刻なようだ」


 白い髪の毛から突き出ている黒い角に手をあてて、目をふせた。


「コトと会ったようだな」

「ああ。だいぶ衰弱しているようだな。長くはもたないだろ」

「……これは、ぼくの責任だ。唯一の血族を亡くすことは、やはり身にこたえる」

「そうだろうよ。私には分からんがな。だが、弱音を吐くために私たちを呼び寄せたわけではないだろう」


 カガネは、ふっと笑い、占部を見上げる。

 そこには、まだ幼いながらも決意に満ちたカガネの姿があった。


「そうだ。お前たちに……頼みたいことがある。鵺の森の民に頼むことは、王としては恥だ。だが、それをも呑んで依頼したい」

「……言ってみろ」

「ぼくの周りには、もう味方がいないも同意だ。だが、それは結果にすぎない。ぼくの力が足りいなかった結果だ。だが……ぼくの唯一の血縁、コトを守ってほしい。これ以上、苦しむことがないように」

「コトは、そんなことを願う女なのか? あいつは、おまえと同じ根っこだ。孤高であり続ける。私が今更守ったとしても、喜びやしないだろ」


 遅かった、とは思わない。後悔もしていない。

 占部は、守ると決めたものしか守らない。

 守護龍として生を受けたが、それでも龍は自我が強かった。

 運命を受け入れず、自分の意思で生きていた。

 もう一匹の龍は、自分の意思で生きなかったために、消滅した。それを恨むこともなかったが、「彼」はきっと、満足だっただろう。

 何も守るものがなくなり、自分の仕事が終えることができたのだから。


「コトは……そういう姫なのかもしれないな。確かに……。遅かったんだ。何もかも。ぼくが気づくこともなく、コトはその運命を受け入れるのだ。強い、したたかな姫だよ。まったく」


 彼はすこしだけ、呆れたように笑った。

 コトは、占部に守られることに対して憧れを持っていたが、いまさら「おなさけ」で守られても、自分の矜持を汚され、踏みつけられる。そう思わざるを得ないだろう。


「だが……もし、妹姫がお前に守ってほしいと願うならば、その時は頼む。ただひとりの妹なんだ……」

「分かってるよ。それは約束する」

「それから、もうひとつ。この頃、不穏な空気を感じる。とくに、この城の中から」

「そうだろうな。全員、目がギラついている。おそらく、玉斧の手下だろ。だいぶ多くなった」

「ああ。まあ、ああいう輩は放っておけばいい。どうせ自滅する。その手伝いをするのはこのぼくでなければいけない。お前は手をだすな。これは王族の問題だ」

「それで、なにが言いたい」

「銀子に伝えろ。ぼくはもう、銀子と婚約する意思はないし、娶るにはまだ幼すぎる。年齢も、意思もな」


 瑞音がこちらを見上げるしぐさをした。

 苦々しく頭を掻くと、「わかったよ」と占部はうなずく。


「ただし、隙を見せるなよ。あの少女は、将来、うつくしい半妖になるだろう。弧月もうつくしい玄狐だったと聞く。彼女とは会ったことがないが」

「……ちっ、いけすかねぇガキだ。分かってて言いやがる」

「それくらい、嫌味を言ってもいいだろう」


 カガネは意地悪そうに笑い、豊かに広がる布に触れた。豪華な布は、確かにカガネを守っているが、心はむき出しのままだ。

 その心を守ることは、カガネ本人しかできない。


「そんぐらいの軽口をたたけるなら、十分だな。まあ、私としても鵺の森の守護を頼まれている。お前は鵺の森の王だ。死んでは困る妖がいる。おまえの周りのいけすかねぇ奴がいるなら、私が何とかしてやろう。まあ、私の案ではないが」

「どうせ那由多だろう。分かっている、それくらい。ぼくとしても、まだ死ぬつもりはない。王として、まだやり残したことがあるからな」

「認めるさ。おまえが鵺の森の王だということを」


 それだけ言い残すと、呆気にとられているカガネを置いて、背を向けた。

 瑞音も、占部とカガネを交互に見てから、あわててその背中を追う。


 

 いくつもの階段をくだって、カガネの城を出たとき、瑞音が占部に問いかけた。


「珍しいですね。占部どの。カガネさまを褒めるなんて」

「褒めてなんかいねぇよ。認めただけだ。王としてな。あいつは幼くして王となった。その孤独は私たちと似たようなものだろう。まあ、とくにかくカガネは死なせねぇ。これは守護龍としての役目だ」

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