表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鵺の森  作者: イヲ
第十三章・かたばみの葉
118/129

十三、

「え……」


 銀子は、この美しい女性が何を言っているのか分からなかった。

 一瞬、何か重たいもので頭を叩かれたような、そんな気分になる。


「この鵺の森で一番、安全できれいな場所に住んでいて、どんな気分?」

「……わ、私は……」

「あなたが半妖だってこと、知れ渡っている。それがどういうことか分かる? あなたはまだ安全地帯にいるのよ。のうのうとね」


 安全な場所。

 きれいな場所。

 那由多の、屋敷。

 占部や那由多がいてくれる意味。

 いまだ守られている理由。

 半妖を嫌う、憎む、妖たちから、銀子は未だ、守られている。


 知らなかったわけじゃない。けれど、それは言い訳にしかならない。

 彼女の言っていることは、真実だ。


「あなたが言っていることは分かるよ。言い訳もしない。だって、本当のことだから。私はまだ――鴉が崩壊してもまだ守られたまま……」

「か弱い娘。ひとりで生きていける力もないくせに粋がって……占部様のとなりに、堂々といる……。私はそれが憎くてたまらない」


 黒い豊かな髪に差している銀のかんざしが風に響き、その女性(ひと)は指の爪を噛む。

 きっと、このひともそうなのだろう。

 カガネの妹姫、コトとおなじ。

 占部をおもうひと。


「あなたは……占部が好きなの?」

「さあ……どうかしらね。でも、私はあなたが嫌い。占部様の隣にいるあなたが憎い」

「だったら私を憎めばい」



 その声は、銀子のものではなかった。


「占部……」


 細長い影。

 彼は、あきれたような表情で二人を見下ろしていた。


「こいつにグチグチ言うくらいなら、本人に言ったらどうだ」

「占部様。私は、半妖が憎いわけではないのです。ただ、この娘の存在が許せない。守られているばかりのこの娘が」

「守られているのは、どこのどいつだか。だが、憎みたいのなら勝手に憎めばいい。憎しみだけじゃ、こいつは殺せないぞ」


 殺したいほど、この女性は銀子を憎んでいるというのだろうか。

 占部は、知っていたのだ。

 このひとが、銀子を憎んでいるということを。


「人を呪わば穴二つ。まあ、私が言える立場じゃねぇがな」

「本当ですね。占部様。あなたの守護を受けるのは、鵺の森の民でなければならないのに」

「私は気まぐれだからな」


 彼はふっと笑い、銀子に手を差し伸べた。

 それを忌々しげに見つめていることを、占部も銀子も知っている。


「行くぞ。那由多が待っている」

「……うん」


 彼女と話をして分かった。

 別に、彼女は占部のことを想い、焦がれているわけではないということを。

 ただ、きっと過去に近しい人を殺されたのだろう。占部たちに守られずに。

 だからこそ、守られている銀子を憎み、妬んだのかもしれない。

 いや――想像だけでひとを決めつけては、そのひとを侮辱することになる。


 名も知らない女性は、きれいな所作で立ち上がり、背中をむけた。


「占部様。あなたにに選ばれたその娘は、本当に幸せなのでしょうか?」


 そう呟いてから、彼女は立ち去った。


 残ったのは、風の音だけだった。

 占部は何も言わず、ただ風の吹く方角を探すように前を向いている。


「相変わらず、ろくでもねぇこと言ってやがる」


 銀子は何も言えなかった。

 彼女の気持ちを代弁する気もない。何故なら銀子は、彼女ではなからだ。

 自分以外のひとが、代弁することはきっと、いけないことだから。


「行くぞ」

「うん」


 二度めのことばに、もう一度うなずく。

 占部の手をとって、歩く。

 

 アソウギ通りから、那由多の屋敷までは大体20分くらいでつくのだが、今はやけに時間がゆっくりと流れている気がする。

 占部が銀子の足を気遣っているのだとしても、もっと遅く感じる。


「占部、どうしたの?」


 銀子が意識して立ち止まると、占部も同じように立ち止まった。


「私、あのひとのこと、間違ってるなんて言えないよ」

「……そうか。だが、あいつ……憎む相手を間違ってんだよ。本当は私を憎めばいいはずなのにな」

「それはきっと、占部に嫌われたくないからじゃないかな。だってあのひと、占部を見たとき、目を逸らさなかった。やましいことがあれば、きっと目を逸らしてたはずだよ。それくらい、真摯だった。間違ったことを言ってないって思ってたんだと思うから。……全部憶測でしかないけど」


 占部は何も言わずに、空を見上げた。

 まるで、答えをさがすように。


「まあ、全員に好かれようなんて思っちゃいねぇ。私も、おまえも」

「うん。そうだね……。あのね、あのおばさん……アソウギ通りで前お花を買ったおばさんからね、災厄を持ってくるような子じゃないって、そう言われたんだ。そう言ってくれるひともいる」

「ああ、あの商売上手な婆さんか」


 銀子も占部も、聖人君子などではない。

 憎むことも、恨むこともある。

 全員から好かれることなんて、この先も決してないだろう。

 もしかすると、人間の世界にも、鵺の森の妖たちにもそれは当てはまらないのかもしれない。

 誰からも好かれる存在、なんて。


「私、うれしかったんだよ。このままでいいんだって言ってくれたみたいで」

「おまえのことを疎む妖もいるが、そういう婆さんもいるってこと、一応忘れないでおくんだな」

「うん」

「……まあ、そんな心配はしていないが」


 ぼそりと呟いたことばは、もちろん銀子には聞こえていたから、うんと頷いた。


「おまえは、人を信じることが上手い娘だな。那由多と違って」


 占部は己の親友を見出すように、あるいは羨望するように、足を一歩踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ