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鵺の森  作者: イヲ
第十三章・かたばみの葉
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十、

 おとなの女性だ。

 占部が親しげにしているのは、きっとこの出店の常連だからだろう。


「こんばんは」


 頭をさげると、彼女も倣って「こんばんは」と頭をさげた。


「あなたのことは、アソウギ通りにも伝わっているのよ」


 詳しいことは言わなかったけれど、その声色からして、おそらく半妖ということで銀子のことを不倶戴天を呼び寄せたものとして、疎んでいる妖たちがいるのだろう。


「くだらねぇことを言ってないで、行くぞ、銀子」

「占部様。またお待ちしておりますわ」

「ああ」


 占部が歩き出したので、銀子もつられて歩きだす。

 短い逢瀬だったから、名前も聞くことができなかった。


「占部、いつもあそこでお酒、飲んでいるの?」

「まあなあ。あそこの酒はうまいんだ」


 ぼんやりと答えた占部の表情は分からない。

 

 いつのまにか、アソウギ通りを越えていた。

 明かりもなくなって、ふたたび占部が炎をうみだす。

 ぱっと明るくなり、銀子はおもわず目をこすった。


「ここから、丘を登る」

「うん」


 アソウギ通りを出て数分たったころ、目の前になだらかな丘が目にとまった。

 その丘は、誰かが整備したのだろうか、草はきれいに刈られ、細い木々がところどころ生えているだけだった。


 占部の背中を見失わないように、一歩ずつ丘をのぼる。

 風が吹く。すこし、つめたかった。炎の及ばない場所は暗く、夜の暗い闇が丘を覆っていた。


「もうすこしだ」


 すこし息が上がってきたころ、占部がふりかえった。

 彼の髪の毛は、炎にあたって、余計赤くなっているように見える。赤い幣も、風に吹かれるたびにふわりと揺れた。


 それから、2、3分たっただろうか。

 丘の上に登り切ったころ、占部はふいに立ち止まった。

 銀子も倣って足をとめる。


「ここに何があるの?」

「見てみろ」


 占部の視線のむこう。

 そこには、鵺の森をつつみこむ星空が広がっていた。

 空は広すぎて、銀子の視界に完全に映り込むことはない。無数の白い星が彼女の目に、まばゆく映った。


「きれいだね」

「ここには星座がない。人間の世界のように、はくちょう座も、いて座も、ここにはない」

「そうなの?」

「ただ、一等輝く星がある。それが、鵺の森の意思だ」

「鵺の森の意思……」


 占部は、すっと人差し指を空に向けた。

 それにつられるように、空を見上げる。そこには、まるで鵺の森の意思というものが見下ろしているように感じた。


「まあ、すべて那由他の受け売りだがな。本当かもしれないし、嘘かもしれない」

「……」

「だが、おまえに見せたかったのは、おまえがきれいだと言った、この星空だ」

「うん」

「星は変わらない」


 強い口調で、彼は言った。


「だが、おまえは変わったな。私も、変わった。変わらないものなんて、この世界にはないのかもしれない」

「……そうだね」


 変わらないものなんて、ない。

 確かにそうだ。

 変わらないままの存在があるのなら、きっとさみしい存在だ。

 みんなに置いていかれてしまうのだから。



 きっと、那由多がそう。

 那由多は、石のように固まってしまったまま。

 変わらないままだ。

 それでも、銀子はことばには出さなかった。

 占部が言ったことばが、那由多に届くと信じているからだ。

 那由多に変わってほしいと、そうは思えない。那由多は那由多の生き方があるのだから。

 けれど、占部が言ってくれた「ことばに出せ」というその言葉が、那由多に届くと信じている。


「あのね、占部」

「なんだ?」

「ありがとう。きれいなものを見せてくれて」

「あ? ああ」


 今気づいたとでもいうかのように、彼は頭を掻いた。


「おまえ、髪の毛すこしだけ、伸びたな」

「そうかな?」


 ゆるやかなカーヴをえがく髪の毛の先をつまんでみる。

 腰の上あたりまであった髪の毛が、腰のすこし下くらいまで伸びている気がした。


「そうかもしれない。爪も、ちょっと前に切ったし……」

「背も、すこし伸びた」

「……どうしたの? 占部……わっ!」


 占部は、黙ったまま銀子の体をひょい、と抱え上げた。

 視界がぐっと星に近くなった気がした。


「おまえがもっと大きくなったら、おまえに告げたいことがある」

「?」

「まだ、言わねぇけどな」


 銀子のほおが、占部の髪にふれる。まるで、熱をもったようにあたたかく感じた。

 それが銀子のほおが熱くなってしまっているのか、それとも本当に占部の髪が熱を持っているのかわからなくなる。





 撫子柄の羽織りの袖が、風に揺れる。

 紫の地のそれは、あでやかに夜空に映えていた。


 占部はそれを見て、そっと息をつく。

 この娘は、おそらく美しい女になるだろう。

 もともと、顔だちもそこらの女よりもいい。

 目も大きい部類に入るだろう。くちびるも、少女らしい、自然な赤に染まっている。


「どうしたの? 占部」


 視線に気づいたのだろう、銀子が不思議そうに首をかしげた。


「いや、おまえの将来が楽しみだって思っただけだ」

「何年かかるんだろう?」

「さあな。時間はたくさんある。時間がないよりはマシだろ」

「……うん」


 銀子の腕が、占部の頭をつつむ。

 彼女のほおと占部の頭の距離がゼロになる。

 あたたかい、と思う。

 彼女の炎は、占部にとっての光だ。


(誰にもやるものか。)


 数千年生きて、なんて幼い独占欲だろう。

 銀子の体温を感じて、占部は胸中でちいさく笑った。

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