十四、
「ありがとう。銀子。これで今日の夕食を無事に迎えられそうだ」
「うん」
出迎えてくれた那由多の隣には、藤が立っていた。
彼女は銀子から手渡された籠を受け取って、台所へ向かったようだ。
「今日は何を作るの?」
「とりあえず、かぼちゃを煮ようか。銀子も手伝ってくれるのかい?」
「うん。私も手伝うよ。かぼちゃ、切ったことないから」
「そうか。ありがとう」
銀子のうしろにいた占部は、その始終を見送ってから、再び外へ出て行こうと背を向ける。
「占部? どこかにいくの?」
「ああ。まあ、ちっと野暮用だ。おまえらは夕食の準備してろ」
「う、うん……」
ぎこちなく頷く銀子を一瞥し、扉をあけて外へ出て行った。
ちかごろ、彼は屋敷のなかにあまりいない気がする。夜ではなく、昼間だけれど。
「占部の心配はしなくても大丈夫。ちょっとしたおつかいを頼まれてくれているんだよ」
那由多はそっと銀子の背をおして、台所にむかった。
占部はひとり、カガネの城に訪うために、木々生い茂る林を歩いていた。
カガネの城まで、あと数分というとろこで、彼は立ち止まる。
そして、空をみあげた。
那由多の式神であるクロウタドリの姿をした瑞音が旋回している。
「占部どの。那由多さまが仰っていた輩を見つけました」
「そうか……」
たしかに、何者かの気配がする。
おそらくだが、カガネの城のもので、カガネを貶めようとする存在だろう。
だが、彼らは占部に近づくこともせず、これ以上遠のいたりすることもない。
「おい、お前ら。私に何か言いたいことがあるんだろ」
がさっと落ちた葉を踏み潰した音がする。
林の木々に隠れていた男たちが数人、占部の後ろ、そして前に出てきた。
律儀な輩だと感心しながら、見覚えのある顔を見据える。
「玉斧か。相変わらずしつけぇ奴だな」
「しつこさも、私の取柄ですので」
「へえ、しつこさの他にも取柄があるのか。それは驚きだ。で、何の用だ?」
「コト様のご伝言です。占部様を城にご案内しろ、と」
玉斧は、どこか厭味ったらしい顔をしていた。
占部のことなど、全く意に介していないのだろう。
「そうか。お前の後ろにはコトがいたか……」
男は、にいっと口を広げて笑い、さあ、こちらへとわざとらしく城へと案内した。
コトが占部を想っていることを、占部も知っている。
だからどうだというのだろうか。
おそらくだが、コトは既に占部を放棄しているだろう。でなければ、玉斧などという愚かな男に命ずるはずもない。
後ろにも、玉斧の手の者たちが3人続いている。当たり前のように、帯刀していた。
それから一言も話すことなく、城についた。
瑞音は占部が城に入ったと同時に、ヒトの型に変化し彼に従った。
「待て。そやつは誰だ? 見ず知らずの者を城に招き入れることはまかりならん」
「こいつは那由多の式神だ。那由多の使いなんだから、招き入れろ」
「那由多様の……。分かりました」
後ろに控えていた男の表情が、ざっと青ざめる。
瑞音は白い水干の衣装のシワを伸ばすように、さっと手を払った。
「さあ、さあ、こちらへ」
門番の男たちが頭をたれるのを満足そうに見た玉斧は、歪んだ笑みを浮かべたまま、占部と瑞音を招き入れた。
相変わらず、悪趣味な城内だ。
赤い提灯に火がともり、廊下は火事のように赤く染まっている。
玉斧の後ろを歩いていると、見知らぬ場所へと足を踏み入れた。
コトの部屋が近づいてきているのだろう。
静かな領域だった。
どちらかと言えば暗い、火がともっているのは所々と言ったところだろう。
そして一等広い場所へとたどり着くと、そこには蝶や牡丹が描かれた襖が鎮座するように立ちはだかっていた。
「コト様。占部様をお連れいたしました」
玉斧が声をかけると、遠くから「おはいりなさい」という、か細い声が聞こえてくる。
玉斧付きの妖が襖を開けると、ぼんぼりに火がともった、華やかな空間が広がっていた。
「さあ、占部様。どうぞ、お入りください」
占部と瑞音はその部屋に入り、最初に目に入ったのはコトのやつれた顔だった。
「ああ、占部さま。そして那由多さまの式神の方。よくいらっしゃいました」
顔は青ざめ、頬はすこしこけている。
「……失礼ですがコト様。あなた様には死相が出ていらっしゃる」
「知っています。けれどこれはどうしようもないこと」
「瑞音。死を受け入れる覚悟を、この女は持っている。……病だ。これは那由多の力をもってしても、どうしようもない」
「占部様。ご存知でいらっしゃったのですか」
瑞音が驚いているところ見ると、那由多には伝わっていないらしい。
占部は那由多の使いで時折カガネの城に出入りしていた。
そこでカガネから直接、聞いたのだ。
「妹姫の命はそうそう長くない」と。
「玉斧。ご苦労でした。下がりなさい」
「……は……?」
「二度も言わせますか。下がりなさい、と言ったのです」
「か、かしこまりました。失礼いたします……」
あっけにとられたような表情をした玉斧は、そそくさと部屋から出ていった。
「あの男に言えないことか?」
「そうですね。占部様。死にゆくものの、最後の願いです」
コトのつややかだった黒い髪は、今やつやをなくし、あまりにも病的だった。
青白い顔を占部へまっすぐに向け、目をすぅっと細める。
「どうか、王……兄様をお救いください……」
「………」
「兄様は、あの男たちに命を狙われています。あの愚かな男たちが、鵺の森の王になるなんて、あってはならないことです」
「やはりそうか……。まあ、那由多も動いている。心配するな」
「そうですか……。よかった」
コトは心のそこから安堵したような表情をして、ゆっくりと占部にむかって頭を下げた。




